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101.エルフの先生が来た ③

 明くる日の昼過ぎ。桃は石板を抱えながら家路についていました。神様に祈りを捧げるため午後から仕事が休みになるファイペルの日は、グレアムの仕事も半日なのでいつもより早く帰れたり、お休みを貰ったりすることができます。


 そして遊びに来たフランや仕事から帰ってきたグレアム、家にある工房で絵を描いているグレアムのお父さんとお昼ご飯を食べ、桃が片付けをしている間にグレアムとフランが石板の文字を読み解いてくれたのです。


 フランは久しぶりにリュートを持っていました。今日は護衛のスミスはお休みらしく、別の人がついていたのを振り切って来たみたいです。夕方にはなじみの店で小さな演奏会を開くことになっており、それまでの暇つぶしとして来たと話していました。


 そして、フランは会場の店に行くため、桃と途中まで一緒に帰ることになったのです。


「まさか、不安で眠れなかっただなんて、辛かったですね」


 先日リンがサムと出かけた際、珍しくサムよりも早く準備を終えていました。起きられるようになったのかと聞いてみたところ、夜中ずっと起きていたから支度ができただけだという返事が石板に書いてあったのです。


「でも、あのサムと一緒でしょう? なんか分かる気がするわ。ちょっとでも遅れるとネチネチ言われそうだもの」


 桃の隣を歩くフランが肩をすくめます。


「ところで、珍しい組み合わせね。まさかデート?」


 不意に桃へ顔を近づけました。澄んだ空の色をした瞳が、宝石のようにいっそう輝いています。


「でーと? それは何ですか?」


『思い人同士が出かけることだと思えば良い』


 フランの肩の上に乗ってくつろいでいる狐が言いました。


「はあ。多分お仕事だと思います」


 時々訪れる酒場の娘の頼みで廃墟に行ったとき、桃より先に出かけたはずのサムと出会いました。それから互いにその話題を持ち出すことはなかったので、あの場にリンもいたのか、何が目的だったのか聞く機会もなく、真相は全て藪の中。フランにそのことを説明しようにもまとまらなくて、詳しいことは黙っていることにします。


「そう、退屈だこと。でもまだ先を越された訳ではなかったのね。安心したわ」


 胸を撫で下ろします。時々フランが楽しそうに話すことがよく分かりません。彼女は桃がサムのことを慕っていること、妹の松が桃の幼なじみである栗木にむけているのと似たような感情を抱いていると思っているみたいです。なんと言えば誤解が解けるのか、ぼんやりと考えてみては何も思いつかずそのままにしてしまうのでした。


「あれ、フランさん。道が違います、ね?」


 いつの間にかフランと別れる予定だった大通りを過ぎ、近所まで一緒に来ていたことに気がつきます。


「あら、話に夢中になってしまったわ。まあ、まだ十分時間はあるわよ」


『わざとじゃなかろうな』


「そんなはずないでしょう? どうして教えてくれなかったのよ」


『ちとまどろんでいたからの』


「役に立たないわね。……ねえ、ちょっとあれをご覧なさいな」


 フランが見えて来た家を指さします。よく見ると、二階にあるリンの部屋が開け放たれていてそこから女エルフが出たり入ったりしていました。水を汲みに行っていたようですが、その姿は単なる水汲みにしては慌ただしく、不穏なものを感じさせました。


「何かあったのでしょうか」


 桃は小走りで向かいます。


「そもそもあのエルフは誰よ」


 肩掛け鞄に入れたリュートを重そうに背負いながらフランがついていきます。


「リンちゃんの先生です。昨日お兄さんのお引っ越しを手伝っているときに会いました」


「グレアムの?」


「はい」


「そういえば、心変わりして絵描きになることにしたんですってね」


 階段を駆け上がりリンの部屋の前まで来ました。脱ぎっぱなしの服が散らばっていたり、タンスの戸が閉まりきっていなかったりします。未だに片付けは苦手なようです。


『お主の部屋と同じくらい酷いな』


 と呟いた狐の頬をフランが掴みます。肩で息をしていました。


「ハア、ハア……。私の方が、まだ整理されて、いますわよ」


『だれがそれをするのやら』


「今は、それどころじゃ、ないでしょう」


『うむ。苦しんでおるようじゃな』


 リンはベッドの上で横になり、荒い呼吸音を立てています。エルフの女性は側についていて水を飲ませているようでした。竈には鍋になみなみと入ったお湯が泡をはき出しています。


「あの、リンちゃん、大丈夫ですか」


 身を乗り出しながらエルフの背中に向かって声を掛けます。


「だいじょばないよ」


 昨日とは打って変わって真剣みのある声が返ってきました。女エルフは3口ほど水を飲ませると、机の上に木のカップを置いて玄関先まで来ます。棚に肘を置いてもたれ掛かる姿はどこかけだるげ。細い銀色の髪が日に照らされて顔にかかります。白い肌と相まって、その性格とはかけ離れた儚さを醸し出していました。


「何か用?」


 ぶっきらぼうなエルフの物言いに桃は言葉を詰まらせます。まごついている間に隣にいたフランが口を開きました。


「リンの具合が悪そうだから、急遽お見舞いに参りましたの」


「見舞い? お酒は持って来てないの?」


「貴方は病人にお酒を飲ませるつもりですの?」


 声のトーンを落としつつはっきりと聞こえる声で言い返すフラン。


「エリが飲む」


「貴方の見舞いに来たわけではなくてよ」


「ちぇっ」


 エルフは棚の上に頬を乗せて口をとがらせています。一時は見舞いの品としてお酒を持っていく決まりがあるのかと冷や冷やしましたが、その必要はなさそうです。その代わりに


(単にお酒が欲しかっただけなんかな)


 という疑念が浮かび上がってきました。


「それで、風邪でも引かれましたの?」


「ううん。Misolne(毒)の入ったお菓子を食べちゃったんだ」


「何ですって?」


 フランが辺りに響き渡るほど大きな声をあげます。そして慌てて口元を手で覆いました。


「狐さん」


 知らない単語があった桃は、すかさず狐に聞きます。


『彼女、毒を盛られたそうだ』


「毒? どうして」


 全身揺さぶられるような衝撃を受けます。誰が、何の為に、どうやってリンに毒を飲ませたというのでしょうか。全身に鳥肌が立って、寒気までしてきました。


『毒の入ったもらい物の菓子を食べてしまったらしい』


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