6.厨二病は治らないという周知の事実
裏口の扉を開け、駆け出そうと前を向いて止まった。否、止まらざるを得なかった。
(うそぉ....)
美少女が居る。目の前に。
まるで漫画の様な展開に唖然とするしかない。
ここ周辺を居住区としている人間とは思えない清潔感のある艶やかな金髪、透き通るほど綺麗な碧眼。これぞまさしく精巧な西洋人形というような整った顔立ち。着ている服も控え目ながら装飾が細部まで凝られている。どこからどう見てもお嬢様だった。
見た目からして歳は兄と同じくらいだろうか。彼女もかなり驚いたのだろう、こちらを見たまま硬直している。美少女は硬直していても美少女だった。
(__...滅茶苦茶可愛い)
先に我に返ったのは私だった。性格がツンデレなら推せるほど美少女は美少女で、西洋人形も顔負けだなどと馬鹿な考えが巡っている。
「...だれ」
脳内は半分程正気を失っていたが、よく回っていない頭にしては簡潔で分かり易いまともなことを言った気がする。
「....お姉ちゃんどこから来たの?」
色々な意味で動転した脳内は、美少女が出てくるハーレムゲームを弟に勧めている私というよく分からない記憶を並べていたが全力で無視した。
ひとまずここは教会の孤児のふりをするのが一番いいだろう。
この窮地でよく思い付いたと自画自賛する。よくやった自分。.....自画自賛してないとやっていられない。
目の前の美少女が長い睫毛を瞬かせる。
「.........あ、あなたこそ誰」
「........」
思わず絶句してしまうほど、美少女は声も可憐だった。神は二物というより五物くらい与えてそうである。明らかに自分より歳下の子供にあなたという二人称を使ってくるところを考えるに、良い教育を受けているようだ。ツンデレの線は殆ど消えたが。
「わ......ぼくは...」
.....名前。なにか、兄に呼ばれていた気がする。
極自然に呼ばれており、本能的感覚なのか分からないが普通に自分が呼ばれていると分かってしまったせいで、意識して今世の名前を聞いていなかった。
つまり、自分の名前が分からない。
「...ぼくはねぇ!ぼくだよ!」
全く思い出せないが、いつまでも黙っているわけにはいかない。取り敢えず幼児特有のゴリ押しでいく。
ステータスボードを確認すれば一発だが、他人に見えなく__などは要望していない。死神の事だ、常にもしかしたらを考えなくてはならない。
今、物凄くウザい感じの子供になっている自信しかないが。
黙ってこちらを凝視ている少女を見て一人称を俺にしとけばよかったと少し後悔した。俺の方がなんとなく男児感がある。
まあ"僕"でも、転生して性別が変わろうが女を引きずっている奴よりましだろうが。
(俺にしよう)
どうして違和感しかないのに一人称を私にできるのか謎だ。余程上品な子供ならまだしも。
(.....こうして現実逃避しても仕方がないんだけど、しょうがないんだよな)
美少女が凝視してくるという今までの短い人生で経験にない出来事をしているせいで、勝手に居た堪れない気持ちになってくる。
どうして見てくるのか分からないから尚更怖いのだ。何か喋って欲しい。
「....お姉ちゃん?」
どうしたの?という雰囲気を全面に出していく。
薄汚れているが、そんな事でショタの魅力は失われない.......はずだと信じている。
早くこの場を切り抜けないと兄の話が終わってしまう。
(もう終わってるかもな)
本来の目的を思い出して若干遠い目になりかけていると、少女は少し戸惑いながらもはっきりと名乗った。
「わ、わたしは バルフィード・ソーフェ・ピアセ 」
な、長い。
名前が長い。苗字がどれかもわからない。ピアセしか覚えられていないが、名前がピアセであっているだろうか。もしかしてピアセって、苗字?
.......まだヴィンナントカカントカみたいなのよりましと思うべきか
「お姉ちゃんは何しに来たの?」
全てを飲み込んでにこやかにお姉ちゃん呼びを決意する。気を抜けば普通に名前を間違えそうだ。ただでさえ人を覚えるのが苦手だと言うのに、まして外人の名前などそう簡単に覚えられると思うな。
ずっと裏口の前で立ち話していたら流石に見つかる危険があるので、取り敢えず教会から少し距離を取ろうと歩き出す。少女は大人しく付いてきた。
砂利道をゆっくり歩いていると、彼女はたどたどしくも話し出した。
「今日は、見ておきなさいっていわれたから来たの」
「見るって、なにを?」
「しらない。けど、お父さまがわたしの.....弟を」
探してるとかだろうか。実弟か異母弟が行方不明、などということは普通にありそうだ。ここの治安からして。
この世界に貴族がいるのかは知らないが、所作や服装からしていいとこのお嬢様のようだし、養子でもとるのかもしれない。
そうしてふむふむと適当に頷いていたが、続いた少女の言葉に思わず声が漏れた。
「ここに預けるって」
「え?」
隣を歩く人間の驚きに気付かないのかどうでもいいのか、少女は続ける。
「それでわたしも連れて来られたの、お父さまも今後のためにっておっしゃってたわ」
なぜ今後のために彼女は連れて来られたのか、よく分からない。そもそもどうして高貴な雰囲気のあるこの子の弟が、この辺鄙な場所にある教会に預けられるのか。
色々聞きたい事はあるが、2歳児がそれを聞くのは流石におかしいだろう。忘れたいが現在2歳児なのである。それに、彼女もことの次第をあまり理解していないようだ。
「お姉ちゃんの弟ここ来るの?」
「うん」
「お姉ちゃんの弟ってどんなやつ?」
取り敢えず無難な質問を選んでいく。
「あんまり.......知らない。そんなにあったことないの。血が半分しかつながってないってお兄さまたちが言ってた」
なるほど。
この美少女と弟は腹違いで、この美少女と兄達は兄妹だと。兄達って、この子いったい何人兄がいるんだ。逆ハーの主人公だったりするのか。
「血がつながってなかったら会っちゃいけないの?」
「そうじゃないの?」
(そうだったの?!)
無邪気に小首を傾げる少女に目を剥く。
この世界は貴族のような高貴な血を引く人間重視なのだろうか。それとも単にそういう風習が世界に根付いているということか。これが世界の常識だとすれば、随分と生きにくい世界だ。
(てことはこれからわた....じゃなくて、俺は何をしてもしなくても貴族の争いを目にするって事か)
地位の高い人間の争いでこの世界の情勢も変わっていくことだろう。面倒な立ち回りを避けるためにも情報を収集していく必要が出てきた。
だが無駄に余計な知識がある分、可能性が色んな所にあるのが分かって回収しきれなくなりそうだ。まあ回収しなければいい話なんだが。
(......あらゆる都合の悪そうな可能性を避けて生きて行きたい)
脳の作りは2歳児なのであまり酷使できないというのもあるし、地頭が天才という訳でも無いから完璧には無理だろうが、それでも避けれるものは避けたい。
しばらく脳内で唸っていると、少女が急に走り出した。少し驚いて彼女が駆け出した先を見る。
彼女の向かった先には、シスター服を着た老女と、スーツというよりも騎士団の制服のような服を身にまとった老紳士、それと二人の少年が居た。
「おじいさま!」
美少女は老紳士へ一直線に駆けていく。そのスピードは速く、もう追いつけないほど距離を開かれている。早々に追いかけるのをやめた。
駆け寄ってきた少女に気付いた老紳士が、整った顔に優しげな笑みを浮かべたのが見えた。
「............」
思わず言葉を失う。老紳士はあまりにもイケメンだった。
だがイケメン老紳士と同時にやって来た存在のせいで、老紳士に気を取られてはいけない状況に追い込まれている。
二人の子供のうち一人は兄だった。
逃げよう。
兄がこちらを見る前に、くるりと方向転換して脇道に入る。2歳児のダッシュなんてたかが知れているので、ひとまず雑に積まれていた箱の陰に身を潜めた。こういうのは面倒事を避けるためにも即断即決即行動が重要なのである。
(今物凄く透明になる魔法とか使いたい)
想像は出来るが、流石に透明にはなれないだろう事は感覚で分かるので試すのはやめておく。失敗したときのリスクがあり過ぎる。
だからといって簡単に時空魔法使っていたらつまらないだろう。
治ることのない病を前世の中学生頃から患っている身としては、ここはローブとかが欲しい所だ。今の姿ではただ滑稽なだけだろうが。もう少し成長したら情報屋とかに会いたいと思う。居るかは知らないが。居なかったらなりたい。センスはあるはずだ。
幸い、兄は速攻で隠れたこちらに気付いていない様で美少女の弟と思われるもう一人の子供と話している。
当たり前かのごとく、美少女の弟は美少年だった。
遠目に見ても分かる。エフェクトでもかかっているんじゃないかと思うほどあそこの周辺が輝いて見える。気がする。
兄も小綺麗にしたら混じれるだろう。老紳士は既に混じっていた。
美少女が、わ....俺を探しているのかきょろきょろと辺りを見回し老紳士に話しかけている。
その事は少しだけ気掛かりだった。




