2.神≠神 の方程式
白い空間に果てはない。.....ように見える。
普通に泣きそうだった。なんで天文学的な奇跡にぶち当たらなければならないのか。本当に意味が分からない。
「ぁぁあああ゛あ゛あ゛」
神が少し引いている様に見えるが関係ない。
もう、私に趣味を楽しむ時間が与えられることは無くなった。異世界の文明は発展していないのが主だ。当然だ。発展させるために人員のシャッフルを行うのだろうから。最悪だ。叫ぶしかなかった。
異世界。それはステキな響き。
んな訳あるかボケ。誰もが憧れる?そんなわけないだろいい加減神も気付けよ。少なくとも私は嫌だ。あれは物語だからいいのであって、実際に起こっていいはずがない。
異世界だぞ。異世界
スマホもテレビもパソコンもWi-Fiも、娯楽がない世界で娯楽にまみれた現代日本人が生きていけるとでも思っているのだろうか。生きていけたとして何を心の支えにしろというのか。水洗トイレすらなかったらどうしてくれる。生きていきたくなくなるだろう。異世界転生を喜んでする奴は死ぬ前の人生楽しかったのかどうか聞きたい。
「.....絶望した」
この天文学的奇跡に絶望した。絶望せざるを得ない。
ふざけんなクソ。異世界に送るくらいなら天国に送れよ。天国で人間界の娯楽を楽しみながら輪廻転生したいと思うのは誰だって同じじゃないのか。
「おい、」
もう二度と好きな音楽を聴くことは叶わないし、テレビを見ることも出来ず、当然イベントに参加することもできない。最悪だ。希望がない。
「おい!」
「…五月蝿い。今考えてんだよ」
どうやったら天国で人界を見下ろしながら人がゴミのようだを実行に移せるか。
「....なあ、先程から一体何を」
神を名乗ってんだからそれくらい知っとけよ。
真っ白な空間に何度目かわからない私の溜息が響く。やり残した事しかない。死にたいと願う人間を死なせてやればいいのに。どうしてこの私が。
私は何を支えに生きていけばいいのか。いやもう死んでるけど。
「なあ、話を聞く気は__」
「…るっせぇ!!感慨に耽ってるんだよ!黙れ神!」
私にとって神とは---である。
つまり、勝手に神を名乗っている目の前の美形はただの自称神にすぎない。だが神と呼んであげているのだから感謝して欲しい程だ。
異論は認めてやるが、私が異論を採用すると思うな。
きっとこれから好きなモノたちに永遠にあいまみえる事はないんだと思うと死にたくなってきた。....死んでた。
「貴様ほど異世界に行くの嫌がって、これ程までに思想が煩い奴は初めてだ」
ふるりと神がその端正な顔を振る。若干渋面に見えるのは気のせいではないだろう。どうやら厭でも思考を読めるらしく、頭を軽く押さえている。
当然、これを利用しない手はない。思わず変な笑みを浮かべて、ニヤニヤと神を見る。声を出さずに意思疎ができることほど楽なことは無いのだから。
「今何を」
ああ、知ってますよそれ。
間違えて殺した青少年をそうやって誑かしてるんですね。うっわ、青少年可哀想。それでその気になって異世界に放り出されるんだ。可哀想〜。
「………どんな人生を歩んできたんだ」
あ、図星だったんですか?これだから神ってヤなんすよ。自分勝手が過ぎますよね。自分の考えに自信持ちすぎて正直ドン引きです。唯我独尊もいい加減にしろよ。
「................」
呆れたのかなんなのか神は黙った。
くだらないことではあるが僅かに気分がすいて、地べたに胡座を組む。ここが地面どうかは分からないが。底があるようでなく、宙に浮いているようで重力がある。そんな不可思議な感覚だ。
だがすぐにそんな事はどうでも良くなった。とてつもなく重大なことを思い出した。
「まってやばい、私のパソコン!」
もうやだ。なんという事だ。
私の知る限り私のパソコンを密かに廃棄処分してくれるようなヤツはいない。当然だ、私には片手で数えられる程度も友人がいなかったのだから!
やはり私はまだ死ぬには早すぎたんだ。
弟があてになるはずがない。あいつは処分する前に全データを強引にでも確認しようとしてくるだろう。たとえ死人のプライバシーだとしても血を分けたキョウダイの黒歴史なら嬉々としてネタにする筈だ。少なくとも私はそうする。
「クソッ」
約束通り私の墓の前に毎週ジャ〇プ供えておいてくれれば多少大目に見てやらないこともないが最悪だ。死ぬとわかっていたら本棚ごと部屋のモノ全部処分したというのに。
頼むから私の持ってる漫画には一切触れず燃やして欲しいことこの上ない。最悪だ。
「...そろそろ私の話を聞く気になったか」
不意に視界が陰った。原因は分かっているので取り敢えず前を向いてやる。
座り込んだせいで見上げる形となった神はそれなりに至近距離で私を見下ろしていた。不満げに口角を下げ、眉間に皺を寄せている。どういうわけか疲れたような睨み顔が似合う神だ。
「私は今まで間違えを犯して人間を殺した事は無いし、青少年を誑かした事も無い」
へえ。
「正直此方も大変なんだ。私達は人間の思想から生まれたと言っても過言ではない存在が故に、過ちを犯し人間を必要以上に損傷させるなどという愚行を犯してはいけない。神は世界を管理する者だが、その存在を形作ったのは紛れもなく人間だ。その思想に私達のような世界の管理者が依存し神という存在が宇宙に現れている。だが神の数にも限りがある。私は死神だが、最近地球担当になった奴がゴミでな。私まで駆り出される羽目に_____」
「20文字以内で簡潔にまとめて出直して来いよ」
長い。前置きが。話が下手な先生みたいな前振りのせいで要点が散らばって分かりにくい。何言ってるんだこの人。...人じゃないな。
もうそういう設定は小説やら漫画やらなんやらで腐るほど聞き飽きている身としては、要点だけ簡潔に知りたい。
「.......お前の要求はなんだ」
律儀にぐっと押し黙った神が告げてくる。最初からそう言えばいいものをと思ったがさすがに口にはしなかった。
「要求も何も、異世界転生なんてせずに親のスネをかじって生活して好きな物に貢いでいたかっただけですが?」
「屑だな」
「違いますけど」
私はきちんと将来性のある理系学部で大学に行き卒業して国家資格を取り公務員にでも就職するつもりだった。今どきこんなにも安定した将来設計を建てている方が珍しいだろう。
親のスネをかじりながら自分で稼いだ金も趣味に捧げるつもりだった。健全以外の何者でもない。
「その発想が間違っているんだ」
「はあ、勝手に人の夢をぶち壊しといて何言ってるんですか?そっちの方が屑なんじゃないんですか?」
「私がお前の夢をぶち壊した訳ではない」
そんな事も言ってた気がしないでもなくもない。
「...あ?」
ふと、この神が先程物凄く重要な事を口走っていた気がして眉を寄せる。
「あー.....気の所為だったらあれなんですが」
「なんだ」
目の前の美形は軽く首を傾げる。
よく見なくても確実に黒髪だ...長髪ではないが。目は赤い。ついでにこれでもかとばかりに神っぽい白の服の上から黒のロングコートを着ている。
「.....さっき死神って言いませんでした?」
ほぼ確信しているが、一応聞く。
「言ったが?」
まじかよ。