19.想像以上で初見殺し
「イノ、体調はどうですか」
「んぇ?......あ゛~、ちょー調子いいよ」
ぼんやりとしたままウィルに応える。寝起きの脳ほど働かないものはなく、ウィルの言葉を理解するのに暫くかかった。
「なら良かったです」
僅かに口角を上げたウィルが柔らかな声を出す。無駄に声が良いせいで二度寝したくなりながら、眠気を覚ますためにイノは首を振った。
眠気はあるものの体調は万全だ。全身の痛みなど昨日からどこかに吹っ飛んでいる。
「治癒まほーすげぇ」
「私のは治癒というより治療というのが近いんですが、痛みが引いたようで本当に良かったです」
治癒だろうが治療だろうがなんだろうが正直区別がつかない。とりあえずそれをさらっと使えるウィルが異次元だということはわかった。
施して貰って直ぐに痛みが引くし、ソファーに寝転がろうが起きようが歩こうが、痛みのぶり返しなどない。強すぎんか。
「着替えはそこに置いておきました。朝食は用意出来ているので、準備が終わったら呼んで下さい」
「わかったありがと」
穏やかな表情を浮かべたまま、ウィルはフリルのエプロンを翻して出ていった。ちなみに今日のエプロンは水色である。
「着替えに朝食まで...有能がすぎるな」
用意された部屋は想像以上にしっかりしている部屋で、色々と気になる物体は置いてあるものの、埃などは全く見受けられない。ベットも永遠に寝転がっていたくなるほどふっかふかである。
地下だから当然陽の光を浴びることなどは出来ないが、十分すぎるほどだ。
もぞもぞとやはり着慣れないサスペンダーに苦戦しながら、なんとか着替えを終える。
それにしてもこの世界で初めての心地よい目覚めだ。今までの環境が悪すぎたともいうが。やはり睡眠環境しか勝たねえ。
ふと、この体は寝起きで低血圧にならないのかというどうでもいいことに今更ながら感心した。やっぱ若いっていいね!前世も滅茶苦茶若かったけどな!!
「よっし。とりあえずいいかな」
大雑把ではあるが整えたベットの上に畳んだ寝間着を置いておく。
今日は転移してすぐに裏ギルド行って登録することに決めた。あとあるなら本屋に行きたい。余りにもこの世界の事を知らなすぎる。
「ウィル〜、朝飯なに〜?」
思い立ったら即行動だ。
*****
半透明で小さな長方形型の薄い板を太陽の光に透かしてみる。少し青みがかった銀色の文字が、きらきらと反射した。
質感はプラスチックによく似ているナニカだ。大きさは定期ぐらい。
「なるほどわからん」
しばらくかざして見てはいたが、ただのちょっと厚めでオシャンティーなカードだった。
何を隠そう、これが身分証である。
なんとこれギルドの登録証も兼ねているのである。
「......なるほどわからん」
ウィル曰く、魔法でなんかしてあるらしい。"なんか"が何なのかは知らないが、想像以上に効率的でハイテク地味ている事に驚きを隠せない。
あとこのマ○カのカッコいいバージョンのようなカード一枚で、ギルド以外にも色々な登録ができるらしい。それ以外はできないそうだが、まるで劣化版スマホである。生きてた頃にはカード類全部スマホに収束しつつあったし。
透かして見ていたのは、"裏ギルドは黒"だと聞いたからだ。
それを教えてくれたウィルは、先程から出店の店主とにこやかに話している。
これも予想外だったのだが、裏ギルドは支部や本部など建物が無い。
だから裏に登録するには、隠されている本部に辿り着かなくてはならない的なのではなく、今のように市場に紛れている職員を判別する必要がある。
要は初見殺しだ。
絶対にこの穏やかな見た目のおばあさんが職員だとは分からないと確信を持って言える。
この世界の一般的な髪色は赤、黒、茶色だそうだが、おばあさんも赤毛混じりの白髪で、にこやかに野菜を売っている姿に微塵も違和感が無い。絶対分からない。
因みに表の方は支部も本部も建物がある。そこはかなり整備されていて、この世界における最新設備が整ってそうな建物だった。
流石に前世の銀行とまではいかないが、感覚的にはそれに近い。自動ドアに似たような扉があってビビり散らかした。
つまりは、俺の想像以上にこの世界の科学と魔術の融合技術は進んでいたというわけだ。
まあ、コンピュータは復旧してないようでウィルの創造主は謎のままだが。
「イノすみません。お待たせしました」
話し終えたらしいウィルが、出店の向かいで店を眺めていたイノの元に駆け寄って来る。
「全然待ってないよ」
そう答えて視線を上げると、ウィル越しに優しげに手を降っている店主が見えた。それにお辞儀を返しかけ、やめる。ここは12歳らしく手を振り返しとこう。
「想像以上に徹底してて驚いたよ。分からないなあ」
思いっ切り手を振り満足して傍らのウィルを見上げる。
「そうですか?彼女は分かりやすい方なんですが...」
彼女はってことは彼女以外は彼女以上に難しいってことか......そんなの絶対見つけられんくね?難易度バグでは?
「そう言えば、色々と説明がまだでしたね。本屋に行きがてらほんの少し説明しましょうか」
俺がぐぬぐぬ唸っている間に話を切り替えたウィルが、ゆっくりと歩き始める。もう2歳児ではないから歩幅も多少成長したが、体力がゴミすぎて早く歩くのは疲れるので普通にありがたかった。紳士。
「先ずギルドについてですが、基本的に裏も表も依頼を受けるか受けないかは自由です」
「へえ、自由なんだ。ランクとかはある?」
「ランク付けは無いですね。昔はあったようですが、色々揉めて無くなったそうです」
ランクは無いが、実績を積んでいくと指名依頼が来るそう。
これは報酬が破格の場合が多いらしい。あまり断らない方が利益的にはいいので、断る人は少ないんだとか。まあ当然その分危険だそうだが。
「裏は黒ってのは?」
「スキャン時のカードの色の事です。表は白、通行証として使う時は青、身分証はそのまま、というようになっています。スキャナーは基本各施設に設置してありますが、裏の場合は暗証コードでスキャンと似たような状態にするのが主ですね」
依頼などの伝達が来るとカードが淡青色に変色し、表示すると宙に投影(?)してくれるらしい。要はなんかヴォンって宙に画面が表示されるメールである。わあすごい近未来的。
「....すご」
あまりの近未来加減にキャパオーバーしそう。どうゆう原理かはやはり全くわからないが、取り敢えずすごいのはわかった。
ウィルが落とさないようにと紐をつけてくれたカードを改めて見つめる。
こんなプラスチック板に近未来が詰まっているとは本当に感慨深い。明治時代の人が現代に行ってスマホ見た時の衝撃はこんな感じだろうか。いやちょっと違うか。俺はスマホ知ってるから衝撃も割と少なくすんでる気がしないでもないし。
転移の時もなんかちょっとだけエレベーターみたいで割と衝撃は少なかったし。
因みに、転移は思いの外あっさりしたものだった。
青く光った魔法陣みたいなのに乗ると、スキャンされるように下から魔法陣が上がってきて、上下の魔法陣に青い光の膜で囲われて外が見えなくなり、一瞬の浮遊感の後、上の魔法陣が下がってはい転移〜。みたいな。大体そんな感じである。
体験した感想は、すげぇという小学生並の一言しか浮かばなかった。このメカニズムを解明しようなどは俺には無理である。エレベーターですら俺は構造を知らないし、知ろうとも思わなかったので仕方がないだろう。
「イノ、本屋に着きましたよ」
柔らかなウィルの声にはっとして顔を上げる。
目の前に木製の扉があってびっくりした。危うくぶつかる所だった。まあその前にウィルが止めてくれるだろうが。
ギッと音を立ててウィルが扉を開ける。
さて、この世界についてお勉強するとしますか。