18.元々無かったものが在ることの違和感
『これで契約は完了だ。契約は絶対。そちらが破らない限り、こちらも決して破らない』
ふと、あの時の事を思い出した。
何故か鮮明に思い出されるそれは、どれほど考えようと無謀で無意味だとしか思えない。
だが、契約した段階で既に巻き込まれてしまった。
最早、後戻りも後悔も許されはしない。
誰かの造った盤上で踊り狂わなくてはならないのだから。
さて、何処までが誰の計算だろうか______
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やはり、このステータスボードは第三者にも見えるのだという事が判明した。
だが不幸中の幸いなのか何なのか、ボードに表示される文字は見えないらしい。
「ぬっわー、まっじかぁ。やっぱなー」
ウィルには適当に、こういう魔法使えるんだよ的な感じで誤魔化したが、多分優しさに満ち溢れたウィルだからこそ誤魔化されてくれたんだろう。
万が一見られた時の対応を考えておいた方がいいかもしれない。
そんな事を考えながら、だらだらとソファーの上で出されたお菓子を貪る。結構美味い。
さっきの話を聞いて、ウィルに聞きたいことは割と色々出てきたが、聞いたところで俺のスペックではこの世界の事や転生者(仮)さんの事など把握こそすれ理解には及べないだろう。だから聞くだけ無駄だ。
ちなみに、ウィルは現在俺用の客室を整備してくれるらしく、何処かへ行った。整備.....
転移準備は着実に進み、あと数十分もあればあらかた終わるらしい。だがやはり休憩やら何やらを兼ねて今日は転移しないそうだ。
それで暇になった俺はさっきからアイスなのかクッキーなのかケーキなのか何なのかまったく分からないチョコレート風味の物体をもしゃもしゃと食っている訳である。
平和だ。
「そーいや身分証とかどうすんだろ」
身分証が無ければ駄目とかあるかもしれない。因みにリーノの持ち物はゼロだ。何一つ所持してなかった。
まあ、目覚めて早々盗み食いをしたほどだから金なんてものは無いし、スラム街だと勘違いするほど薄汚い場所で生活していたのだから当然と云えば当然である。
驚きなのは、あれほど酷い有様にも関わらず彼処はスラム街では無いという事だ。
ウィルの話では一応コハクのなんちゃら公爵家の領地なんだとか。
あそこまで無法地帯感が出せるということは、まあだいぶえぐい公爵なんだろう。知らんけど。
あと、一応気にはなっていたウィルの創造主について聞いてみたが、やはりというかなんというかウィル本人もあまり知らないようで、
「........貴族、でしょうか?」
という何とも煮え切らない返事が返ってきた。
(まあ、そんな事だろうとは思った)
この世界が一般ピーポーに理解し易いような優しい世界だったら、"勇者みたい"な存在も"魔術師みたい"な存在も推測すらされない筈だろうから。
正直、何故皆一様に転生先は剣と魔法の国なんだよと思ったこともある。だが、地球という惑星の日本とかいう国では"転生=異世界=魔法ある"的な法則があるから、神側が考慮してくれているのかもしれない。
決してあのクソ死神の肩を持つ訳では無いが。
「.....魔法ねぇ」
一体全体どういう仕組みなんだろうか。
感覚的には捉えられてもそれはあくまで感覚的にであって、仕組みが全く判らない。何となく使えなくなった場合はどうするのだろうか。もっと理論的に説明して欲しい限りだ。
現地人にとっては呼吸と同じ様に当たり前であっても、此方からしてみれば目隠しで生活するのと同じである。身体はリーノだが、中身は地球人なのでやはり違和感が拭えない。
「はあ、もういいか。どうでも」
暫く唸って考えてはみたものの、分からないものは分からない。脱力してソファーに寝転がった。多少行儀は悪いが、ウィルも然り此処には誰も咎める人は居ない。
考えてもどうしようもないことはあるのだ。
例え感覚的にだとしても、今現在使えているならきっと問題は無い。そう思うことにしよう。
使えなくなったら使えなくなった時の自分が何とかするだろうし、そもそも元々は魔法など使えなかったのだ。魔法中心のこの世界では幾らか支障はあるだろうし、正直困るが、性格上自分の指針とかを変えはしないだろう。少しだけ人生を生きる方法が変わるだけだ。
「身分証のこと聞きに行くかー」
そう宣言して気合いを入れないと永遠に寝転がって居たくなる最高のソファーから身を起こす。気を抜くと怠けたがる身体を強引に立ち上がらせて、人をダメにするソファーから離れた。
「ウィルどこだろ」
誰にともなくそう口にして、思わず 俺って独り言が多いよなあ と呟く。
「.............」
やっぱりなと口にしかけ、キリが無いと押し黙ったイノはそのまま黙って部屋の扉を開けた。