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■第七話■ 覚醒の時



 蓮太郎は、眼前の山王を睨み付ける。

 背後には傷付いた時雨が蹲っている。

 その身に、その心に負った傷は、全て目前の男によるものだ。

 心の中に沸々と、熱い何かが湧き立ってくる。



「よぉ、落ちこぼれ。何の用だ?」



 山王咢人は、依然として余裕の表情を浮かべている。

 目前に立つ蓮太郎を、まるで路傍の石榑かその程度にしか見えていない――そんな顔だ。



「用件は一つだけだ」



 じり、と、右足を数センチ前に出し、重心を掛けて強く踏みしめる。



「ここで、お前を叩きのめす」

「おいおいおいおい、何のつもりだぁ?」



 その蓮太郎の宣言に、山王は心の底からおかしそうな表情をする。

 まるで、取るに足らない羽虫に喧嘩を売られ気分だとでもいうように。



「落ちこぼれの〝薄血頭領〟がよぉ! 一人前に、この俺に楯突くつもりかぁ!?」



 それに対し蓮太郎は動じない。

 黙ってその身は、臨戦態勢へと移行していく。



「……いいぜ」



 山王は、殺気立つ取り巻き達を手で制す。

 こいつは俺の獲物だとでも言うように。



「お前に何ができるのか見せてくれよ、落ちこぼれの天見」

「蓮太郎……」



 背後の時雨が、掠れた声でその名を呼ぶ。

 そんな彼女に、蓮太郎は振り返ることなく言う。



「心配させてごめん、時雨」



 柔らかい微笑みを口元に浮かべ。



「……でも、時雨に手を出されて、黙っているわけにはいかない」

「え……」

「俺が今まで積み上げて来たものを全て注ぎ込む」



 チリチリと、空気に火が点いているかのように熱気が増す。

 既に、音も無く、戦闘は開始していた。

 言葉を連ねる一方で、蓮太郎は山王の出方を探っていた。



「全力で、あいつを叩き伏せなくちゃいけない気がする」



 一見、暢気に会話をしているように見せて、隙は無い。

 一挙手一投足を観察し、未来の展開を想像する。



「まともに実践訓練にも顔出した事のねぇ奴が、いっちょ前に何かできるつもりか!?」



 山王は吠えながら、その手に握った小刀の切っ先を蓮太郎に向けた。



「来いよ! 切り刻んで二度と逆らう気すら起こらねぇように――」



 ――蓮太郎の放った暗器が、山王の眼前に迫っていた。



「!」



 放たれたのは先端の尖った決して小さくない針――飛針。

 タイミングをずらした見事な奇襲に、咄嗟、山王は身を翻して回避する。

 その瞬間、蓮太郎は既に山王の眼前にまで接近を果たしていた。



「ふっ!」



 一気に間合いを潰し、そこから体術を叩き込む。

 蓮太郎の放つ掌手と肘打ちの嵐が、山王の体に襲い掛かる。



「ちっ!」



 想定以上。

 完全に舐め切っていた蓮太郎の攻撃が、何発か山王の体を捉える。

 しかし、直撃こそ避けているのは、流石は山王といったところだろう。



「おらァッ!」



 蓮太郎の顔面目掛け、小刀が振るわれる。

 その一閃を回避するため、地を蹴り大きく距離を取る。

 そして跳んだ先には――。



「……へ? ――えぶっ!」



 ボウっと突っ立っていた取り巻きの一人を踏み台にし、再度接近。

 その途中、蓮太郎は自身の《刃》を召喚する。

 三尺ほどの刀身を持つ、外見的にこれと言って特徴の無い日本刀。

 しかし、今の身のこなしを身に着けた蓮太郎が、その凶器を振るえば、それは脅威と呼ぶしかない。



「ちぃッ!」



 自身の周囲を、縦横無尽に駆け巡り、死角から剣戟を見舞ってくる蓮太郎に、山王は舌打ちをする。

 その顔からは、既に余裕の笑みは消えていた。



「凄い……」



 時雨は静かに呟く。

 だが、これは時雨との特訓があったからこそだ。

 彼女の課した肉体の鍛錬、基礎的な体力作りと、森を使っての高度な運動訓練が、蓮太郎に躍動的な体術を身に着けさせたのだ。

 一方で、二人の戦いは秒速で変化していく。



「はッ!」



 山王の背後に回り込んだ蓮太郎。

 刃を構え、無防備な背中へと一気に飛び掛かる。



「ちょこまかと――」



 瞬時、山王は振り返る。

 彼はその手に、炎を宿していた。

 山王の《刃》――《火炎化粧》。



「うざってぇハエがぁ!」



 翳した掌から、波状の炎が蓮太郎へと放たれた。

 一直線に迫る火炎放射は、草木を焼き払うくらいの熱量を宿している。決して脆弱な威力ではない。



「蓮太郎!」



 思わず、時雨が叫ぶ。

 迫る攻撃に対し、蓮太郎は――。



「ふ――」



 集中するように瞑目したのも一瞬、蓮太郎はその手中に、水の塊を生み出していた。

《遁術》――水遁である。

 長所も短所もない、特徴の薄い、無色の神波。

 それゆえに、あらゆる《遁術》を学習により学んだ蓮太郎は、水遁でもって水を顕現した。

 拳大くらいの、決して大きくない、ただの水の塊。

 蓮太郎はそれを、迫り来る炎に向けて放つ。


 刹那――水玉が炎に包まれた瞬間、爆発が起こった。

 時雨や取り巻き立ちも、思わず手で顔を隠す。

 強い火力の中にいきなり水分を放ったことにより、蒸発したのだ。

 水蒸気爆発……そして飛び散った水分は、霧となって空気を白く濁らせる。



「つっ――」



 目晦まし。

 それに、山王も思わず腕で顔を覆っていた。


 ――すぐ真横に接近した蓮太郎に、反応が一時遅れた。



「ッッ!」



 飛び退く山王。

 鋭い痛みが顔を駆け上がった。

 着地――そして、己の顔に手で触れる。

 山王の頬に、一筋の切り傷が刻まれており、噴き出した血が地面に落ちる。



「………」



 刀を構えた姿勢で、蓮太郎はそんな山王を見据えている。

 時雨や取り巻き立ちは、呆然とその光景を見詰めていた。

 あの落ちこぼれの……薄血頭領と呼ばれ揶揄されていた天見蓮太郎が、山王に傷を負わせた。

 その事実に、取り巻き立ちは恐怖を覚え。

 彼の横顔を見ていた時雨は……どこか、胸の奥が高鳴るのを感じた。



「……なるほど、時雨に鍛えられたからか……それなりにやるみてぇだな……」



 一方、山王は、自身の手に付着した血液を見て呟く。

 その声は、震えている。



「……だが」



 蓮太郎は気づく。

 彼はいつの間にか、もう片方の手に銀色のアクセサリーのようなものを持っていた。

 そして、内包されている赤い液体のようなものを、その指先に数滴付着させている。



「――もうおしまいだよ、お前は」



 その指先を、自身の唇に伸ばす。

 蓮太郎は察し、一気に距離を詰めようとするが――それより早く。

 山王の全身が、燃え上がった。



「うぉ!」

「おわ!」



 発生した熱波に、取り巻き立ちは悲鳴を上げて後じさる。

 山王の肉体が――全身が、炎に変化する。

《刃》――《火炎化粧》。【魔道具】による【限界突破(オーバードーズ)】。

 空気中を白く染めていた水蒸気も、一瞬で蒸発し尽くす。



「くっ!」



 そんな中、蓮太郎は怯む事無く山王に接近する。

 肌が焼かれ、鈍い痛みが体表を席捲する。

 それでも刃を振るい、山王に攻撃を仕掛ける。

 しかし、振るわれた刃は、まるで空気を切るように山王の像を通過した。



「!」

「炎に物理攻撃が効くわけねぇだろ!」



 火炎が笑う。

 笑いながら伸ばされた腕が膨れ上がり、炎の壁となって蓮太郎の全身を包んだ。



「蓮太郎!」



 時雨の眼前、吹き飛ばされた蓮太郎が、地面を転がる。

 土に塗れ、体に付いていた炎は消されたが、ダメージは深刻に体に刻まれている。

 そして目前、悠々と歩きながら、山王が迫ってくる。



「終わりだなぁ、天見。まぁ、所詮こんなもんだ」



 蓮太郎を見下ろす炎の塊は、心底楽しそうに笑っている。

 相手が平伏している様が、おかしくて仕方がないというように。



「……くそっ」



 蓮太郎は歯噛みする。

 握りしめた拳の中に、土が混じる。


 ……やはり、無理なのか。

 才能が無いなりに努力した。

 センスが無いから学んだ。

 その短所を補えるように鍛えた。

 時雨にも助けられた。

 でも、無理なのか。

 自分には……【アサシン】として出来損ないの自分には、時雨への侮辱を拭う事も、目前の悪を切り伏せる事も出来ないのか。



「勝負は俺の勝ちだ。言っとくが、これで終わりじゃねぇぞ。今からお前はしばらく、俺に甚振られる。俺に二度と反抗したいと思えねぇほど、徹底的に、何時間かけてもな」



 頭上の山王が、高らかに宣言する。



「その次は時雨と! そしてお前の妹もだ! 二度と嫁にいけねぇような体にしてやるよ! いっそ自裁した方がマシってくらいに!」



 心の中を悔しさが満たす。

 それでも、怒りは消えない。

 心の中の炎は、一向に治まらず――むしろ刻一刻、激しさを増していく。



「さぁ、覚悟は決まったかよ! 甚振って甚振って甚振って甚振って、その後てめぇを、裏切り者のカス親父の下に送ってやるぜ!」

「オオ」



 ビシリ――と、腹の底で、頭の奥で、心臓の中心で、何かが壊れる音が連動した。

 自身の中の何かが、確実に決壊した感覚。



「オオオオオオオオオオオ」



 その感覚に任せるままに、蓮太郎は雄叫びを上げ、立ち上がる。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」



 ――その右手に握っていた蓮太郎の《刃》に、変化が起きたのは直後だった。



「!」



 柄の方から、まるで色を塗るかのように。

 その刀身が、白く、白く、白く染まっていく。

 純白の刃の刀――それが今、蓮太郎の手に握られた。



「おい……」



 一方、山王も思わず、声を漏らす。

 蓮太郎の身に起きた変化は、それだけではなかった。

 山王の瞳に移る、蓮太郎の右目。

 その右目の瞳孔が、白く染まっていた。

 三白眼と呼ばれるような、狼のような目。

 その眼光を、白い電光のように迸らせている。



「なん、だ? そりゃ」



 いきなりの事に、山王は訝る。

《刃》が変質した、目の色が変わった……だけではない。

 何か、蓮太郎の纏う空気のようなものまで、変化している気がしたのだ。

 そして、その変化を見ていたのは、山王と蓮太郎だけではない。



「あれは……」



 その蓮太郎の目を見て、時雨は気づく。



「あの目は、まるで……」



 一方、蓮太郎の行動は迅速だった。



「……――」



 その刃と目に変化が起きた瞬間、感覚的に、自身が何をすべきか理解できた。

 自分の中で何かが目覚めた気がした。

 ゆえに、蓮太郎はその感覚に従って動く。

 まっすぐ、刃を携え、一直線で動揺している山王へと接近する。



「!」



 速い――先程までより、更に。

 気付いた時には、蓮太郎の振るった刃が、山王の体を切り裂いていた。

 一瞬驚愕したが、しかし、山王はほくそ笑む。

 切られた炎の体はすぐに再生し、また体の像を形作る。



「はっ……何が変化したかは知らねぇが、物理攻撃は全く効かねぇっつってんだろ!」



 哄笑を上げる山王。


 ――その全身を構築していた炎が消え、彼の体は一瞬で元の肉体に戻った。



「………は?」



 自分の身に何が起こったのか理解できていないのだろう。

《火炎化粧》が解除されたのだ。

 無論、彼自身、《刃》を解除した記憶はない。

 強制的に、元の肉体に戻された。



「なんで――がっ!」



 混乱する山王の、その一瞬の隙を突き、蓮太郎の振るった刃が彼の胸を横一閃に切り付けた。

 地面に倒れる山王。

 その懐から、【魔道具】が飛び出る。

 更に刃が走り、蓮太郎の刀が、その【魔道具】を破壊した。

 容器は粉砕され、赤い液体は地面に吸い込まれる。



「あ、ぐぁ……」

「………」



 先程までの状況と一変。

 地面に腰を落とした山王に、蓮太郎がにじり寄る。

 山王はその蓮太郎の姿を、恐怖に染まった眼で見上げた。

 本気で切る気だ。

 胸の傷の痛みと、覚束ない呼吸、混迷する思考回路。

 山王は迫る蓮太郎に手を突き出す。



「ま、待て、冗談だ!」



 その口から飛び出したのは、命乞いだった。



「俺は別に、本気であいつを――」



 蓮太郎は――。


 ――左の拳を、山王の横っ面に叩き込んだ。



「ぶげぇ!」



 地面をバウンドし、山王は無様に転がると、そのまま白目を剥いて横たわった。

 蓮太郎の見舞った一撃により、昏倒させられたようだ。



「………ふぅ」



 蓮太郎の手の中から、《刃》が消える。

 そして同時に、その右目も元の瞳に戻る。

 蓮太郎は唖然とする取り巻き達を前に、時雨の下へ戻ると。



「……行こう、そんな恰好で、いつまでもこんな場所にいちゃいけない」



 時雨の手を取り、立たせる。



「あ……」



 そして判然としない時雨を連れ、その場を後にしようとする。



「待て!」



 取り巻き達が止めようとするが、彼らとて、山王を倒した蓮太郎に容易に手出しできない。

 蓮太郎に睨まれ、怯み、腰が引けている。



「とりあえず、時雨の寮に向かおう」

「あ……ああ」



 そのまま二人は、校舎裏を後にした。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇




「………」



 校舎の屋上。

 そこに立ち、全ての一部始終を見下ろしていた女性がいた。



「……時が来たようね」



 東郷学園校長。

 獅子原季子は、そう静かに呟いた。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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