■プロローグ■ 暗殺者の覚醒
無才と思われていた暗殺者の少年の英雄譚です。
よろしくお願いいたします。
体が熱い。
でも、心は静かだ。
しばらく忘れていた――この感情は、何と呼ぶのだろう?
少年は今、戦場に立っている。
目前には、相対する敵。
そして背後には――一人の少女が蹲っている。
少女と言ったが、同年代に比べて大人びた風貌の、しっかりとした雰囲気の伺える人物だ。
だが、今の姿は違う。
纏った衣服はぼろぼろで、その下の白い肌が容赦なく外気に晒されている。
体の至る箇所に、擦傷や変色した部位が見当たり、どれだけ痛めつけられたのかが一目瞭然だ。
彼女は傷付き、目元に涙を浮かべている。
思わず目を背けたくなる。
だが、背けない。
その傷は、彼女の優しさゆえのもの。
その優しさに答えるために、背かず、ここに立つ。
自身が真に立ち向かい、正さねばならないのは……。
「おいおいおいおい、何のつもりだぁ?」
面前の男が、凶暴な声を発する。
粗野で野蛮で、周囲に手下を侍らせる正にお山の大将という言葉の似つかわしい男だ。
だが、それでも腕は一流。
彼女をこんな姿にしたその実力は、冷静に評価しなくてはならない。
「落ちこぼれの〝薄血頭領〟がよぉ! 一人前に、この俺に楯突くつもりかぁ!?」
男は野獣の様に、殺気を迸らせながら咆哮する。
恐怖が無いと言えば、嘘になる。
しかし、今はそれ以上に、心がざわつく。
しばらく忘れていた、自身のために抱く事の無くなっていた、この感情の名は。
大切な人のために抱き、こうして再会を果たした、この感情の名は。
これは、怒りだ。
「大丈夫」
少年は、背中の少女に言う。
「後は、俺がすべてを終わらせる」
言って、少年は歩き出す。
その一歩は、悪に対して踏み出した一歩。
そして彼が、覇道を歩み始めた一歩。
やがて闇の世界の頂点に君臨する、最強のアサシンが踏み出した一歩だった。