第十一話 勇者と魔王は異世界に眠る
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「この部屋に荷物を運びましょうか!!」
そう言うとララカはいつの間にか用意していた軍手を二人に渡して、業者の元へと向かって行った。
((…荷物?))
そんな物などあっただろうかと疑問に思いながらも、二人は軍手をするとララカの元へ向かう。
「この『段ボール』という箱に荷物が入ってます。業者さんから受け取ってどんどん部屋に運びましょうか!」
「「は、はい」」
こうして二人は言われるがままに業者から段ボールを受け取って、身に覚えの無い荷物を部屋の中へ運び始めた。
「…ハァ、…ハァ」
「…よっ」
業者に手伝ってもらいながらも段ボールをとりあえず全て運び、大きな家具も苦労しながらも何とか部屋に運び入れた。
「ユウトさん、これどこに置きますか?」
「え…。あ、あの、…考えていなかったのでお任せでいいですか?」
「はい!了解です!」
家具の置き場所や一部の家具は扱いが分からなかったりしたものの、ララカや業者の人々の丁寧な説明によって家具の設置は大きな苦労もなく終わった。
「じゃあ、我々はここで!」
「お疲れさまでーす!!」
一通りの荷物を運び終わり、役目を終えた引っ越し業者はララカに手を振られて見送られながらこの場を後にした。
「いやー。かなり運び込みましたね。ちょっと疲れましたし、休憩しましょうか」
「…は、………はい」
「分かりました」
三人は一旦作業を中断して、それぞれ休憩を取る。
ユウトとララカは力仕事に慣れているため大して息も上がらず軽く疲れるくらいで済んでいるが、マナは慣れていないのかかなり疲れている様子だった。
「マナさん、大丈夫ですか?」
「…えぇ」
「ごめん魔…、マナ。気が付けなくて」
「い、いいわよ。勇…、ユウト」
「のども乾いているでしょうから水を持ってきておきました。どうぞ」
いつの間にかララカの手元にはペットボトルが三つあり、その一つをマナに手渡す。
「これ…、は…?」
「『ペットボトル』といって飲み物が入った容器です。上にある水色のキャップという部分を左に強く捩じれば、中の水が飲めるようになりますよ」
ララカの言われた通りにペットボトルのキャップを開けて、マナはペットボトルの水を口へと運ぶ。
「…!」
一口飲んだ瞬間に疲れた身体に冷やされたおいしい水が身体に染み渡り、そのあまりの美味しさにマナはペットボトルの水をいつの間にかほとんど飲み干していた。
「すごくおいしいな…、これ」
ユウトもララカから受け取ったペットボトルの水を、あまりのおいしさにほとんど水を飲み干していた。
「これ、私のお気に入りなんですよ。気に入ってもらえて良かったです」
「………さて、まだ段ボール残っているのよね」
「マナ…、もういいのか?」
「ええ。何だか元気が出てきたし、もう大丈夫」
「じゃあ、作業を再開して夕方までに引っ越しを終わらせましょうか!」
「「はい!」」
三人はそれぞれ立ち上がり、作業を再開する。
段ボールの開け方をララカに教えてもらい、食器や生活道具をそれぞれ取り出すと、特定の場所に収納していく。
一部は迷ったりしたものの、ララカの教えもあって大きな問題なく進んだ。
「…ふぅ」
作業が終わりを迎え、二人は窓の外をふと見ると外の景色は雲一つない青空からオレンジの綺麗な夕焼け空へ変わっていた。
「お疲れ様です。本来ならここで終わりなんですが、まだこの部屋の説明をしないといけません。時間が無いので少し早口で説明しますが付いてきてくださいね!」
こうして休憩する間もなく、ララカは早口でこの部屋についてのレクチャーを始まる。
「これがこうなってまして、そしてこちらの使い方こうでして…」
驚きと感動が次々と交差する中で、早口で説明されたことを頭の中に入れこむのはかなり大変らしく、最初は何とかついていけた二人だったが中盤になってきたところでかなりキツくなり
「…というので説明は以上になります!!」
説明が終わったころにはマナはかなり疲れており、ユウトは頭から煙を出して目を回していた。
「まぁ、いきなり全て理解しろと言うのは無理があります。ですので実際に使ってみてどんどん慣れていってくださいね!」
「「…は、……はい」」
「もうお腹もすいてきたでしょうし、晩御飯にしましょうか。私が作りますのでお二人は頭を休ませて待っていてください」
「「…ありがとうございます」」
ララカのお店に三人は戻り、二人が頭を休めている内にララカは手際よく調理を済ませる。
「できましたよー!」
「「…!」」
頭が落ち着いた二人がテーブルを見るとおいしそうな料理がずらりと並べられており、二人の食欲を大きく刺激する。
「「「…いただきますっ!!」」」
運ばれてきたララカの料理はどれも絶品で、二人の食欲は更に大きく刺激される。
そして普段なら敵襲の関係もあり食事など味わうことなど時間の無駄とされていたが、料理の美味しさがそれを忘れさせて、いつの間にか二人はとても久しぶりに食事を楽しく味わった。
「「「…ごちそうさまでした」」」
こうして食事を済ませ、ふと外を見て見るといつの間にか夜空に月が大きく登っていた。
「…もうこんな時間ですか。疲れも溜まってきたと思いますし、後はお二人でゆっくり休まれてください」
「「はい」」
「明日も色々とやることがあるので、起きたらちゃんとここに来てくださいね。それではおやすみなさい」
ララカに少し見送られると、それぞれ二人は部屋に戻る。
「確か…、これだな」
入り口近くにあったスイッチを押して電気をつけて、お互いに椅子に座って少しばかり身体を伸ばした。
「…えっと。お疲れ様」
「…うん」
「今日は…、色々とありがとう」
「こちらこそ…、ありがとう」
「………。」
「………。」
引っ越しの途中でお互いに何となくコミュニケーションはできた。
しかしいざ二人きりになると、二人の頭の中には話したくて仕方ないことと心の中にできてしまったわだかまりが衝突を起こして、言葉にしようにもできなくなってしまう。
「………。」
「………。」
そして言葉にできないことによって生まれてしまう無言の圧力に、二人はお互いに知らぬまま苦しめられていった。
「…風呂だけど、どうする…?」
「…先に行って」
「分かった…」
無言の圧力から逃れるように、ユウトは着替えを持って風呂場へ向かった。
「…ふぅ」
お湯を張って、身体を綺麗に洗うとユウトは足を伸ばして湯船につかる。
(足を伸ばしてこんなにゆったりと風呂に入ったのはいつぶりだろうか…)
いつもは時間や順番というものや濡らしたタオルで身体を拭くことが多く、ゆったりとする時間などないといっても過言であった。
疲れもあったのか何も考えることなく、心地よい暖かさにしばらくユウトは身を投じていた。
(…あ)
しばらくしてマナが待っていることを思い出したユウトは、簡単に風呂掃除を済ませると着替えて風呂から出た。
「…上がった」
「…え。…あ、うん。今行くから…」
マナはなにやらそわそわした様子で、着替えを持って風呂場へと向かっていった。
「…。」
食器棚からコップを一つ取り、水を程よく汲むととユウトはそれを一気に飲み干す。
「ふぅ」
椅子に座りしばらくのんびりとしていると、気がついてはいけない事実にユウトは気が付く。
それは自分の好きな人が今ドアの向こう側で、生まれたままの姿でいるということである。
(………考えるな!…何も考えるな!!)
今すぐにでもその姿を見たいという僅かな下心が出始めたユウトは、何とかそれを振り払おうとする。
しかしドア越しから聞こえてくるシャワーの音がユウトの下心を無意識に強めていき、何とか考えまいと今日ララカに教えて貰ったことを振り返りながら自分の下心と酷く葛藤していた。
…キィ
「!!」
しばらくすると風呂場のドアが開く音がして、ユウトはそれに過剰に反応して跳ね上がるように驚いてしまった。
「…あ、上がったのか」
「…う、うん」
思わず振り返ったものの、マナは何故か出てくること無くドアから顔をのぞかせていた。
「…タオル忘れたのか?」
「…ち、違う。大丈夫…」
「…顔が赤いけどのぼせたか?」
「のぼせてない…。本当に…、大丈夫……、だから」
マナの顔はユウトと会話を重ねるたびに赤くなっていく。
「…?」
訳が分からず、ユウトは少しマナを見つめる。
「…。」
しばらく間マナはドアの後ろ側で動かずにいたが、目をぎゅっと瞑るとゆっくりとドアの後ろ側から出てきた。
「………!?」
「…うぅ」
ドアの後ろから出てきたマナの姿は、赤と黒を主体としたとてもセクシーなベビードールを着ており、とても恥ずかしいのか顔を真っ赤にして目に涙を少し浮かべていた。
「…なっ!?…ぁ!?………ええぇ!?」
あまりにも予想外の恰好で出てきたマナにユウトは耳まで真っ赤にして、急いで両腕で顔を覆い隠した。
「…魔王っ!!何でそんなっ…!?へ…、部屋着を…!!部屋着をっ!!」
「…こ、これが、部屋着…」
「え、…えぇ!?」
あまりの爆弾発言にユウトはさらに大きく動揺する。
「な…!?服とか…、あるだろっ…!?」
「…ふ、普段着が…、いつもドレスで…、ずっと前から…、こっ…、この格好で…、………寝てたから」
「分かったっ!!もういい!!もう十分だっ!!俺が悪かったっ!!…湯冷めもするし、電気も消して寝ようっ!!…な!なっ!?」
慌てたユウトは椅子から乱暴に立ち上がると、急いで電気を消して逃げるように敷かれた布団の中に潜り込んだ。
「…。」
暗くなった部屋で、マナは月明かりを頼りにユウトの隣に敷かれていた布団へ緊張しながらもゆっくりと入っていった。
「「………。」」
二人は少し顔を赤くしたまま今日という日を振り返る。
今日という日は自分が初めて好きなってしまった異性を、自らの手で殺めなければいけない。いや、殺めるために自身の心に秘めた淡い恋心を消した日であった。
もう少しでそれは果たされるはずだった。
しかしそれは突如と現れた神さまが、殺し合いを止めた挙句に墓場まで持っていくつもりだった胸に秘めた思いを好きな人がいる目の前でバラされてしまった。
でも自分が好きになった人が自分を好きだということを知った時は否定はしていたがとても嬉しかった。
そして世界の真実を教えられた時、もう殺し合うのも自分の恋がここで終わってしまうのが嫌になった。
神さまはそんな自分たちの願いを簡単に叶えてしまった。
でも叶ったはいいものの話すらまともにできなくて、このまま深い溝を生み続けることになってしまうのか。
そして取り残してしまった仲間や部下のことを見捨ててそれをまだ理解することも出来ていない異世界で背負って生きていけるのか。
((明日はどうなるんだろう…))
期待と不安。それらが頭に広がっていき、それら全てが頭の中をしばらく支配する。
だが柔らかな布団に優しく包み込まれ、溜まっていた疲れが一気に押し寄せて二人は眠りの世界へとゆっくりと落ちていった。