第十話 異世界の支え人
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「…えっと。こっち…、だよな」
「う、うん…。そう…、だね…」
ロキが去ってからしばらくして、二人はロキの渡してくれた一枚の紙を頼りに指定された場所に向かって歩き始めていた
「「…。」」
ユウトとマナはそれぞれこの気まずさを消そうと何か話をしたいとお互いに考えとするも色々と思い詰めたり、感情が高ぶって中々言葉が出てこないでいた。
「えっと…、確か目的地に『ララカ・クロート』さんって方がいるのよね…?」
「あ、ああ…。そうだな…。………な、なぁ魔王」
「な、何?勇者?」
「その…。…えーと。……………これからはお互いに名前で呼び合わないか?」
「!?」
突然に名前を呼び合わないかというユウトの提案に、マナは耳まで真っ赤する程に赤面した。
「な…!何っ…!?何言ってるの!?…そんないきなり!!」
「…俺だって恥ずかしいよ!でも…、いつまでも「勇者」と「魔王」ってのはこの先周りに違和感を与える訳になるし、それに俺たちはもう「勇者」でも「魔王」じゃないからな…。」
「う…」
マナはしばらく考え込んで黙っていたが
「…分かった」
少し間を開けて深呼吸をすると
「これから…、よろしく…。ユ………、ユウト」
マナは自ら初めてユウトの名前を呼んだ。
「あ…、あぁ…。よろしくな…。…………マナ」
ユウトも同じく自ら初めてマナの名前を呼び返した。
「「………。」」
しかし想像以上に名前を呼び合うのが恥ずかしかったのか、二人は歩みを止めて真っ赤になってしまった。
「………あの、さすがに二人きりの時はちょっとまだ…」
「そ、そうだな。…しばらくはそのままでいいか」
ふたりは止まっていた足を動かして、目的地へ向かって歩き出した。
「「「「「…。」」」」」
そんな初々しい二人の様子を街の人々は、『可愛い』と見守る人もいれば『リア充爆発しろ』と嫉妬の眼差しで見る人がいることに二人は全く気が付かずにいた。
二人が歩みを再開してしばらくすると、ロキが示していた目的地に二人はたどり着いた。
「…ところで、『ララカ・クロート』さんってどこにいるんだろ?」
「確か少し変わっている人からすぐ分かるって紙に書いてあったけど…。」
二人は辺りを見渡して『ララカ・クロート』らしき人物を探す。
「…ん?」
そんな時、ユウトが急に目を丸くして表情を微妙に歪めた。
「どうしたの?」
「いや、魔王…。あれ…」
「あれ?」
ユウトが指で示した先をマナは見る。
「…え?」
そこにいたのは身長160cm程の糸のように細い目をした女性だったが
「「…。」」
その女性はピンクの布生地にライオンのような狂暴な猛獣が描かれた、かなり個性の強いエプロンを身に着けていた。
「…あれが、『ララカ・クロート』さん…?」
「…確かに変わっているけど、少しどころじゃないだろあれ…」
とりあえず個性の強いエプロンを身に着けた女性をマークして、二人は少し変わった人がいないか他に探すもそれらしき人はどこにも見当たらなかった。
「…話しかてみるか」
「…そうね」
個性の強いエプロンを身に着けた女性を『ララカ・クロート』と信じて、二人はゆっくりと歩き出す。
そして個性の強いエプロンを身に着けた女性に近づいたユウトは、勇気を出して女性に話しかける。
「………あの」
「は、はい…。何ですか…?」
ユウトに話しかけられた個性の強いエプロンを身に着けた女性は、少し不安そうな顔をしながらもユウトの呼びかけに応じる。
「あなたが…、『ララカ・クロート』さんですか?」
「えぇ…。そうですが…。…どちら様でしょうか?」
「すみませんが『ロキ』という方から、あなたを訪ねるように言われた者なのですが…」
「…ロキさんからですか?」
「はい」
「…!!」
二人がロキから紹介された人であると理解した途端、今まで不安そうな顔をしていたララカの顔はみるみる明るくなっていく。
「お待ちしてました!!話はロキさんからたっくさん聞いてますよ!!さぁ!!いつまでも立ち話では失礼ですから、どうぞどうぞ!!」
二人はララカに案内されて、後ろにあった店らしき場所の中に入っていった。
店の中の雰囲気はとても明るく、部屋の中心には可愛らしいカラフルな水玉模様のテーブルクロスの敷かれた少し大きめの長方形のテーブルと、座り心地のよさそうな椅子とクッションがセットになってそれぞれ二つずつあるが
「「…。」」
何故か部屋の壁には狂暴そうな猛獣の頭部の剥製がいくつも飾られており、部屋の明るい雰囲気やテーブルと椅子の可愛らしさを全て台無しにして、異様な雰囲気を醸し出していた。
「少し狭い場所ですみません!お飲み物を用意しますので、お好きな場所に座ってて下さい!」
「「は、はい…」」
言われるがままに二人は椅子にゆっくりと腰を下ろす。しばらくしてララカがお盆に飲み物と少量の茶菓子を持って二人に対面する形で椅子に座った。
「ミルクコーヒーです。少し苦いですけどおいしいですよ」
ララカはそう言うと、丁寧にコーヒーカップを二人に差し出した。
「「…いただきます」」
二人は差し出されたコーヒーカップを手に取り、ミルクコーヒーを飲む。
「「…!」」
二人がが初めて飲んだミルクコーヒーは、コーヒーの苦さとミルクのコクに加えて少量の砂糖がそれぞれを調和させて絶妙なバランスの取れた最高の一杯のはずなのだが
「「…。」」
ララカの背後に飾られた猛獣の剥製に酷く睨まれているような気がして、最高のミルクコーヒーの味を二人は存分に楽しむことができなかった。
「では改めまして。私はこの『クロート不動産』のオーナーであり、あなた方の生活をサポートさせて頂く『ララカ・クロート』と申します」
「初めまして、ユウト・ブレイスです」
「マナ・サタンです。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします。…しかしお二人は話に聞いた通り、本当に初々しい感じのラブラブなカップルなんですねっ!」
「「はい。………え?」」
後ろにいる剥製の猛獣たちの気迫についから返事してしまった二人だが、その言葉に気が付いた二人の思考は固まる。
「いやー。ロキさんから二人の事は聞いていたのですが、どうせただのアホなバカップルだろうと思ってましたがここまで初々しいなんて!!こんな二人の新生活を支えてあげられるなんて本当に嬉しい限りです!!」
「…そ、そうなんですか」
「アハハハ…。良かったです…」
二人はいきなりカップルと思われていることが恥ずかしくなり顔を赤く染めるも
((ロキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!))
ララカに見えない角度でこっそりと怒りに身を任せて、拳を力強く握りしめてロキの名を心の中で叫んでいた。
「さて!面倒な手続き等はロキさんが全てやってくれましたので、あとはこちらにサインを頂ければお二人の住まれる部屋の契約は完了です!」
((!?))
ララカの発言に思わず二人は一瞬顔を合わせて動揺する。
「…えっと。俺たちが一緒に暮らす部屋ってことですよね…?」
「はい。そうですが?」
「「…。」」
お互いの素性は散々と嫌というほどロキにばらされたものの、同棲生活をいきなりすることになるのは流石に恥ずかしいと二人は少しお互いの距離を置いてお互いにさらに赤くなった。
「…あれ?…もしかしてお二人って」
「「!!」」
恋人ですらないことに気づかれたと二人は大きく焦る。
「…今更同棲することに恥ずかしがってるんですか?」
「「…へ?」」
しかしララカはうまい具合に勘違いを起こしてくれたので、二人の関係については深く探られずに済んだ。
「…はい」
「そう…、なんです…」
「ふふっ。まるで付き合って日の浅いのカップルみたいですね」
「「ハハハ…。」」
「ささっ!ここにサインを!話はそれからです!!」
((うぅ…))
実際ここでサインをしないと本当に何も始まらないだろうと観念した二人は、渋々ながらも契約書にサインを書いた。
「…こちらがユウトさんで、こっちがマナさん。…はい!契約は完了ですよ!」
「…それで、ロキが用意してくれた部屋と言うのは…」
「気になっちゃいますよね。…さて、ロキさんが用意してくれた部屋は…」
「「…。」」
「…この店の二階部分ですっ!!」
ララカは天井に指を指して答えた。
「この上…、ですか」
「引っ越し業者が来るまで少し時間ありますから、とりあえず部屋を見に行きましょうか。」
「「は、はい」」
ララカに言われるがままに二人は外に出て、設置されてあった階段を上り二階部分の玄関の前まで来た。
「空けますね」
エプロンのポケットから鍵を取り出して、ララカは玄関の扉を大きく開ける。
「「…!」」
カーテンがしっかりと閉められていて部屋は暗いものの、綺麗でかなり広い部屋であると二人に伝わってきていた。
「あ、部屋に上がるのであれば靴を脱いでくださいね」
「「靴を?」」
「ここの国では、基本家の中では靴を脱いでから部屋に上がりますので」
土足で上がろうとしていた足を止めて、二人は靴を脱いで部屋へ上がる。
(…気が付かなかったけど木製の床か。カーテンやランプはどこだろうか?)
部屋の中が気になり、ユウトは部屋に明かりを入れようと部屋を軽く探索する。
「今は閉め切っているから暗いですが、こうすれば簡単に部屋が明るくなりますよ」
そういって玄関の近くにあるスイッチをララカが押すと部屋の電灯に灯りがつく。
「「!!」」
先程まで真っ暗だった部屋に突如として灯りが入り、真昼と変わらない程の明るさで部屋全体を照らしたのだ。
「これって…?」
「…一体何が?」
「まぁ、簡単に言えばランプに火を灯したというべきですかね。しかし!ランプとは違い火を入れる必要や油を補充する必要がなく、このスイッチ一つで灯りが灯せる手軽さがあります!」
「「それだけで…?」」
「ええ!でも驚くにはまだ早いですよっ!!」
ララカは靴を脱ぐと二人にこの部屋について簡単な説明を始める。
「ここにある蛇口を捻ればいつでも飲むことが出来る清潔な水とお湯が簡単に出ます。そして台所で調理を行うのに使う火とお風呂を沸かすために薪は一切使用しません。台所ではコンロと呼ばれる場所にあるツマミを回せば簡単に火が点いて素早く調理が行えますし、お風呂場では簡単な手順を行えばお湯がすぐに沸きます」
「「…!!」」
自分たちのいた世界よりも遥かに文明が進でいること、そして苦労していたこれらの動作があまりに手軽になっていることに二人は驚きと感動を隠せないでいた。
「驚いてくれて何よりです。色々とまだまだ説明しなければいけないのですが…。そろそろ時間になりますしね」
「「時間?」」
ビイィィィィィィィィィィィィィィィッ!!
「「!?」」
突然と大きな音が外から聞こえて二人は思わず耳を塞ぐ。
「あ!ちょうど来たみたいですね!」
ララカは速足で靴を履いて外へ出る。
「「…?」」
二人は何かあるのかと、ララカに遅れて玄関を出る。
「ララカさーん!!お待たせしましたー!!」
外には白い帽子を被った複数の人がいつの間にかいて、その一人が部屋から出てきたララカに向かって大きく手を振っていた。
「はーい!!ちょっと待っててくださいねー!!」
ララカも大きく手を振って言葉を返した。
「…さて!」
くるっと二人のいる方に振り返ると
「この部屋に荷物を運びましょうか!!」
ララカは正面で手を合わせる動作をしてニコリと笑った。