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竜王殺しはヒトでなし!  作者: 五五五
第一章「落ちぶれ英雄と名ばかり女王」
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第2話

「……人違いだ」

「いいえ、それはありません。ずっと探していたのですから。あなたはマーカス=フェル……」

「やめろ……俺はお前なんぞ知らん」

「やはりマーカス様でしたね。お初にお目にかかります。ワタクシの名前はリィン……」

「興味ない。というか食事の邪魔をしないでくれ」

 男は突き放すように言う。だが、女は勝手に話を進めようとする。

「マーカス様をお探ししていたのは他でもありません。あなた様にお願いがあります」

「……人の話を聞いてないのか。食事の邪魔を……」

 バァァン!!

 再び扉の開く音。しかし、今回はかなり乱暴に扉が開け放たれた。

「えーっと、どいつだ? お、いたいた。まちがいねぇな」

 入ってきたのは大男。ツルッとした禿頭に、もっさりと蓄えた髭がまるで頭を逆さまに置いたような顔に映る。

「おい、ねーちゃん。聞いたぜ、金持ちなんだって? おれは貧乏でよう……今日飲む酒代もないんだわ。なあ、もってる金、こっちによこしてくれや」

 ひねり一つ感じない恫喝である。もっとも、金髪女――リィンと男の体格差はゆうに倍を超えていた。それだけで充分に脅しにはなるはず……だが。

「確かにワタクシはお金を持ってはいますが……何故にあなたへお譲りしなければいけないのでしょうか? その理由をお聞かせ願いますか?」

 ここでもまた、的外れな話を始めるリィン。

「理由だぁ? だから、俺は貧乏で金がないんだよ! だから、てめえの金を寄越せって言ってんだ!」

「それはあなたとワタクシの財産の話ではありませんか。ワタクシが尋ねているのは、あなたにお金をお渡しする理由です。大変失礼ですが、あなたはお金というものをよく理解していらっしゃらないのでは……」

「う、うるせぇーーーー!!」

 髭の大男は叫びを上げる。どうやら、リィンのグダグダとした話にしびれを切らしたらしい。

 同時に、男は思い切り拳を振り下ろす……が、それはリィンを狙ったものではなかった。当たったのは、マーカスの前に置かれたテーブル。その衝撃で、皿の上のパンと干し肉は床に落ち、カップに入ったぶどう酒もひっくり返ってしまう。

「いいから、金を出しゃあいいんだよ! おれぁ気が短けぇん……」

 ガシッ……

 マーカスは大男の手首を握った。

「ああ? なんだテメェ!!」

「お前、気が短いんだって? 気が合うじゃねぇか……俺もだよ!」

「何言ってやが……」

 ヒュンッ……ドッカァァァン!!

「ゲボハァァッッ……!!」

 大男は空中をくるりと回って、背中をしこたま床に打ちつけた。板でできた床が抜けてしまうのではないかという衝撃に、店の中にいた客たちは逃げ出してしまう。

「テ……テメェ、何しやが……!? お、おい、ちょっと待て!!」

 マーカスはニヤリと笑う。そして、男の股ぐらを掴むと、そのまま扉のほうへと思いきり押す。

 ズザザザザザァァァァァ!!!

 巨体が床を滑る轟音と同時に、大男の体は店の扉へと勢いよく押し出される。更にそのまま、ポォーンと通りに飛び出した。

「ブビぎゃあァァガガガが……!!!」

 大男は泣き叫びながら、道を転がる……自分の股間を抑えつつ。

 ゆっくりと店の中から出てきたマーカスは、そんな相手の姿を見ても、眉間に寄せたシワを消そうとはしない。

「せっかくの食事を台無しにしやがって……こんなもんで済むと……」

「マーカス様! いきなりなんてことを!」

 マーカスを追って、酒場から飛び出してきたリィン。彼女はマーカスを咎めるように言った。

「ああ!? そんなもん決まってるだろうが! この馬鹿ヤロウに礼儀ってものを教えてやるのさ!」

 マーカスはリィンのほうへ振り向くこともせず、大男の腕をブーツで踏みつける。

「あが……あががが……」

「よぉし、腕一本だ。そいつで今回の件は勘弁して……」

「ま、待っておくれよ!」

 背後の声に、マーカスは驚いた。振り向くと同時に、自分の横を通り抜ける影が目に入る。

「お前さん、大丈夫かい! ああ、こんなにボロボロに……」

 酒場にいた女主人である。

 泣きそうな顔をしながら、髭の大男を庇おうとしている。

「こ、この人を許してやってくれないかい! あ、あたしが悪かったんだ……つい、金貨のことを話しちまって……酒も回ってたから! 普段は気のいい人なんだよ!」

 マーカスはしばらく女主人の顔を見つめていた。目に涙を貯めながら、必死に髭の男を……自分の夫を守ろうとする姿を。

 店の中を振り返る。そこには、半分ほど口にしたぶどう酒が、床に零れ落ちていた。

「はぁぁ……もういいや。暴れるだけ腹が減る。今夜の寝床も探さねぇと……」

 マーカスは女主人から目を離し、通り歩き始めた。日はすっかりと落ち、ポツポツとだけ道を照らしている魔道灯が映す寂しさは、一層深まっているようだった。


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