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イ・メルゲンスィア  作者: こじまる、
9/15

アルチビュアの戦い②

 歩兵部隊は長槍を先頭に整然と進んでいた。統率のとれたその歩みは、バグラスの指揮能力の高さを物語っているようだ。


「彼も私と同じクレメンブラスで奴等に敗れた者同士だ。油断せず手堅く指揮してくれるだろう」


 ファロはチビュアの長に語った。高地からは全軍の動きが見える。各部隊の布陣は完了したようだった。

 ダビデには予想外のことが起きた場合、前線の部隊全ての指揮を任せるように伝えてある。チビュアもそのなかに組み込ませた。

 長もスペルニアの元で戦えるならと、快い表情を浮かべる。暑いのか彼の頬を汗が数滴流れた。


「スペルニアのために部族を挙げて援軍に来てくれるとは、あなた方には頭があがりませんな」


 長は言葉少なに反応を示す。額には埋め尽くさんばかりに発汗していた。

 

 「えぇ、ワシらはこの十年間恩あるスペルニアのために戦い続けておりました。この地からあやつらを追い出せる日が来ることを信じて」


「では、今日が奴等を追い出す日になるのだな」

 

 この十年間アイルランデルと戦い続けて来たチビュア族の恩に報いねばならんな、必ず元老院にそなたらの安寧を約束させる、と言葉を続けた。

 長の顔は目に見えて血潮が引いていた。うつむいて黙りこんでしまった。


「どこか具合でも・・・・」


「ファロ殿! あれを!」


 部下の言葉に振り返る。視界は再び門前へと向かった。

 固く閉ざされていたはずの門は元から開け放たれていたかのように両開き、アイルランデルの兵士が一騎の戦士に続けき攻撃を開始した。

 突撃から切り開かれた前線は瞬く間に混乱していた。


「これは・・・・いったい?」


「十年・・・・。十年じゃよ・・・・」


 長が呟く。心苦しさを感じさせる言葉をファロの耳はハッキリととらえた。

 焦燥をもちながら視界はまた彼を正面に入れた。彼の目は完全に自分を見据え、血色の戻った表情にはもう戻れない過ちに対する覚悟が表れていた。


「この十年間ワシらは負け続けるスペルニアのために戦い続けて来た・・・・」






 前列で構えながら行進する長槍部隊は万が一敵が襲って来ても先制できるようにしてあるのだろう。心の中でバグラス殿の指揮の細かさを称賛をした。だが僕の頭を占めているものはその喜びをすぐに陰らせた。

 兵力の減った敵。三万人を収容できる砦の占拠。援軍に来た好戦部族。油断している敵を背後から襲える地形。

 どれをとってもスペルニアの勝利は確実に思えた。


「また難しい顔してるぞニカ。いい加減目の前の戦いを見ろよ。バグラスのおっさんが門を塞ぐぞ」


「うん・・・・。でもさ、あまりにも都合よく事できてんだよな。これまで僕らが通った地形も砦も利用せず、スペルニアの存在にも気づかず油断してる。常勝してきた彼らがそんなへまをするとは・・・・」


「そういう機会が巡ってきたんだろ俺らに、現にハゲ兄弟だってアイルランデルに勝っただろう」


 機が巡ってきた。そう思うことにした、重かった気分はいくらか楽になった。

 そうだ今はこの戦況を見守り、ファロ殿や父の指示に従ったていればいい。初陣の俺らにできるのはそのくらいだ。


「俺もよ不安がねぇ訳じゃないんだ。ファルコでは前線で戦ってきたが、本物の戦争は始めてだからな・・・・緊張で喉が渇いて水が欲しいくらいだ」


 水。そうか水か! 

 頭のモヤが一気に晴れた。これまでの光景が巻き戻され、一部の記憶が答えとなった。

 物見に登っていた時に見た水を汲んで戻ってきた兵士の姿。


「あの砦。水を溜めておける場所あったか?」


「は?」


「川もそうだ!雨が降り続いていたのに何故穏やかに流れていた!?」


「落ち着いて結論を話せよニカ。なにに気づいたんだ」


 サルバドルも僕の発した言葉にたじろぐ。息を吸い込み落ち着きを戻しはじめた僕の背ををさすりながら続きを待っていた。

 周りが騒がしくなるが僕もサルバドルも気にせずにいた。


「あいつらの狙いは僕たちの占領した砦の奪取だ」


「何言ってんだ。三万人を収容できる規模の砦だぞ、しかも奴等は俺達に気づいてないから別動隊も出してないだろう」


「僕の考え過ぎかもしれないけど、敵に僕らの情報が漏れていたとしたら?」

 

「漏れたとしても誰から?」


「彼らは何故このタイミングで現れた。敵が打って出てくるのを待ってた僕らの前に・・・・」


 サルバドルも頭の回転が速く、事の動機につじつまを合わせた。


「チビュア族が俺らを誘い出し、手薄になった砦をアイル共が別動隊で攻める。広大な砦の弱点を知る奴等はそこを集中して攻めるから、三千のスペルニア軍は対応に追われ、忙しく防戦することになる」


「そう、忙しく戦えば体力を消耗する。食料はあるから問題ないけど、水はそうはいかない戦えば戦うほど消耗して兵が弱まる。きっと奴等は上流を塞き止めでもして僕たちが水を手に入れやすいよう演出してたんだろう」


「砦が落ちれば退路がなくなり、俺達は背後からも攻撃を受ける・・・・。親父さんに伝えようニカ!!」


 父の元に向かおうとした僕の視界に想定していたが、実際に起こるとも思えなかった事象が飛び込んできた。

 拠点の門は両開かれ、先頭を駆ける騎馬によって戦列が崩れた先陣だった。

 騎馬兵に乱された前列は混乱し、逃げ場を求めて沼地に飛び込むスペルニアの兵もいた。沼に足をとられ逃げれずにいる兵士に、騎馬に続いたアイルランデルの長槍兵が容赦なく刃を突き立てる。


「なんて事だ。おい! 早く親父さんに!」


 突然に目の前を眩い閃光に覆われた、轟音は耳をつんざき体と大地を震わせた。

 ただの落雷だったが、それを合図とするかのように背後から剣の交わる喧騒が聞こえてきた。


「もう間に合わないよ・・・・」


 




 

 ファロは長に剣を向けた。長の表情はピクリとも動かない。逆に圧倒され額に汗がにじんだのがわかった。


「もう一度言ってみろ・・・・!」


「スペルニアは十年負け続けたのに未だ剣を納めぬ、愚かな戦いに挑み続けワシらや、他の部族や都市がどれだけ被害を被ったか・・・・」


 その通りだった。スペルニアはこの敗戦のなかで敵に何一つ深い手傷を負わせていない、ただ負けて終わるのは嫌だと周りを巻き込みいたずらに挑戦し続けた。

 その事実を正面から突きつけられたことが、ファロから反論の意思をうばっていた。


「誇り高き崇高な民族だとワシらも従ったが、蓋を開ければ負けず嫌いで迷惑を考えないただの幼子たちであったか・・・・」


「・・・・黙れっ!」


 長はついに我慢の限界を迎えさせる言葉を放った。それはあまりにも簡潔で、最大の軽蔑を我らに与えた。


ファルコ(スペルニア)など、堕ちてしまえ・・・・」


 突きつけられた剣は視界から消え、その瞬間長の肩から脇腹までを深く切り裂いた。

 後ろに倒れ意識の途切れるなか長は口の端から声を絞った。


「あぁ守護神リーフよ・・・・チビュアをこの災厄からお守りください」


「災厄とは・・・・どちらのことだ・・・・」

 

 戦況は落ち着きを与えず、次なる災いをファロにもたらした。

 長のそばにいたチビュアの男が甲高い音の笛を鳴らした、風が不運を運ぶような流れを作ったことを肌で感じだとき、地を裂くような轟音と光が全身を包んだ。

 一瞬落雷に気を取られていたが、音にすぐなれた鼓膜は茂みから駆けてくる兵士の姿を脳内に見せた。

 

「ファロ殿!」

 

 私を狙ってきた剣は庇いに入った兵を貫き、その命を奪った。

 紛れもない現実で目の前には伏撃してきた男たちに応戦する我が部隊の兵士の姿があった。

 予想外の事態に気をとられ、油断した男に頭から剣を降り下ろす。


「こやつら・・・・どこから!?」

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