アルチビュアの戦い①
行軍は障害もなく進んだ。アイルランデルが兵を動かしやすくするために整地した道を進んだからだ。
特に驚かされるのはしっかり整地された山道だった。その道は広く整っており、詰めれば横に十人ほど並べることができた。
チビュアの男たちが案内したのは、アイルランデルの拠点の背後がとれる場所だった。
砦でも築くつもりだったのか、切り株が残っている平坦な場所に連れてこられた。
そこから見える風景にきっと全兵士が固唾を飲んだことだろう。
門には幅のある道が一本延びているだけで、あとはほぼ沼地になっていた。敵が攻める場所を限らせて少ない兵でも守備しやすくするための設計だろう。今は警備もいないように見える
それよりも驚いたのはそこではなかった。
「何だこれは・・・・。もはや都市ではないか」
父も驚きを隠せないでいた。
目に見える範囲のほとんどを占めたのは、丸太の壁に囲ってある中に並ぶ住民家や商業区画、軍備区画が見える拠点だった。
住んでいるのは軍人だけではないのかもしれない、アルチビュア支配のために本国から移されたアイルランデル人だろう。
所々からあがる炊事の煙が厚い雲間に吸い込まれていく、僕たちの存在に気づかずマドロアスと変わらない生活が行われているのが遠目でも見えた。
「ファラウス。ビナスよ。十年前の雪辱を晴らすときが来たぞ・・・・」
ファロの拳が力強く握られる。
ここに来る途中正面からも拠点を攻めるため、別動隊一万を副官に率いさせ減兵していたが、十分に戦える。
拠点の規模に圧倒されたが、恐れることはない奴等のほとんどは非戦闘員。門前を占めればすぐにでも降伏してくるだろう。
「ここを本陣とする。先陣はバグラスに指揮させダビデはピエタらと共に山腹に布陣し、先陣の状況次第で援護せよ。チビュアの兵たちはさらにその後ろにいてくれ。我々の勝利を見てもらいたい。」
攻進が始まる。山を降りようとするバグラス殿と目が合った。誉れを称えた表情に僕も笑顔で返す。父に会釈をすると手勢を率いて着陣を開始した。
「父上。僕たちも布陣しましょう・・・・」
僕の目に入ったのは哀愁に満ちた父の顔だった。まるで今生の別れのような雰囲気を漂わせ、バグラス殿の背を見つめていた。
やはり引っ掛かるものがあるのかもしれない、それがわからないと今回も負けるような気がしだして、高揚していた僕の気分を萎えさせた。
「安心しろゲルニカ。このまま行けばこの砦は落とせる。お前が引っ掛かっている部分はきっと気のせいだ。難しく考え過ぎるな」
心を読めるのは父の生まれ持った才なのだろう。改めてすごい人だと思った。
市民に普段通りの生活を始めさせたのは、こちらが気づいてないと思わせるため。
守りの薄い場所を決戦の場にしたのは、敵の油断を誘うため。
空からもたらされ始めた雨はきっと別動隊の足音を消してくれるに違いない。
準備は整った。敵はこの門の目前に迫りつつある。
俺はハチマキを締め直した、全身に力がめぐる感じがする。乗馬した俺に部下たちは門を開くのは今か、今か。と目配せしてきた。
始めるか。行くぞお前たち。
槍を高く掲げ力を込めて発した。
「開門っ!!」