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雨はいよいよ本降りになった。だがそれも気にならないほど宴は盛り上がっていた。
昼までの憂鬱さは消え、敵地のど真中ということさえ忘れてしまいそうなくらい陽気さを取り戻した。
「よぉニカぁ!飲んでるかぁ?」
サルバドルが絡んでくる。酒臭かった。
僕も飲んでいたが、彼ほど酔ってはいない。前に飲み過ぎて頭痛、嘔吐の酷い目にあったから抑えていた。
彼も同じ目にあって酒は飲まないって豪語してたはずなんだが・・・・。
「先の戦闘でこの砦を落とされたことを改めてお祝いします」
チビュアの長がファロの陶器になみなみと酒を注ぐ。彼も酔いがまわてっおり、赤ら顔で満足げな笑みを浮かべている。
敵がいつ襲撃してきても戦闘指揮が執れるよう父たちは料理だけを食べると物見へ向かった。他の将に顔を覚えさせるためだ、と僕らは残された。
サルバドルは持ち前の気さくさで大人たちと早々に打ち解けた。「ファルコ」とよばれるスペルニア伝統の模擬戦の話で盛り上がっている。彼は何度かそれに参加していた。
僕もその話に加わっていたが、湧き出る水のように喋る彼についていけなくなった。
聞き手に徹するのも面倒だと思い始めたとき、ふいに声をかけられた。
「バス殿のご嫡子。ゲルニカ殿かな?」
穏やかな雰囲気の男は、優しい微笑みをたたえ僕の横に立った。
ほろ酔い加減だった僕はつい相手を上から下までながめてしまった。腰帯に差した指揮官に与えられる短剣が目に入り慌てて立ち上がった。父も同じものを持っているので見たことがあった。
「失礼しました!ダビデ・バスの息子。ゲルニカであります」
男は手で制すると椅子に腰掛けた。僕もそれにつづいて座った。酔いは覚めていた。
「久し振りだねゲルニカ君。君がまだ幼いときに何度か会ったことがあるんだけど、覚えてない?」
とんと記憶がなかった。父はよく客人を連れてきていたが、一人ひとりの顔なんていちいち覚えていない。
「私はバグラス。中央歩兵の指揮を任されています。君が初陣するって聞いて挨拶しにきたんだよ」
バグラスが酒をついで僕に渡してくれる。僕も酌をして返した。酒を飲みながら話していると、しだいに緊張もほぐれ昔話に花を咲かせる彼に聞き入っていた。
彼は新兵の頃から父に世話になったという、戦場で何度か命を救われたこともあったそうだ。
それよりも僕を興奮させたのは、彼もバビルスの戦史を読み漁っており趣味があった僕らの話は弾んだ。
「バビルスは寡兵でも数多の敵を打ち破った。もし君が大軍を相手にし、少数の兵で森に逃げたときどう戦うね?」
「敵に同士討ちをさせ混乱させます。その上で分断させた部隊を各個撃破し退却しますね」
「はっはっは。大軍は混乱が伝染しやすいからね良い策だと思うよ。じゃあもうひとつ質問しよう、君が今の状況でアイルランデルの軍を率いるならこのスペルニア軍をどのように破る?」
緩やかな雰囲気に軽い緊張がもどる。僕は心のどこかでこの質問を期待していた。
答は決まっていた、僕ならきっとこのような指揮するだろう。
「行軍するスペルニア本隊に奇襲をかけ将軍を討って、混乱に陥った残兵を壊滅させます」
「実に簡潔でいい策だね。長く敵の支配下にあったこの土地は彼らの戦いやすいようになっているだろう。たとえ我々には前と変わらない風景がみえていたとしてもね」
「でもチビュア族が味方になったんですから、道案内してもらえば奇襲は脅威にならないかもですね」
返答を誤ったかなとおもった。バグラスの顔が曇るのをはっきり見てしまった。
「・・・・果たしてどうかな。チビュア族だって・・・・」
「らんの話で盛り上がってんらぁ?」
サルバドルが割って入ってくる。今のこの瞬間ほどこいつが邪魔だと思ったことはなかった。
あからさまにため息をついた僕を気にする様子もなく、バグラスに目を向けるとニコニコしながら機嫌よく話しかけた。
「おっさん知ってますぅ?こいつねすっごく頭いいんれすよ。この前もねえ・・・・」
サルバドルが黙った。腰帯に差してあるものに気がついたんだろう。彼が素面になるのが手に取るようにわかった。
「失礼しました!自分はピエタ・バロスの息子。サルバドル・パロスであります。何とぞご容赦を!」
こいつのこんな姿は初めてな気がする。普段勝ち気な態度のやつだから、その意外さに可笑しくなった。
バグラス殿は肩を震わせているが、どうやら笑いを堪えてるようだ。押さえきれずに空気の吹き出す音が何度か聞こえた。
ようやく押さえ込めるとバグラスから声をかけた。
「笑ってしまってすまない。ゲルニカ君には面白い友達がいるんだね」
再びこみ上げてきたのか横を向いて口を必死に押さえていた。ひとまず安堵したサルバドルから肩の力が抜けるのが見えた。
「失礼、私はバグラス。中央歩兵の指揮を担当しているよ、よろしくサルバドル君」
改めてお互いに自己紹介すると、サルバドルもこっちの方に加わった。バグラス殿が若いときの「ファルコ」で使った戦闘方法などの話にサルバドルは興味津々に聞き入っていた。
さっき言いかけた言葉のことも気にならなくなっていた。
宴も終盤になる、荒れた雨も兵たちが戻るのに合わせたようにはれた。バグラス殿も自分の寝所に戻っていった。
残った僕らは物見に登る、重たかった雲もはけ青白い月が顔を見せていた。今は各所に数名監視役がいるだけで、ここには誰もいなかった。
目の端に父が降りていくのが見えた、ファロ殿や他の将も一緒で指揮所に集まっているようだ。
横で見ていたサルバドルが口を開く。
「たぶん作戦会議だろうな」
赤ら顔のままだったが、真剣な口調に僕は聞き耳をたてた。
「これはまだ誰も知らんだろうが、聞いた話ではよ。この砦の背後に川が流れてるだろ、下流に沿って進むとアイル共の拠点があるらしいんだ。きっと近いうちに進軍するぜ」
「ってことはついに奴等を攻めるのか?」
体に流れる血が速くなったのがわかった、興奮がよみがえったのだ。サルバドルも同じだろう、重たげに半開きになった瞼の奥に鋭い光をもった眼がみえた。
まだ見ぬ敵につい自分が指揮を執る姿が浮かんだ、妄想に過ぎないと打ち消そうとするが半分酔いもあってそれは膨らんでいくばかりだった。
ふと疑問に思うところがあった。
「・・・・誰から聞いたんだ?」
「ファロ殿だけど」
どうやらサルバドルはファロ殿とも飲み交わしていたらいし、バグラス殿にはあんなに魂消たのに、こいつのこういう恐れを知らない才能にほんとにおどろかされる。
ともあれ一応聞いとかないといけない。
「誰にも言うなって言われたろ」
「よくわかったな」