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イ・メルゲンスィア  作者: こじまる、
15/15

アルチビュアの戦い⑧

 手負いの虎とはよく言ったものだと思った。ピエタは腹部の貫通創などないかのように剣を振るい続けていた。

 回転がつくたびに激しく出血しているが、追撃してくる剣舞はその速さも、重さも衰える様子が全くなかった。まさしく化け物のような奴だと心底思う。


「どうした小僧! 疲れが見えているぞ!」


 先程まで有利に立ち合えたのが嘘のように、俺は再び追い込まれていた。息を整える間もなく一撃、また一撃と叩き込まれる攻撃を受け流すことしかできなかった。

 これ以上相手するとはできなかった。敵中に居たのでは完全包囲されてしまう。指揮官を討ち早々に離脱しなくてはならない。

 焦りを感じていた俺は素早く泥をすくうと接近してきたピエタの顔面に投げつけた。なんとも間の抜けた音が聞こえ、一瞬視界を奪われたピエタの剣が止まった。              

 隙を逃さず懐に飛び込み、防御をしようとする右腕を内側がら切り上げ、剣を落とさせることに成功した。切断までに至らなかったが、利き手が使えないのは致命的だ。


決着(キマリ)だっ!」


 すかさず次の一撃を加えようと刃を振りおろしたと同時に俺の顔面に強い衝撃が走り、詰めた距離を一気に戻された。

 ピエタはあの状況で残った左の拳で強烈な一撃を叩き込んできたのだ。目が眩み、立っているのが難しくなった。

 回復したピエタがこちらに突っ込んでくる。大きな手は簡単に俺の首を周り、折れんばかりに締めの体勢になった。


「ぐっ・・・・! がっ!」


「勝ちへの執念は認めてやる、だがここまでだ!」


 次第に気が遠くなり、全ての感覚がなくなるような気がしてきた。死を覚悟したが身体は生を望み、腰に差した短刀で最期の抵抗を試みた。






 砦を守っていたスペルニアの兵は壊滅し我々が占領を完了したため、逃げてくる部隊は退路を断たれることになる。

 このアルチビュアの地をスペルニアの大部隊の墓場とする彼の作戦は、これまでの実績から考えて失敗するとは思っていない。むしろ今回も成功するという言い表せない確信が俺のなかにはあった。

 

「砦の制圧を完了した。我々は入城し退却してくる部隊の追撃に努めると伝えろ。」


 騎馬の伝令が風をきり早々と視界の奥に消えていった。

 砦内部では燃え移った火の鎮火と、崩れた家屋の撤去を配下に下していた。指令所でも確保して次に備えるべきなのだが、自然と作業の手伝いに赴いていた。

 タムラが来たときは俺たちはただの兵卒だったのに、あっという間にここまで登ってきてしまった。いまだにあの頃の下っ端根性が抜けきれていないことを少し可笑しく思いながら、部下と作業を続けた。


「ブルス。クレメンブラスでバルクルが敗北したってのは本当か」


「・・・・もう知ってたのか? 俺もタムラ殿から聞いたよ。この戦争が始まって初めてアイルランデルが負けた」


「何らかの影響があったりしないか? 俺達の士気に関わるだろうし」


「あぁ、俺たちも常勝軍団じゃないってことがわかっちまえば、相手に余裕を生むからな・・・・。しばらく伏せて様子見が妥当だろう。まぁお前が知ってるなら、他のやつらも知ってるんだろうが」


 知った上で黙っているのならこれ程統率の取れた軍はいないだろう、皆がスペルニア殲滅というギルクやタムラ、バルクルの夢を一直線に支える覚悟をもっている証拠なのかもしれない。


「バルクル殿も馬鹿じゃないからな、すぐに相手に物言わせぬ戦いをするだろうよ。これからも勝ち続ければいいだけだ」


「ははっ! 昔と変わってないなブルスは」


「だろうな。それと名前の後には殿をつけろ。部下に示しがつかない、中身が変わらなくても、もう昔の俺たちじゃなんだ」


「了解。ブレイブリー・ブルス殿よ」


 可笑しさが込み上げた表情になると、こっちもつられてしまう。そのあとは昔話にはなを咲かせながら作業を続けた。これまででも多くの戦友を失ってきたがこうやってしているだけで、彼らの供養になる気がする。

 きっと俺が死んでもこんなふうに皆の中で生き続けるのだろう。


「ブルス殿!」 


 感慨にふけっていた思考は現実に戻された。タムラの使者が肩で息をしながら近づいてきた。俺を探し回ったのかもしれない。


「タムラ殿からか?」


「はいっ。大将からブルス殿に砦には六千程残し、拠点にもどられよとのことでした」


「承知した。お前はここで休んでいけ、ご苦労だった。・・・・ちょうど騎馬伝令を送ったところだったからなタムラ殿が混乱しないように俺たちも騎馬隊で駆けよう。」


 部下に騎馬部隊の再編を指示すると行動可能な者を早々と広場に集めていく。馬は強味だ、相手より早く動けば先制して主導権を握りやすい。

 タムラと戦場を駆け巡っていた頃の思いが頭をよぎらせながら、俺は自分の愛馬に飛び乗った。






 何らかの陣形は内側に弧を描くように崩れ、スペルニアは左から切り込んだ我が軍と衝突しながら自軍の中を突破しようとして奇妙な形を作っていた。

 タムラ殿の所在を見るため丘に登ったが、眼下にはチビュアと共に死闘を繰り広げるアイルランデルの姿があった。急いで駆け下り一直線に戦地を目指す。目視で敵味方の死体が目立ち始めたころ、我が軍が押され気味なのがわかった。馬上から剣を振りながら味方のもとへ突っ込んでいった。


「タムラ殿は!? タムラ殿はどこか!!」


 乱戦状態のなかでその声は届くはずもなく掻き消された。すぐに戻ってブルス殿に伝えねばならない。

 向きを変えようとしたとき、飛んできた槍によって馬が倒れた。地面に叩きつけられ痛みから体が瞬間的に動けなくなった。すでに剣を降り下ろす構えの敵兵が視界に見え覚悟を決めたが、敵は苦しくうめくと倒れてうごかなくなった。


「大丈夫か!」


「・・・・部隊長殿っ!」


 目前には全身血泥にまみれた部隊長の姿があった。刃こぼれした剣には血のりがべったりとつき鈍い輝きをみせていた。この状況にも関わらず肩を貸して足が地面を踏みしめるまでを手伝ってくれた。俺も剣を構え次の一撃を払い除けながら徐々に後退した。


「タムラ殿は!?」


「・・・・大将は敵との一騎討ちしているそうだ。怪我もしているらしい、俺たちも盛り返した敵に圧されて来ている。もう一度戻ってブルス殿に急いで来てもらうよう伝えてくれ!」


 適当に放ってある馬を止めると部隊長は乗馬するまでも助けてくれた。この中で恐怖が伝染しなかったこの馬なら敵中を抜けれる自信がわいてきた。


「急ぎ伝え必ず戻ってきます!」


「頼んだぞ!」


 馬は殺気だつ人群れの中を気にも止めないように静然と足を進めてくれた。

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