アルチビュアの戦い⑦
組み合う兵士たちの喚声は叩きつける雨に掻き消されることなく戦場を包み込んだ。
円陣に斬り込んでからそこそこの時間が経っていたが、中央にはまだたどり着けていなかった。それどころか敵兵は次第に勢いを取り戻し、こちらの被害が目立ちはじめた。
「敵の首は取るな! 打ち捨て中央を目指せ!」
自分の失策に戦意の熱を奪われ焦りを感じ始めてきた。素早く敵指揮官を撃破するのに、一兵卒に手間取っていてはこちらがジリ貧になってしまう。
兵士たちにそれを意識させる指示を怠ってしまったのだ。
手柄を挙げようと彼らは、組伏せた敵の首なり装飾などを取ろうとして、背後から斬りつけられぬかるんだ地面に倒れていった。
改めて飛ばした命令に敵を無視して中央に向かう者もいたが、はたしてその者たちだけで大将を討ち取れるだろうか。
頭をよぎった不安は俺の注意力を散漫にさせた。一直線に飛んできた投槍は馬の頭を貫き、間一髪俺の腹部の前で止まったものの、弱い鳴き声をあげ前足から倒れる馬の上から地面に放り出された。
殺気を感じ頭を横にずらして体勢を持ち上げた。さっき倒れ込み浅い頭部の型ができたいた地面に深々と剣が突き刺さっていた。
俺の目は確かにそいつの血走る目と見合った。口元に流れた血と顔面についた泥を拭うと、落馬したときでも離さず握りしめていた剣を男に向けて戦闘体勢をとった。
剣を構えた男が名乗りをあげる。
「アイルランデルの指揮官と見受けた! このピエタ・バロスが叩き潰してくれる!」
突撃してきた騎馬たちは混戦になると馬から飛び降り、すぐさま歩兵戦闘に入っていった。後続の敵歩兵たちの参加もあったが、味方の混乱も落ち着きを見せその勢いをなくしていった様子だった。
僕もサルバドルと連携して敵の数を減らしていった。数は覚えていないが、激しい戦闘を繰り返したのだけは疲れた体が覚えていた。おかげで傷も増えた。
「おいニカ。まだ戦えそうか?」
「今の勢いならなんとかね・・・・。でもあちこち痛むから、早く終わってくれないかな」
「俺も同意見だ。全身俺の血なのか、敵の血なのか分からなくなってるが、斬られた覚えのある所はメチャクチャ痛てぇ・・・・。」
僕もサルバドルも体力に限界が近かった。ヒスコも体を奮い立たせて単身で数人を相手取っていた。刃こぼれした剣を倒れた味方や敵の剣を取り替えしながら闘い続けている。
「ゲルニカ! サルバドル! 無事だったか!?」
「父上!」
バグラス殿と敵を切り分けながら父がこちらへ向かってくる。安心からか足の力が抜けた。
サルバドルがとっさに腕を掴んでくれなかったら、完全に尻餅をついていた。ヒスコももう片方の腕を掴んで立たせてくれた。
駆けよってきた父と僕らを囲むように、バグラス殿の率いてきた兵が敵兵との間に壁をつくってくれる。僕らの具合を確認すると闘い抜いたことを誉めてくれた。サルバドルも肩の力が抜けたようにみえる。
父は直ぐに真剣にもどると次の指示を出しはじめた。
「これから撤退を再開する。混乱が解け勢いの戻りつつある兵士たちを集中させ、敵を押し返しながらだ。」
僕らは驚きを隠せなかった。まだ戦意の高いアイルランデルとぶつかりながら逃げるなんて危険すぎるが、父は直ぐに答を出してくれた。
「馬鹿な逃げ方だが、ピエタを見捨てれない俺を許してくれ。バグラスも納得してくれた。」
涙なんて見せたことのなかったサルバドルが顔をクシャクシャにして声を張り上げた。
「親父さん・・・・ありがとうございます!!」
横で見ていたバグラス殿が優しげな表情を向けると、父に声をかけた。
「では、突撃を開始します。」
激しい剣劇はすでに持ち替えた剣を数本駄目にした。
ピエタとか言う男の重々しい剣は傷む様子を見せず、守りに追いやられた俺の剣を再び砕け散らせた。
見た目にそぐわないスピードで次のひと振りが襲いかかった。危うく足を斬られかけたが、俺達の周りに自然とできた空地は回避を容易にしてくれた。逃げてばかりでは部が悪いため、ついに腰に差した短刀を抜いた。
恐らく無駄だろうがこれに全てを賭け、あいつを倒す覚悟を決めた。
「貴様の名を聞いていなかったな」
ピエタからの問に意識を短刀に向けたまま応えた。
「・・・・タムラ!」
「・・・・戦士タムラよ!次の一撃で俺かお前が死ぬ! 覚悟!」
最悪相討ちで決めるもりだ、俺だけ死んでやるのは絶対に認めない。
突進の構えを見せるピエタに視線を合わせ、どのような隙も見逃さないよう構えた。
来い!
行動を開始したピエタが目前に迫ってきた。高まった戦意を失せさせたのは彼が、あと数歩で俺の体を貫ける所に来たときだった。
ピエタの背後から剣を突き立てた男はそのままの勢いを保って前進した。
貫通した剣が危うく刺さりかけたが、紙一重で避けることができた。
倒れたピエタは素早く立ち上がり男を斬り伏せると腹を押さえながら、唸るように呟いた。
「・・・・チビュアの野郎か」
地面を揺するような気配がすると盛り返したスペルニアを蹴散らしながら進撃するチビュア族の姿が見えた。
勝利が再びこちらに傾いてくれた。短刀を納めると落ちている剣を拾い上げ奴に向き直った。
ピエタが薄笑いを浮かべると、こちらも自然と口角が上がった。互いに獲物を確実に仕留める感情を顔に現した。
心の内を読み合ったように、同時に声をかけた。
「覚悟はいいか?」