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イ・メルゲンスィア  作者: こじまる、
12/15

アルチビュアの戦い⑤

 降り続けた雨は次第に弱さを見せた。それに伴うように敵も、もうやって来ないだろうというような安心感が湧いてきた。

 中央にはピエタ殿、バグラス殿も集まっており次の行動について話し合っていた。負傷兵を救護班に預けると僕たちは会議中の父たちの邪魔にならないよう隅に寄っていたが、砦への退却や逃散した部隊との連絡をどうするかなどの会話が耳に入ってきたため、つい意識をそちらに向けてしまう。

 サルバドルから呼ばれたので正面を向きなおした。


「どうしたニカ? 自己紹介しろよ」


 すでに目の前の男と紹介を終えた彼は、次は僕だと催促した。つい別のことに気をとられていたのですっかり忘れていた。

 少し慌てたがすぐに口を開いた。


「僕はゲルニカ・バスです。どうぞよろしく」


「自分はヒス・ツヴァルコ。危ない所を助けていただき感謝します」


 彼は深々とお辞儀をした。相手を見つめる瞳、一文字に結ばれた口元は性格の堅い印象を受けたが、すぐにそれは払拭された。柔らかい表情になると彼は言葉を続けた。


「馬上からの剣技お見事でした。ゲルニカ殿もサルバドル殿も若いようですが戦場経験が多いのですか?」


「いや、戦争参加は今回が初めてだぜ、徴兵年齢が18歳になったからな。18になったばかりの俺らも、ついてきて良くなったんだ」


 ヒス殿が驚いた表情を見せた。実は同い年であることが分かり和やかさが増した。

 最初の印象と年上に見える違いに可笑しさを感じながら、僕はサルバドルの言葉の続きを発した。

 

「実は僕も彼もあそこにいる指揮官の子なんです。戦闘の訓練だけは何度もやってますから慣れで出来た感じですね」


「それにファルコに何度も参加してるからな、ヒス殿は出たことないのか?」


「自分は・・・・」


 ヒス殿の顔に緊張が現れた。次の言葉を並べようとする彼の声を僕は聞き逃さないよう待ったが、それは父の号令によって機会をなくした。

 父は敵拠点正面に進軍した別動隊に伝令を発すると、ピエタ殿たちを配置に戻した。


「砦へ退却するぞ。もしかしたらファロ殿も帰還しているかも知れない。」


「しかし父上、縦一列の進軍は危険です。万が一横から急襲されたら・・・・・」

 

 父の顔がほころぶ。まぁ慌てるな、という感じだった。


「案ずるな。見えるかわからんが・・・・それ!」


 父は僕の背後に回り込むと、股から頭を通し一気に僕を持ち上げた。突然の肩車に体勢を崩しかけたがすぐに持ち直した。 

 視界が高くなった僕の目には奥の方から中央に向かって体勢を整えるバグラス殿の部隊が見えた。次第になめらかな弧ができてくるのを何事かわからずに眺めていると、父はピエタ殿の部隊に向きをかえた。

 前列部隊も同じく中央に向かい、奥には弧が見えた。それは横にも同じものを作りはじめその姿を見せはじめた。


「円陣・・・・」


「そう円陣だ。 敵の急襲を警戒して行くからな。これならどこかの方面が攻撃されても対応しやすいだろう」


 本物の戦争はこの短い時間に様々なことを教えてくれる。つい感心して目の前の光景にのめり込んでいたが、ふと下からの視線に気付き目線を落とした。


てめぇ(サルバドル)・・・・。 なに笑ってんだよ」


「悪りぃ、18にもなって肩車されてるの見たら可笑しくて」

 

 つられて父もヒス殿も吹き出す。圧し殺そうとした笑いはあっという間に口を突き抜け高笑いに変わる。


「父上! 早く下ろしてください!」

 

 弱まった雨は再び強さを取り戻した。しかし恥ずかしさに慌てた僕には、それが次の惨劇に繋がるとは考えていなかった。









 奮戦していた兵士たちは大将の死を知ると、投降する者や逃げ出す者になっていった。

 完全に戦意を失った彼らはただひたすらに自分の命を守るための手段を選んでいた。


「その男を丁重に弔ってやれ。 命尽きるまで戦い抜いた老兵に敬意を表するぞ」


 俺は目の前に倒れた男に向かって手を合わせた。俺のいた国では若者から年寄りまで相手の安らかな成仏を願ってこれを行っていた。そういう魂だのなんだのを信じるかは別として、遺伝子レベルであるようなその認識は自然とそれを実行させた。


 確かファロと名乗っていたな。とするとこの部隊が本陣だったのか。


 門前から退いて行くスペルニア軍の追撃を中止した俺たちは、すぐに別の門から移動して山を降ってきたばかりのこの部隊に奇襲をかけた。

 しっかりと整地した道はなんの障害も出さずに敵の横っ面を突くことを許した。

 風雨なかに突然現れた俺らに殆どの敵兵は抵抗することも出来ずに討ち果たされていったが、ファロだけは俺に一騎討ちを挑んだ。

 指揮をしている俺を討てば、この局面を打開できると踏んだのだろうが、手負いの体は力を失い最期は俺の一振に倒れた。

 彼の一撃一撃の重さがまだ手に残っているのを感じた。


「ブルスに伝令を出せ。 拠点へ帰還しろと伝えろ」

 

 本陣の兵数が少なかったことから、他の部隊はまだ山を降りてきてないか、麓を周回して撤退しているのかもしれない。

 できれば戦意旺盛なこの状況でそちらも潰しておきたかった。


「大将! 森から出てきたチビュアから、残りの部隊が北側を周回して撤退してるって聞きましたぜ!」


「本当か! 物見に向かうぞ数騎ついてこい! 歩兵も後から続け!」


 十騎ほどの護衛をつけ再び森に入り高台を目指して駆け上がった。弱った雨は木々に遮られ、この森道だけが雨上がったような気がした。

 途中木がひらけた場所が見当たったので高台を諦め、そこから目を通した。多少視界良好な風景には陣形を作りつつある軍隊が見えた。

 

「円陣か・・・・」


 一万程のそれは徐々に弧を見せていた。完成してしまう前に潰してしまおう。すでに俺の決心は着いた。

 続々と上がって来た歩兵にタイミングの良さを感じた。視界に次の獲物を捉えたまま檄を発する。


「諸君もうひと仕事だ! 俺に続け!」


 木々の乱立など気にしなかった。器用に間を抜けて一線を進む。後ろの兵たちもスムーズについて来ていた。

 再び強さを増した雨は俺たちのたてる喧騒を欠き消した。目前に敵の姿を見据える俺を先頭に、森を抜けた矢じりは完成間近の円陣に真っ直ぐ突っ込んでいった。声を振り絞り自らの闘志も高ぶらせる。


「我が名はタムラ!! スペルニアよ今一戦!」

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