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イ・メルゲンスィア  作者: こじまる、
10/15

アルチビュアの戦い③

 重たく鎮座した門はその静寂を破り、木の軋む音と共に我らを迎え入れるように両の手を開いた。

 前列がたじろぐのが後方でも見える。思わず構えを解いたときだった。一騎の騎馬兵が槍を携え猛然と突撃を行ったのだ。

 瞬く間に長槍部隊に突入すると、対応に追い付かない兵士たちを振るった槍で凪ぎ払い、刺殺していった。

 奴に気を取られている隙に続いた敵兵はすぐさま距離を詰め、混雑して槍を発揮できない前列兵を短剣で確実に命を奪っていった。


「こちらの出方が敵に流れてる・・・・」


 バグラスの脳内には先勝祝いに現れたチビュア族の姿がよみがえっていたが、今は目の前で起きている事象に対応しなければならない。

 自分でも予想していた事態だったが、予想外に前列が崩され刹那に統制を失っていったことに正直驚きを隠せなかった。

 真ん中から切り裂かれた部隊は、中央から逃げようと沼地に飛び込む兵が続出しており、足をとられて脱出できない彼らに、敵の長槍が容赦なく襲いかかった。


「軽盾兵前進! 前列を直接指揮しに行くぞ、敵の猛攻を食い止め拠点へ押し返せ!」


 混乱が恐怖に変わり全部隊に伝播する前に態勢を立て直さなければならない、前列を見捨てる訳にはいかなかった。

 すでに敵の鋭い先端は我が部隊の半ばまで来ていたが、愚かにも猛進し過ぎた騎馬はわずかな剣兵しかついてきていない、奴を討ち取れば逆転の機が起こるだろう。

 馬上から声を張り上げた。


「騎兵の男を集中して狙え! 奴を討てば敵は崩れるぞ!」


 呼応する兵たちは戦意を取り戻し、勢いをつけて突進した。騎兵の男も応戦するが味方と共に徐々に後退していった。主導権を握り始めさらに勢いにのる。

 このまま押しきれば敵は撤退し、一気に拠点を制圧できる。

 次なる指示を飛ばすが、それは巨人の歩みかと思うほどの音に欠き消された。

 近くに落ちた雷は周りを瞬間的に照らし、薄暗さになれた視界から敵の姿を奪った。だがバグラスの目にはハッキリとそれが映った。

 大国スペルニアの栄光を地に落とした神巨の姿を。


「軍神・・・・バビルス・・・・?」

 

 誰かが私の名前を呼ぶのが聞こえてきたが、目の前の鮮烈な男の姿に体が振り返ることを許さなかった。









 突然の落雷は敵の勢いを削ぎ落とし反撃の機会を与えてくれた。今度こそ恐怖に駆られた兵たちは我を見失い、再攻することができなくなるだろう。

 これを逃す手はない、一気にたたみかけるため自軍に檄を飛ばす。


「見たか!! 天は我らに味方しているぞ!! スペルニアを滅亡へと追いやる、諸君たちへの神からの恩恵だ!!」 


 息を吹き返した我が軍は、一魂をもって敵の中央を引き裂いて行った。

 矢尻はやがて前列部隊の心臓を貫くだろう。乱戦は指揮官の命令を無効にし、統制を完全に失わせていた。

 敵本陣にまで突破しそうな強襲が敵前線の崩壊を招き始めた。 


「大将の首は目の前だ! 討ち取って栄達とせよ!」


 混乱する兵のなかにもまだ勇猛な者もいた、傍らまで迫ったそいつは、降り下ろした剣で構えた槍の先を斬り落とした。

 武器を無効にしたことで自慢げに、にやけた男の首に迷いなく斬られた鋭利な先端を向かわせる。命の火が消えたことを槍伝いに感じると、腰の剣を抜いてすぐに別の兵士に襲いかかった。


 ふと視界の端に軽装兵ではない隊長格の姿をした男が二人映った。

 

 見つけたぞ部隊長。


 剣を構え直すとただ真っ直ぐに馬を向かわせた。男たちが気づき目が合った。抜き身の姿勢を見せるが、この距離では間に合わない。


 その首もらった!!


 降り下ろした切っ先は確実に男の首へ軌道を描いた。しかし、その剣線は肉を断たず割って入った真剣と火花を散らしてかち合った。


 白髪の若き少年はその一撃を受け止め、男の命を救った。安定が崩れたため馬上から直ぐに飛び下り、次の一撃の構えをとった。


「父上一大事です! 我らの後方に布陣したチビュアが本陣を襲い始めました!」


 チビュアは動いてくれたのか。俺は勝利を確信した。


「不味いな。ピエタにすぐさま挟撃に持ち込むよう伝えねば・・・・」


「本陣は手遅れです! 僕らは残存兵をまとめ砦の防衛に向かうのが最善です!!」


 少年の言葉に耳を疑った。別動隊の存在は敵に漏れていたのか? いや、絶対に見つかってない自信があった。

 もしくは少年の洞察に導かれたものか? そうだとしたらこいつは・・・・。


「全軍の退路を断たれる前に砦へ急ぎましょう!」

 

 近くにいた馬を見繕うと男たちはこちらを意にも介さず踵を返し始めた。距離を一気に詰めて一閃する。


「行かせるか!」


「ニカ!!」


 騎馬で現れたもう一人少年は白髪の少年の腕をとると馬上へ引き上げた。

 斬ったのは腰帯のみだった。早々に乱戦の奥に向かい兵士たち指示を飛ばし行く男らの背中をただ見ているしかできなかった。

 口惜しさを噛み締め馬を探す視界のなかに、先程切り落とした布片がとまった。血で書いてあるのか少し黒錆びた文字はカタカナ3文字を確かに書き写していた。


「タムラ」


 もう一度あの少年に会いたくなった。叶わぬ夢だろうと頭の端で思いつつ、あらかた敵を殺し終えた兵士を集合させる。


「仕上げだ。行くぞ」

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