ねずみのおうさま
ネズミのおうさま
森の小道を散歩していると、一匹の野ネズミに出会った。
(おい、たすけろ)
野ネズミはひどいケガをしていた。キャラメル色の毛が、まっくろな血でぐっしょり濡れている。
(おい、にんげん、きいているのか。たすけろと言っている)
僕はしゃがみこむと、ネズミに話しかけてみた。
「ネズミさん、ネズミさん」
(なんだ)
「どうして、そんなケガをしているの?」
(うらぎりだ。オレは仲間にうらぎられた。うしろから、カブッとやられた。さすがのオレもお手上げだった)
ネズミはうめくように言った。ひげがよれよれになって、力なくさゆうにたれていた。
「じゃあ、おうちで手当てしてあげる」
僕はネズミをハンカチにそっとつつんだ。
ハンカチがネズミの血で、みるみる黒くそまっていく。
(にんげんよ、おれはまだしにたくない。しぬわけにはいかないのだ)
ハンカチにくるまれたネズミは、ぎちぎちと歯をふるわせた。
「また、そんなゴミをひろってきたのね」
ママはハンカチの中のネズミをみると、うんざりした顔をした。
(にんげんよ、おれはゴミではない)
ネズミはあらい息をはいた。
「捨てなさい」
ママはびしっとゴミ箱を指さした。
ボクは大きくうなずくと、ゴミ箱のふたをあけた。
(捨てないでくれ、にんげんよ。おれはゴミではないんだ)
ハンカチの中でネズミの鳴き声がきこえた。僕はハンカチごとゴミ箱にほうり投げた。
(たのむ、捨てないでくれ)
僕はゴミ箱のふたをしめた。
「手を洗いなさい。そして、宿題をすませてしまいなさい」
ボクはもう一度大きくうなずいた。
夜、僕がトイレに起きると、ゴミ箱の中から、くやしそうな声がもれてきた。
(にんげんよ、なぜおれを捨てた)
ネズミは、息もたえだえに言った。
僕は鼻をすすりながら、ゴミ箱のふたをぱかりと開けた。
(もういちど言う。おれをたすけろ)
ネズミをおおっているハンカチはまっくろになっていた。
(おれはしにたくないのだ。だから、おれをたすけろ)
「なんで、しにたくないの?」
僕はふたを、両手でくるくるまわしながら、聞いた。
(しんだら、もう二度と、生きかえらないからだ)
ネズミはそう言うと、ううう……と苦しげなうめき声をあげた。
「でも、どうせ、いつかは、しんでしまうよ」
(今はまだ、しにたくないのだ。おれには、まだするべきことがある)
「なにをするの?」
(ふくしゅうだ。おれをうらぎった、かつての仲間に、せいさいをする)
「でも、かつての仲間も、どうせいつかしんでしまうよ。ほっておいても、しんでしまうよ」
(おれの、この手で、ふくしゅうしたいのだ)
「どうぜ、みんなしんでなくなるのに、そんなことしても、むなしいだけだよ」
僕がそう言うと、ネズミはしばらくだまりこんで、何かを考えているようすだった。
まっくろにそまったハンカチが、ときどきかすかにふるえた。
(にんげんよ、ひとつ、ききたいことがある)
「なあに、ネズミさん?」
(いま、ここで、おれがしぬのと、あとなん年か、いきのびてしぬのと、なにが違う?)
「おなじだよ」
僕はもう一度鼻をすすった。
(そうか、おなじことなのか)
「うん。まったく、おなじことだよ」
(おもしろい)
ネズミは、きぃっと笑うと、しずかに息をひきとった。
僕はゴミ箱のふたをもとに戻すと、あくびをしながら、トイレへと向かった。