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42 サプライズ

 直後、世界がわずかに揺れたような気がした。

 部屋の奥のほうから、重い石が床の上を滑るような、ゴゴゴゴという低い音がする。


 地震の始まりみたいな小さな振動が続いたかと思うと、間を置かずに何かが弾けるような音が、


 バン! ババン! バン! バババン! バン! バン! ババババババン!


 揺れの続きみたいに、部屋中を震わせる爆音。


 それまで板の上でじっとしていた魚が急に跳ねたみたいに、私は押さえつけられた身体をビクッとさせて驚いてしまった。


 でも、ゴブリンたちはもっと仰天していた。

 どいつもこいつも、ギャーッ!? と叫んで床にひっくり返っていた。


 拘束が外れた……! 私は一瞬のスキを突いてテーブルから跳ね起きる。


 すぐに逃げるつもりだった。けど、目に飛び込んできた光景に唖然となってしまい、しばらくその場から動けなかった。


 メインルームの奥、「泣いた青虫」を貼っていた壁がスライドして開いており、その中から見たこともない部屋が現れていた。

 その部屋は食料庫や倉庫と同じくらいの広さがあって、パーティ会場を切り取ったのかと思うほどやたらと豪華に飾り付けがされていた。


 部屋のど真ん中には床を盛り上げて作った岩がある。

 自然のものみたいにごつごつした岩のてっぺんには、少し短めの剣……ショートソードが突き立てられていた。


 森の中にあるみたいな梢の光が天井から降り注いでいて、まるでおとぎ話に出てくる伝説の聖剣のような佇まいだった。

 お話だとだいたい主人公が抜いて、勇者と認められるんだ。


 私は無意識のうちに剣の側にいて、柄を握りしめていた。

 刺さっていたそれは、私が手にした瞬間ぼんやりと光を放ち、まるで抜かれているのを待っていたかのように、あっさりと抜けた。


 これが何なのか、考えている余裕はない。

 私は振り返りざまに、足元で腰を抜かしていたゴブリンの胸めがけ、手にしたばかりの剣を突き立てた。


「ギャッ!?」


 何をされたのかわからないような悲鳴をあげ、ゴブリンは息絶える。


 剣はかつてないほどに軽くて、信じられないほど鋭かった。

 ゴブリンは金属の胸当てをしていたにもかかわらず、まるで紙に指を突き立てたみたいに、あっさりと貫いていた。


 それは初めての感触だったけど、もうアレコレと感じている余裕はなかった。

 私は我を忘れて、ゴブリンたちに斬りかかっていた。


 剣術には自信があったけど、実戦は初めて。

 しかしこの剣は、そんな私を補ってありあまる力を発揮してくれた。


 振り下ろした剣を、ゴブリンは棍棒で受け止めようとしたけど、棒ごと真っ二つにした。

 立ち上がった三匹のゴブリンが一斉に襲ってきたけど、剣を横に薙いだら同時に首が飛んでいった。

 最後に残ったリーダーは逃げ出そうとしたけど、追いかけて背中から貫いた。


 気がつくとゴブリンたちは血の海に沈んでいて、私の肩はぜいぜいと上下していた。

 喉が焼け付いたみたいに枯れていたので、絶叫しながら剣を振っていたんだろう。


 私の声を聞きつけたのか、犬になったリコリヌが地下室に飛び込んでくる。

 我が子を殺されたライオンみたいな恐ろしい形相で。


 しかし私が生きているのを見て、すぐにいつもの顔に戻ったものの、ひどいケガだったので即座に舌を出して飛びかかってきた。

 ペロペロしてくるリコリヌを抱きしめるとなんだか安心してしまって、リコリヌも舐めながらホッとしちゃったのか、ふたりしてその場にへなへなとへたり込んでしまった。


 外は静かになっていたから、戦いは終わったんだろう。

 見に行きたかったけどすぐには動けそうもなかったので、少し休んでから地下を出てみた。


 地上は、血まみれの戦場によく似合う真っ赤な夕焼けに染まっていて、泣きはらした瞳にやけに染みた。


 三十体ものゴブリンをペチャンコにしたゴーレムは、何事も無かったかのようにその場に立ち尽くし、私の与えた防衛命令を続けていた。


「やっ……た……! 勝っ……た……勝った……んだ……!」


 私は勝利を叫ぼうとしたけど、もう囁き声にすらならず、掠れた息が漏れるだけだった。


 勝った……私たちは勝ったんだ……!

 私たち家族の家を、取り戻せたんだ……!

 これも、仲間たちのおかげ……!

 それと、この剣のおかげだ……!


 私は握りしめたままの剣を、ゆっくりと天にかざしてみた。

 つい手に取っちゃったけど……私のピンチを救ってくれた、この剣は何なんだろう。


 夕暮れ空に映える、青い刀身を持つ剣。

 側面には複雑な紋様が彫られていて、気の早いホタルみたいに鈍く光っている。


 私が半狂乱になって振り回したせいで、ゴブリンだけじゃなくて壁や床までガリガリ斬っちゃったんだけど、一切刃こぼれしていない。

 それどころか返り血すらもついておらず、新品みたいにキレイなままだ。


 こうしてみても……これが凄そうな剣ってことくらいしかわからなくて、ますます正体が知りたくなってしまった。

 もしかしたら、刺さってたところを調べてみたら何かわかるかな。あの部屋も何だったのか気になるし……。


 私はすでに、心も身体も限界だった。

 けど、それ以上に気になっちゃったので、疲れた身体に鞭打って、再び地下に降りてみた。


 初めて見たときはいきなりだったので、何がなんだかわからなかったけど……こうして入口のあたりから少し離れて見直してみて、ようやく理解できた。


 隠し部屋の奥には、木で組まれたクラッカーの発射台があって、それが爆発音の種明かしだった。

 あたりの床には、クラッカーからばら撒かれた金銀の紙吹雪が散りばめられている。


 発射台は、壁一面を彩るキャンバスの台にもなっているようで、



 ルクシークエル

 お誕生日おめでとう!



 と飾り付けられていた。


 キャンバスの下には一人用のミニテーブルが置かれていて、その上にはキーブとクラッグとジュースの瓶と、造花の花束に入った手紙があった。

 その手前には例の、剣が刺さっていた岩の出っ張りがあり、まわりには宝石箱くらいの小さいサイズの宝箱がいくつか転がっている。


 私はゆっくりと部屋の奥に足を踏み入れ、花束の中から手紙を取り出して読んでみた。

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