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12 負けるもんか

 私が次に気がついた時には、地下室の床に投げ捨てられたみたいに転がっていた。

 糸の切れた操り人形みたいな変な寝方で、必死になったリコリヌによって顔をベロベロ舐められている。


 私がのろのろと身体を起こすと、リコリヌはびっくりして飛び退き、嬉しそうに小躍りしながらその場でオシッコを漏らした。

 いきなり粗相をしたので怒ろうかと思ったけど、床はすでにぐちゃぐちゃで、変な色の水たまりになっていたので怒る気も失せてしまった。


 ……くさい。

 割れた薬瓶の中身や、私が吐いたり漏らしたりしたであろうものでメインルームは大変なことになっている。


 なんかまわりはこんなだし、苦しさも尋常じゃなかったけど……なんとか助かったみたいだ。

 もしかしたら、私は死にかけてたのかもしれない。


 原因は間違いなくキノコだ。

 食べたキノコのなかに食べちゃいけないキノコがあって、それがかなりヤバいやつだったんだろう。


 でも、食べちゃいけないキノコがこんなに恐ろしいものだなんて知らなかった。

 食べただけでこんなに苦しくて死にそうになるなんて、もう毒みたいなもんじゃないか。


 そのへんに普通に毒が落ちてるだなんて、森っていうのはなんて危険な所なんだろう。

 森のキノコに身体をメチャクチャにされちゃったけど、手当たり次第に飲んだ薬が効いたのか、痛みはマシになっている。


 腕も傷だらけになっていたはずなのに、キレイに治っている。これも薬のおかげなのかな。

 お腹も、もう痛くない。痛くないけど……頭がガンガンする。


 それでも耐えられないほどの痛みではなかったので、私はぬかるみから泥人形みたいに立ち上がる。


 ガラス棚は薬泥棒に荒らされた後みたいになっていた。

 ガラスは破られ中の薬はひとつも残っていない。


 壁や床はペンキ泥棒に仕返しされたみたいに、汚い色の虹で塗りたくられていた。

 私の全身も同じ色でグッチョグチョ。ついでにリコリヌもベッチョベチョだ。


 鏡に映る顔は、我ながらゲッソリしていて、


「お風呂、入りたい……」


 力ないつぶやきを漏らすのみだった。


 でも……こういう時こそお風呂かもしれない。

 お風呂にゆっくり浸かれば気持ちがスッキリして、またやる気が出てくるに違いない。


 だけどもちろん、お風呂なんて無い。無い、けど……。

 川で水を汲んできて、樽かなにかに溜めて、下で火を焚けばお湯が沸かせるはずだ。幸い薪と水はたくさんある。


 うんっ、そうだ。

 できることはまだまだいっぱいあるじゃないか。


 落ち込んでる場合じゃない、悲しんでる場合じゃない、泣くのはやめだ。

 身体をキレイにして、新たな気持ちでやり直すんだ。


 パパやママが帰ってくるまで、ここで生き抜くんだ……!


 よぉし、お風呂だ、お風呂を沸かそうっ!

 そうと決まればいてもたってもいられず、私は水切りの石みたいにパシャパシャ水たまりを跳ねて、地下室を飛び出した。


 しかし……奮い立たせたやる気は、一瞬にしてへし折られてしまう。

 キノコパーティのときに風防がわりに置いていた、ありったけの薪が、延焼してぜんぶ燃え尽きていたんだ。


 やる気の芽をいきなり踏みにじられて、やるせない気持ちが重石のように肩に一気にのしかかる。

 その重さに耐えきれず、ガックリと膝をついてしまった。


 もう、呻くことしかできなかった。


「うぐぐぐぐっ……!」


 ……無くなっちゃった。

 全部、無くなっちゃった……。


 これで全部、無くなっちゃった……!

 パパとママが残してくれた、食べ物も、薬も、薪も……ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ……ぜんぶ無くなっちゃった……!


 どうして、どうして……!? どうしてなのっ!?

 どうして何ひとつうまくいかないの!? 何をやっても全部失敗して、酷い目にあって、メチャクチャになって……!


 激しい気持ちに胸を突き上げられ、心にヒビが入った気がした。

 ヒビ割れから染み出した水が、涙になってあふれ出る。

 泣くのはやめるつもりだったのに、勝手に頬を伝っていた。


「もうっ、嫌あっ! なんで私がこんな目にあわなきゃいけないのっ!? もうっ、なんでなのっ!? なんで、なんで、なんでぇーっ!?」


 バタンと倒れて寝っころがって、医者に行くのを嫌がる駄々っ子のように手足をバタつかせて暴れた。

 草を乱暴に引っこ抜いてあたりに放り捨てる。


 リコリヌが、ひっくり返った子亀を助けにきた親亀のように寄ってきたので、足で蹴って追い払った。


「もうっ! うるさいっ! あっちいけぇ! しっ、しっ!」


 くっ……悔しい悔しい悔しい悔しいっ……悔しいよぉーっ!


 ずっとひとりで留守番してきたから、ひとりになっても生きていけると思ってた。

 パパが食べ物を取ってきてくれたり、ママがやってくれていた家事は簡単で、その気になればすぐ出来るもんだと思っていた。


 私はそんなことよりも剣術の練習をしているほうが楽しくて、生きるためのことを何もやってこなかった……!

 それがこのザマ、ゴハンもロクに食べれずお腹も壊して、お風呂にも入れず汚いのにまみれて、駄々をこねているだけの役立たず、それが今の私……!


「うわあああーーーーーーーーーーっ!」


 頭の中が「役立たず」という言葉でいっぱいになる。

 追い払おうとして、自分が自分でなくなったように頭をかきむしった。


 それでも出ていかなかったので殴った。

 タンコブができるほどにボコボコにした。


 頭痛がどうでもよくなるくらい頭を殴っているうちに、身体が熱くなった。

 無力さが悔しさに変わり、そして燃え上がる。


 悔しさが、焼かれた貝みたいにパカンと口を開け、戦う気持ちが吹きこぼれた。

 何もかも無くした私に残っていたのは……負けず嫌いで意地っ張りな心だけだった。


 負けるもんか……負けてたまるか……!

 パパとママが帰ってくるまで、生き抜くって決めたじゃないか……!

 それまでは草を食って、泥をすすってでも生き延びてやる……!


 私は倒れたまま、大地にしがみつくように爪を立てた。

 発作を起こしたみたいに息が荒れていたので、そのまま石ころのようにじっとして収まるのを待つ。何度も涙がにじみ出たけど、そのたびに腕で拭う。


 落ち着いたところで起き上がって、地下室に戻る。

 後ろからはリコリヌがおそるおそるついてきた。

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