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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ハードラックダガーB 欲望割くダガー

作者: 神余 空牙
掲載日:2017/06/26

 酒場のドアが音もなく開き、長身の男が滑り込むようにして入ってきた。

 夜闇に溶けるような黒の長髪。

 夕暮れ時の影法師のように細長い手脚を、ねずみ色のスーツに包んだ男だった。

 バーテンは顔も上げずに、男に声をかけた。


「暫くぶりだな。ハードダガー」

「その名前はもう捨てた」

「濁点が二つもあるのにな。勿体無い」


 バーテンはグラスに白いワインを注いで出した。


「ヨケニウムを探してる」

「……まだそんなことを続けてるのか。お前は」

「悪いか?」


 男はグラスに触らない。

 バーテンは鼻を鳴らした。


「ヨケニウムには濁点もない。お前がそんなことをしても、死者は蘇らない」

「義理があるんでね」

「義理、か。いい言葉だ」

「濁点もある」

「その通りだ」


 男の言葉の何に同意したのか。バーテンは雑に折り畳まれた紙切れを差し出した。

 男はそれを一瞥すると、胸ポケットにしまい込んだ。


「お前がヨケニウムを探してることは、『組織』も知ってる。デスクラウドに気をつけろ」

「デスクラウド?」

「死神デスクラウド。かつてのお前と同じ『濁点持ち』(アクソンティーグ)だ。『組織』はお前を逃がすつもりはない」

「知らない名前だな」

「俺も詳しくは知らん。だが、濁点が多い」


 男は肩を竦めた。


「せいぜい気をつけるさ」


 そう言い残して、酒場を出て行く。

 バーテンは、その背中をしばし見送って、一人呟いた。


「……どこまでいったら、お前に平穏が訪れる? ハードダガー。不運な男だ」









 ハードラックダガーB












 栄華を誇る不夜の都市。

 その中心にある、一際巨大な建物こそ、デスクラウド・カジノだった。

 一晩で100人の人生を破滅させるほどの大金の動く、欲望の坩堝。

 誰もが眼の奥に欲望の火を怪しく煌めかせるそのカジノにたった一人、場にそぐわない少女がいた。


「ダメね……デスクラウドカジノ、隙がない」


 真紅のシックなドレスに身を包み、若干ぎこちのない化粧を施したその姿は、見ようによっては、どこぞのお嬢様が火遊びに来たように見えなくもない。

 だが、その眼が違う。

 隙を狙う鷹のように鋭く光る眼をした少女は、カジノの雰囲気を楽しむどころか、何かに駆り立てられるように、忙しなく辺りを見回しているのだった。


 と、その時。


「すげえ! また大当たりだ!」


 スロットの辺りの人混みから、歓声が上がる。

 少女は怪しい笑みを噛み殺しながら、そちらに近づいた。


 そこはまさに欲望の渦巻く炉の内といった様子だった。

 立て続けに大当たりを出し続けるスロット台を中心に、羨望と嫉妬、あるいは何らかの計略。

 目に見えるほどに濃密に漂う怪しげな感情の只中、何でもないような顔をした男が座っていた。

 どんな色よりも濃い、人の感情をないまぜにしたような、闇色の髪。夕暮れに伸びる影法師のように長い手脚を、くたびれたねずみ色のスーツに包んだ男。

 男がレバーを引き、ボタンを押す。歓声が上がる。

 スロット台が輝き、音を立ててコインが降り注ぐ。


「見つけた」


 少女は夜叉のような笑みを浮かべる。

 それは少女が探し続けていた存在。

 デスクラウド・カジノの中枢に届く刃。

 凄腕のギャンブラーだった。




「旦那様、お飲み物はいかがでしょうか?」


 引き攣った顔で、男に飲み物を勧めるボーイ。

 無理もない。彼は「これ以上スロットを回させるな」という使命を帯びて、上の者から時間を稼ぐよう指示されていたのだった。


「必要ない」

「じゃあ、あたしがいただきますわ」


 突然現れた少女が、ボーイの抱えるトレイからグラスを取って飲み干した。


「すごいのね、あなた。すごい豪運だわ」

「別にラッキーじゃない」


 少女は内心ほくそ笑んだ。


「(そうよね。それはあなたの技術。運なんて言葉でなあなあにされたくはないでしょうね……だから効く)」

「こんなもの、目で見て押すだけだろう」


 だが、少女の思惑とは異なり、男は無表情で不思議そうに答えた。

 少女は僅かに苛立った。


「まさか。秒間40のマスが回る、ハイメガスピードスロットを、目で見て止めるなんて。そんな動体視力がある人間、いるはずがない」

「俺は強い」


 男はそう言って、席を立った。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「このチップを10万チップに替えてくれ」

「こんなところでチマチマ賭けてないでVIPルームで……って、え?」


 男はスロットの脇に積まれたチップの山を指して、ボーイに視線を向けた。


「VIPルームに行くには、これくらいで足りるか?」

「じゅ、十分かと……」

「頼んだ」


 ボーイは深々と礼をして去っていった。

 どこかへ歩いて行ってしまおうとする男の袖を、少女が掴む。


「待って待って! あなた、そんなに稼いで……このカジノを潰すつもり?」

「ヨケニウムを探している」


 どこか期待に満ちた少女の問いに、男は淡々と答えた。


「ヨケニウムって……ヨケニウム純結晶? 国一つや二つ、買い取れる、あのヨケニウム?」

「ここのオーナーが、景品として出している」

「そう。そうなの……ねえ、手を組まない? 私、お金が欲しいの。必要なの」

 

 男はじっと少女を見た。

 髪の色と同じ、闇色の瞳が、心の底まで覗き込むかのように、少女の瞳を見つめている。


「な、なによ」

「君は……」

「お待たせしました! VIPルームへご案内いたします!」


 先ほどのボーイが、息を弾ませて駆けつけてきて、男の声を遮った。


「お連れ様はいかがしますか?」


 ボーイは少女の顔をちらと見て尋ねた。

 こういった輩―――金につられて、さも知り合いかの如く振る舞う人間は、決して少なくない。そういう不逞の輩をつまみ出すのも、ボーイ達の仕事であった。

 少女が身体を強張らせる。


「問題ない。エスコートを頼む」


 男はそう言って、歩きだした。

 一瞬遅れてその言葉の意味を理解して、ボーイと少女は、男の後をついて行った。



 デスクラウド・カジノの奥にあるVIP専用エレベーター。

 それに乗った者だけが、宝石を散りばめたような夜景を見下ろすVIP専用フロアに辿り着くことができる。

 レートは最低でも、1万チップから。最低でも100万チップは持っていないと、お話にもならない。

 目も眩むような金が左右していく様を、男はしばし無表情で眺めていた。


「さて、どうする」

「ノープランなの!?」


 少女は男の顔を見上げた。

 男は右手を伸ばし、頭を掻いた。


「……正気? まあいいわ。資金は十分ある。だったら――私達が挑むべきは当然、勝率の高いギャンブル。すなわち、ブラックジャックね」

「それにしよう」


 男はそういうと、躊躇うことなく歩いていき、ブラックジャックのテーブルに腰掛けた。


「ちょ、ちょっと!」


 少女が慌てて付いていく。


「(テーブルを選んだり、流れを見る必要があるでしょうが! 何やってんのよ!)」

「そうなのか?」


 小声で、しかしキツい口調で男を責める少女に対して、男は首をかしげた。

 少女は目を閉じて、大きく息を吐いた。


「(あんたが規格外なのはわかったわよ。しばらく見ていて)」

「了解した」

「露払いくらいは、私がしてみせるわ」


 最後の言葉は、ディーラーの男に聞こえるように、わざと大きな声で。

 少女の挑発的な言葉に、ディーラーの優男は、あごひげを撫でながらにこやかに対応した。


「おや、これは手厳しいレディだ。お手柔らかに。あまりいきり立ってカードを曲げたりなさらないようご注意ください」


 その物言いに、隣に座っていた老夫婦が扇子で口元を隠す。

 バカにされている―――

 しかし、少女は不敵な笑みを浮かべていた。


「そっちこそ。手を震わせて、カードをこぼさないよう注意なさって?」



 そこからは、圧倒的だった。

 少女は悪魔のように攻め込み、風のように退いた。

 若きディーラーの手管は全て躱され、叩き潰され、見透かされた。

 男が小さく口笛を吹く。


「硬質だな」

「お褒めいただきありがとう」


 にっこりと微笑んで見せる少女の傍ら、はじめの100万チップは、いまや10倍にまで膨れ上がり、ディーラーの顔は、赤と白を交互に行き来していた。


「ロゼをいただけるかしら」


 少女が側を歩いているボーイを呼び止める。


「勝った相手の顔色のワインをいただくのが好きなの……でも、この方のお顔は、赤だか白だかわからないわ」


 怒りか、はたまた屈辱からか、ディーラーがカットしていたカードをテーブルにこぼしてしまう。少女は薄く笑みを浮かべる。


「私、お願いしましたわよね? 『カードをこぼさないよう気をつけて』……お願いを守ってくれない方とは、これ以上遊べませんわ。おじちゃんおひげ変だね~! お呼びじゃないのよカスディーラー!」

「やりすぎだ」


 歌うような調子でディーラーを煽る少女に、男が窘める。

 と、突然、男がものすごい速度で後ろを振り返った。


「いやはや、全くその通り! 彼ではお嬢さんの相手にはならないようで……どうです? 私と踊っていただけますか?」


 笑みを浮かべて歩いてきたのは、明らかにカタギの人間ではない大男。

 しなやかな筋肉質の身体を、スーツいっぱいに押し込めたその男は、若い優男ディーラーをどかせると、男と少女の向かいに座った。


「オーナー……デスクラウドオーナーだ!」

「オーナーが直々に勝負を挑むなんて!」

「これは見ものですぞ!」

「来たわね、デスクラウド……さあ。あなたにも働いてもらうわよ」


 少女の目に、炎のような感情が灯る。

 男は小さく頷いた。


「ギャラリーもいることですし、私が出るからには、それなりに大きな勝負をさせていただくつもりですが……よろしいですかな?」

「もちろんよ」

「では、公平な勝負を期すために、審判(ジャッジ)をお呼びしよう……おい」

「ヘイ! アイムカミング! アイムヒア!」


 デスクラウドが僅かに顎をしゃくると、白黒のストライプのシャツを着た老紳士が現れた。


「アイアムザジャッジ! アイアムアマスターオブザゲーム! マイボイスイズルール! アイアムザモストジャッジメントパーソン! パワーオブジャッジ!」

「審判協会特一級の審判(ジャッジ)だ。よきゲームを」

「よきゲームを」


 少女が応え、チップを乗せる。

 デスクラウドは静かに笑い、滑らかな手つきでカードを開封すると、カットしはじめた。

 そのまま、流れるようにカードを配る。

 デスクラウドのオープンカードは、スペードのK。

 少女のオープンカードはハートのQ。ブラインドはスペードの3。

 男の手には、クラブの5とクラブの4が渡った。

 少女が小さく息を吐く。


「よくない手札でしたかな?」

「まさか」


 まるでその瞬間を狙っていたかのように、切り出された会話に、少女は怯むことなく応じる。

 デスクラウドはにやにやとした笑みを浮かべながら、少女に向けて言葉の刃を向ける。


「そうですか。それにしても……可憐な貴女と比べて、お連れ様は随分とみすぼらしいですな」


 男の着ているねずみ色のスーツは、砂埃でわずかに色が煤けていた。

 周りに居並ぶ高級礼服の面々と比べてしまえば、激しく見劣りのするものだった。


「ピピー! 赤13番! イリーガルカラーオブスーツ! スローイン!」


 審判(ジャッジ)が高らかに何事かを叫び、少女が眉をひそめる。


「ここのカジノは、客を不愉快にするのがウリなのかしら」

「これはご容赦を。しかしどうです? トランプに例えるなら……可憐な貴女がハートのクイーン。彼は、さしずめ、スペードの3といったところですかな?」


 少女の息が止まる。

 まさか。こんなに堂々と。

 私の手札を見ているとでも言いたいのか―――!


「どういうつもりかしら」

「会話ですよ、レディ。ただゲームをして過ごすには、退屈でしょう?」

「私の手札を言い当てたつもり?」

「まさか。そんなことできはしませんよ。審判(ジャッジ)も反則を告げていない」


 少女が審判(ジャッジ)を睨みつける。審判(ジャッジ)は、何事も見逃すまいとしているとでも言いたいのだろうか、目を皿のようにしてゲームを見ていた。


「あんな、カジノが呼んだ審判(ジャッジ)なんかに、何の正当性が……」

「ノーノー! アイアムザモストジャッジメントパーソン! マイボイスイズルール! マイアイズイズテンモウ! アイアムザジャッジ! トラストマイジャッジ!」

「だ、そうですよ。それとも何か? まさか本当に貴女の手札が、ハートのクイーンとスペードの3だとでも言いたいのですかな?」


 激しく否定する審判(ジャッジ)。にやにやと笑うデスクラウド。


「ヒットよ」


 少女はそれには答えず、カードを要求した。

 デスクラウドがカードを放る。ダイヤの9。


「運が悪いですな、バーストだ」

「まだわからないでしょう?」

「ヒットだ」


 男がヒットを宣言する。

 渡ったのは、クラブの3。

 男は続けてヒットを宣言し、クラブのJを引いた。バースト。

 デスクラウドは鼻で笑うと、伏せたカードを開いた。

 ハートのA。


「21.ブラックジャックですな」

「バーストよ」

「22だ。俺は強い」


 男がそう続けて、少女は口を開けたまま固まった。


「あなた……ブラックジャックのルールを、知らないの」

「ああ」


 デスクラウドがげらげらと笑う。


「これはこれは! スペードの3というのも買いかぶりでしたな!」

「……いいわ。あなたは、そこで見ていてくれれば。チップを貸して」


 男はチップを大雑把に半分に分けると、少女によこした。

「私は強いわよ、デスクラウドオーナー」

「それはそれは……お連れ様のぶんまで楽しませていただけますかな?」

「次よ」


 少女は目を爛々と輝かせて、ただそれだけを告げ、チップを台に乗せた。






 その後も、デスクラウドは、立て続けにブラックジャックを出し続け、少女の手持ちのチップを削り続けた。

 親がブラックジャックを出し続ける限り、子である少女と男に勝ちの目はないに等しい。

 7ゲームほど経過し、8ゲーム目。

 少女のオープンカードにスペードの2が配られた時、少女が吠えた。


「こんなのイカサマよ!」


 デスクラウドは嗤い、審判(ジャッジ)は首を振った。


「イカサマだ。なるほど? では私はどんなイカサマをしていると?」

「それは……でも、こんなに21ばかり出し続けられるはずがない!」

「それは運というものでしょう。今日はたまたま私がツイているというだけのこと。それに、勝ちたいのなら他に手はあるでしょう? 最強のブラックジャックであるスペードのAとJ。それよりも更に強い、奇跡のような最強手、Aから6まで揃えるエーストゥシックスだってある! 勝負はまだまだ、これからですよ?」

「そんなデタラメが通じると……!」

「通じますよ。ヴィクトリア=チャージ様。通じたからこそ、あなたのお父様は全てを失って、ドブネズミのように死んだ」


 少女の手が、握りしめられ、ダイヤの5のカードが歪む。


「何を……」

「全て知ってる、そう言ってるんだよ、小娘。お前の親父もそんな様子でがなりたてていたな……ギャンブルを汚すな! などと世迷い言を抜かしてな!」


 デスクラウドは笑う。


「奴の最後の言葉を教えてやろうか? 『どうか、娘にだけは手を出さないでくれ』……はは! 笑える話だ。慈悲深い俺はだからお前には手を出さなかった。それなのにお前ときたら……! 親父と全く同じようにハメられて、このザマだ! 実に親不孝な娘だなァ!」

「デスクラウドぉおおおおおおおおお!!!!!」


 少女はドレスの中から、短剣を抜き放ち、デスクラウドに踊りかかった。

 それを、審判(ジャッジ)が飛び出して投げ飛ばし、押さえ込んだ。


「ピピピピピ! ファールファールファーーーーーーール! アイソウユアファール! イリーガルユースオブウェポン! イリーガルユースオブナンクセ! ユーアーイリーガル! ドゲザイズグッド!」

「誰があんたたちに土下座なんて!」

「もちろん君だよ。私に刃を向けた罪は重いぞ、ヴィクトリア」


 デスクラウドは、嗜虐的な笑みを浮かべ、少女の顎へと太い指を伸ばす―――



「ヒットだ」


 少女の目の前、デスクラウドの指の先に、音もなく短剣が突き立つ。

 デスクラウドは興が削がれたと言わんばかりの不満げな表情で、顔を上げる。


「何のつもりだ?」

「ゲームはまだ終わっていない。席に着け、ディーラー」

「席に着け、だ? はっ。どこの誰かも知らんが……お前みたいな初心者が、この私に勝てると本気で思っているのか?」

「ヴィクトリア。彼女が教えてくれた。このゲームはだいたいわかった。席に着け」


 男は有無を言わせぬ口調で、そう告げた。


「俺は強い」




 突如起こった暴力の気配に、色めきだっていた観客達の興奮がお預けとなり、粘着くような視線となって、男とデスクラウドの勝負に注がれる。


「どこかのお嬢様がカードを曲げてしまったからな。新しいカードを使わないといかん」


 嫌味を含んだ言葉と共に、少女に視線を投げかけるデスクラウド。

 審判(ジャッジ)に取り押さえられた格好のまま、射殺すかのような視線を投げかける少女。

 その視線を受けても、心地よいと言わんばかりの表情で、カードをカットする……


「待て」


 と、男がデスクラウドの手を掴む。


「カードの並びを操作しているな」

「何を。私はカットをしているだけだ。審判(ジャッジ)?」


 審判(ジャッジ)は、少女を押さえ込んだまま首を振った。しかし男は手を離さない。


「上から、スペードの3、ダイヤの10。ハートの6、ダイヤのA。ハートの9だ。常人にできることではないが……俺達の敏捷値なら、それくらいのことはできる。それを見破ることも」


 デスクラウドは虚を突かれたような表情をして、それから微笑みを深くした。


「そうか……! 『俺達』。はは、俺達ときたか! お前、誰かと思えば……お前こそが! 『ハードダガー』か!」

「その名前は捨てた」


 男はそう言うと、手を離した。

 審判(ジャッジ)は、信じられないといった表情で、デスクラウドを見ていた。


「アイキャントシーユアファウル……」


 そのままフラフラと立ち上がると、審判(ジャッジ)はどこかへ消えてしまった。

 少女が男の側へ駆け寄る。


 デスクラウドがカードの山から上のカードを放る。

 上から五枚は、確かに男の言ったとおり。

 スペードの3、ダイヤの10。ハートの6、ダイヤのA。ハートの9だった。


「見事だな? ハードダガー。小細工は通用しないってことか」

「だから、デスクラウド。お前が切った後、俺が山を分ける」

「構わない」


 デスクラウドは、先程までよりも速く、カードを切ってみせた。


「見えるか? 『ハードダガー』。無理だろうさ。だが、俺には指の感覚がある。カードは俺の言うことを聞く! 勝利のために最速で、最善手を打ち続ける俺に、敗北はない! 俺の勝率は常に100%。俺は常に、勝利しつづける!」


 デスクラウドは切り終えたカードの山を、剣のように鋭く、男に向かって差し出した。


「切れよ、『ハードダガー』」

「逃げて!」


 少女が叫ぶ。


「だめよ、あいつは……どこでカットしても大丈夫なように並べ替えていたはず! あなたに勝ち目はないわ!」


 そして、男の手を取って、握る。


「お願いよ……勝てない勝負に挑むなんて、バカのすることだわ。思い知ったの、私、バカだったんだって」


 男は一瞬、意外そうな表情を浮かべた後、静かに言った。


「俺は強い」



 男は受け取った山を二つに分けると、上の山を下にしまいこんだ。


「この一度で終わりだ。それでいいだろ? 『ハードダガー』?」

「受けよう。俺はこれを賭ける」


 男はそう言うと、ポケットから虹色に輝く結晶を取り出した。


「ヨケニウム純結晶……!」

「なんだ、あの輝きは!」

「あんな巨大で、美しいヨケニウム結晶があるなんて……!」


 周囲で見ていた金持ちがどよめく。

 デスクラウドは口笛を吹いた。


「その代わり、俺が買ったら、お前のヨケニウムをいただこう」

「決まりだ」


 デスクラウドはそう言って笑った。


「勝ちの決まったゲームだ。何を賭けようがかまいやしない」


 デスクラウドのオープンカードは、ダイヤのA。

 伏せたカードが絵札であれば、21点で、最強クラスの手札となる。


「それで? どうするんだ、『ハードダガー』? その手札で、俺に勝てるかな?」


 男のオープンカードは、スペードのA。


「硬質だろう?」


 男は答える。


「このダガーがお前を切り刻む、硬質な刃だ」

「戯言を。トゥルー・ブラックジャックを気取るか? 『ハードダガー』。無駄だよ。お前の手元にスペードのJはない」


 デスクラウドは笑う。

 そしてそれは、正しかった。

 男のブラインドは、スペードの6。


「ヒットだ」

 

 男はヒットを宣言する。スペードの5。


 デスクラウドが笑みを深めた。


「終わりだな、『ハードダガー』。お前はブラックジャックを出せない。俺はダイヤの21だ!」


 ブラインドカードを開いてみせるデスクラウド。手元には、ダイヤのAとダイヤのKが揃っていた。

 しかし、男は動じない。


「お前は言った。『勝利のために最速で、最善手を打ち続ける』と。お前の敗因は―――最善手以外を見なかったことだ」


 男は更にヒットを宣言する。男がめくる。スペードの4。


「まさか、エーストゥシックスを、狙うつもりか? 馬鹿馬鹿しい! そんな奇跡、起こるはずがない!」


 デスクラウドは笑う。見ている観客達も。

 その笑いが、次のカードを開いた所で固まる。

 スペードの3。


 あと一枚。

 男がスペードの2を引いたら、最強の手札、エーストゥシックスが完成することになる。


「お前は見なかった。自分の勝ち筋を仕立て上げることだけを考えて、俺にわたすクズカードを、確認しなかった」

「そんなはずないだろう?」


 デスクラウドは、笑みを崩さない。

 カードを裏向きに投げて、男に渡す。


「俺が、そんなヘマをするはずがない。そのカードはハートの7。お前はバーストだ」

「確認したか?」


 男は、デスクラウドの瞳を見る。


「お前は本当に、このカードがハートの7だと……確認したのか?」


 闇色の瞳。まるで、心の奥底までも見透かすような、深い闇。

『ハードダガー』。

 伝説の使い手。

 ヤツははじめから、こんなに闇色の瞳をしていたか?

 まるで、全てを飲み込む虚無のような―――


 一瞬。

 デスクラウドの目が泳ぐ。

 その瞬間を狙っていたのか、男がカードを裏返す。


「そん……な」


 そこにあったのは、スペードの2。


「お前を切り刻む、硬質な刃だ。二人分のな」


 爆発的な歓声が上がる。

 デスクラウドは、膝を地面についている自分に気がついた。









「ありがとう。えっと、『ハードダガー』?」

「その名前は捨てたんだ」


 カジノを出て。

 少女はしおらしく、男に礼を言った。


「私の分まで、あいつを思い知らせてくれてありがとう」

「何を言ってる。君が俺にやらせたんだろう」


 少女はしおらしい表情を、にやりと歪めた。


「あなたなら、上手く使ってくれると思ったわ」


 あの時。

 少女が男の手を握った時。

 少女は手渡していたのだ。

 スペードの2……

 デスクラウドを切り刻む、運命のカードを。


「まさか、自分の手札に使うとは思ってなかったけど!」


 そう言って、少女は微笑んだ。


「金が必要、というのは嘘だったか」

「そ。復讐するんだ、なんて言っても、手伝ってくれなかったでしょ?」

「俺は手伝ってない」


 男は答えた。


「手伝わされた」

「あはは!」


 まるで憑き物が落ちたように、年相応の表情で笑う少女。


「ねえ、あなた、これからどうするの」

「俺は行くよ。列車の時間が近いんだ」


 そう言って、男は踵を返した。


「ちょっと! もう。急過ぎるわよ! また来る時は、連絡しなさいよね!」


 後ろ手に、少女の言葉に返事をしながら。







「そういう事だったか」


 男の目の前に、筋肉質の巨漢が立ちふさがる。

 明らかにカタギではない姿。張り裂けそうなほどしなやかな筋肉を、スーツに押し込めたような、獰猛な表情の男。


「この俺が、イカサマにかかるとはな。『ハードダガー』……よくも俺を虚仮にしてくれたな」

「そんなつもりはないさ」


 飄々とした表情で答える男。

 デスクラウドは、巨大な青龍刀を二本取り出して、男に向ける。


「だが、これで終わりだ。お前は俺よりも速くない……それがわかっただけで十分だ! 『ハードダガー』、ここでお前の命も終わ」


 その口上を言い終わる前に、風が吹いた。

 デスクラウドは操り人形の糸が切れたかのように、突然力を失って倒れ伏した。


「言ったはずだ」


 男は、右手の短刀を払う。赤い液体が飛んで、近くの壁を汚した。


「俺は強い」


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