穏やかなホームシック
外で誰かが話す声がした。
でも私には関係のないことで、耳に入る言葉をいちいち理解することもない。私は目の前のことに集中する気だった。
でも不意に、私はその話を聴き始めた。何か兆候があったわけでも、私が話題に上がっているわけでもないのに。
目の前のペンが音を立てて床に転がった。石造りの床はペンを少し離れたところまで転がし、私はそれすらも気づかずに外の声に耳を傾けていた。
それは親子喧嘩のようだった。あれじゃないこれじゃないと、親の言うことをききたくない、反抗期の子供の癇癪を起こす姿が思い浮かんだ。
私もそうだった。そう思う。反抗期らしい反抗期はなかったかもしれないけれど、確かに親の言うことを一々真逆にとり、揚げ足をとり、言い訳をし、そして苛立った。そんな時期は確かにあった。
そんな時、スマートフォンの液晶画面が一人でに点灯し、メッセージの受診を通知する。誰だろう。
母だ。
親子喧嘩は外でまだまだ続く。私はメッセージを開き、ぽつりぽつりそれを声に出して読んだ。そして私は、外の声を羨む。
「私も喧嘩したい」
喧嘩なんて楽しくないものだ。お互い嫌な言葉を言い合うことになることも多いから、少ない方がいいはずなのに。それなのに私は母とのくだらない言い合いを、強く強く求めていた。
「……思ったことを言って、好きなだけ怒って泣いて、笑えるのもきっと、家族がいるからなんだ」
私のつぶやきを聞くものはおらず。そもそも私の母国語の通じないこの国でそれを理解する人はごくわずか。
「会いたいなぁ」
分かる人にはわかる。そんな、穏やかなホームシックの夜がふけていく。
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