8 月明かりに照らされて
「レイドさんっ!」
声の方を見ると、汗だくで服が血まみれになったファイが走ってきた。
「ああ、あの人は大丈夫ですよ」
レイドがファイが求めようとしていた質問を先に答えると、ホッとした表情をファイが見せた。
「お店はどうしましたか?」
「あ、あの後、街の人が警ら部の皆さんを呼んでくれていて、その人達に任せてきました。私もいろいろ問われましたので、ちょっと遅くなってしまいましたが……」
「それにしても、タイミングが良いというのか、悪いというか…。すみませんでしたね、先にすたすた歩いてしまって」
「いえ。私もよそ見していて。すみませんでした」
ぺこっと礼をすると、レイドも穏やかな表情で答えた。
「ファイ、あなたは大丈夫ですか?」
「えっ、ああ……。ちょこっとまずいかもしれませんね」
にこっと笑ったかと思うと、ファイはそのまま倒れかけた。咄嗟にレイドが支えたお陰で、ファイは床に倒れることはなかった。
「どうしましたか? それに、この汗は……」
「すみません、毒を吸っちゃったので……。あ、口に含んだくらいですけどね」
レイドは自分の運んだ男性が助かった理由が理解できた。
普通であれば、ほとんど助からない毒ですよ……と、医者は言っていた。
「なんて無謀なことを!」
ファイを横抱きにして立ち上がると、レイドは歩き出した。
「レイドさん、大丈夫ですよ……」
「こんな状態になって、よく大丈夫と言えますね。仕事初日に何をしているんですか、あなたは」
「……すみません」
「まず、先生に診てもらいましょう」
「はい……」
力無く返事をすると、ファイはコクリと意識を失った。
「本当にいつも無理をする……」
レイドは速足で医者のいる部屋まで歩いた。
すでに外は真っ暗である。
「鍵は……」
レイドは自分の胸ポケットから鍵を取り出し、ドアの鍵穴に差した。すると、小さくカチャッと音がし、ドアノブを回すとドアが開いた。
機密部には隊員個人の部屋がある。
ファイは今日入ったばかりで、まだギルから部屋を与えられていなかったため、レイドは自分の部屋にファイを運ぶことにした。
部屋は月明かりが差し込み、程よく明るかったため、部屋の中を歩くことも苦労は無かった。
レイドは一旦おぶっているファイを大きなソファの上に寝かせ、奥の部屋にある自分のベッドに向かった。ベッドにはたくさんの本が散乱している。ささっと手際良く本を片付けると、棚の中にしまっていたシーツを綺麗に敷き、人が寝られるような状態に仕上げた。
ソファに眠っているファイを横抱きすると、ベッドの所まで行きファイをそこに寝かせた。
春ではあるが夜はまだ肌寒く、レイドはファイに毛布をかけてあげた。
「……ゆっくり寝てくださいね」
そう言葉を落とすと、ファイの表情が少しだけ穏やかになった。それを確認すると、レイドはその部屋から出た。
その時と同時にコンコンとドアがノックされた。
「……はい?」
ドアを開けると、そこにはギルがいた。
「ギル隊長……」
「お疲れ様。中に入れてくれる?」
「はい」
レイドは部屋の灯りをつけて、ギルを部屋の中に迎えた。
「ファイは隣かい?」
「はい、ベッドに寝かせました」
「ふーん」
興味深そうにギルはレイドを見つめた。いつものレイドであれば反抗してくるのだが、そういう素ぶりは全くない。
「レイド……?」
「……今日はすみませんでした」
レイドは深々と頭を下げた。それをギルは表情無く見ている。
「仕事が山ほどある中、こんなことにしてしまって……」
「本当だよ。こんなに忙しいのに、隊員の二人も突然の事件に巻き込まれて、仕事がストップするなんて本当に迷惑だね」
「はい」
無表情で話すギルにレイドは恐怖を感じながらも、真っ直ぐギルの目を見ていた。
「それに今日来たばかりの新人さんが危うく死んじゃったら、本当にどうするつもりだったんだ? 彼女には力のある後見人がたくさんいるんだけどさ」
「えっ……」
「君なんかよりもすごいんだからね。彼女に何かあれば、こちらの命が無いと思ったほうがいいよ」
本気な話なのかと疑問に思いつつも、レイドは真面目な顔でギルの話を聞いていると、それがつまらなくなったのか、ギルは普段の表情に戻った。
「まあ助かったから良かったけどね。次は気をつけてね」
そういうとギルは隣の部屋のドアを開けて中に入った。それを追いかけて、レイドも再度、ファイのいる部屋に入った。
ファイの寝顔を確認し、ギルはほっとした表情を見せた。
月明かりは温かい。