7 突然の始まり
騎士団敷地内を歩いていると漆黒の制服はとても目立つ。
「ほら、あれだよ。首席卒業の新人さん」
「へー。可愛いじゃん、オレンジのポニーテールも良いね」
ファイの髪の色は黒の制服のおかげでとても映えており、見た目の全てが目立っていた。
「なんか、見せ物のような感じですね……私」
「まあ、あまり気にしないことですよ。俺だってきっと目立っていますから」
ファイよりも頭一つ分以上、背が高いレイドは確かに目立つ。それに加え髪の色も真っ黒であるため、頭のてっぺんからつま先まで黒で統一されている。
「あー、確かにそうですね。レイドさんはいつも目立ってましたから」
「そうでしたか?」
「はい。レイドさんは何をしても、目立ってました。かっこ良かったですよ」
ファイがにこにこしながら話すと、レイドは急に顔を背けて立ち止まった。
「えっ、あっ、私、何か悪いこと言いましたか?」
慌ててファイがレイドに駆け寄ると、眉間にしわを寄せてこちらを向いた。
「いえ……何でもないですよ」
キッと睨まれているような感じがする。
「ほ、本当ですか? 私、もしレイドさんを怒らせるようなことを言ったのであれば謝ります」
「いや、大丈夫です」
素っ気なくレイドが言って歩き出すと、ファイはしょんぼりして後ろをついていった。
(何か、気を悪くさせることを言ったのかな……)
すでに昼の時間を越えていたため、ファイとレイドは休憩と腹ごしらえの為に機密部の建物から出て、外門に向かっている。
敷地内は他の部署の騎士達がたくさんいた。慌ただしくしている人、たくさんの書類を抱えて歩いている人、訓練帰りの人。
忙しくしている人がたくさんいるが、学校とは違う活気ある空気感がある。
しばらく無言で進んでいくと外門を警備する騎士が声をかけてきた。
「お、レイド。お疲れ様!」
「ああ、お疲れ様」
親しげにレイドと話す人はファイも見たことがあった。
「これから、昼飯かい?」
「ああ。ミント小路に行こうと思って」
「あー、それは良いな。新人さんに美味しいもの食べさせてやれよ」
「ああ、そうする」
二人はじゃあ、と手を振って別れた。その様子を見ていたファイはレイドがスタスタと先を歩き出したので、黙って後ろについていく。
(レイドさんってこういう人だったかな……)
確かにファイとレイドが騎士学校で共有した時間は少ない。けれども、その限られた時間の中でのレイドはファイにいつも優しかった。
(……でも、あれから2年も経っているから、レイドさんが以前と違うのはしょうがないのかな)
騎士団を出て数分歩くと、ミント小路がある。そこは都の中では一、二を争うレストラン街であり、食べ物の美味しそうな香りが街中に漂っている。道は人であふれており、それぞれのお店からは活気ある声が聞こえてくる。
レイドは賑わう多くの店に目もくれず、小道に入っていく。
「あっ、レイドさん」
声を出した時に前から来る人にぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
「いたっ……、気をつけろよ!」
「はい……」
「ん? その格好……」
「え?」
高級な衣服を纏った相手の男性はファイの着る服を見て、顔を少し強ばらせた。
「ご、ごめんよ。次からは気をつけるよ」
そう言葉を放つと、逃げるように去って行った。
(……?)
相手が去った方をファイは見つめていると、近くの店から悲鳴が響いてきた。
「えっ? どこ?」
ファイは声の聞こえた方へ向かってみると、すでにその店の周りにはたくさんの人で囲まれていた。人々の表情は皆強張っている。
「ちょっとごめんなさい。通らせてっ!」
人々はファイの服を見ると、そろそろっと素直に道を開けてくれた。
「あっ、騎士さん! 助けてくれよ! 」
店主と思われる男の人に呼ばれたファイは、躊躇なく近くに走り寄った。
男の人は血まみれの男性を抱えていた。床も血まみれである。
「このお客さんが飯を食べていたから、いきなり血を吐いて倒れちまったんだよ!」
「ええ、他に何かありましたか?」
男の人に代わり、ファイは男性を抱えて脈を確認した。僅かな鼓動はある。
「いや、何もなかったよ。……俺は何も入れてないぞ」
血まみれになった手を震わせて、男の人は自分の無実を伝えてきた。
「ええ。食べ物が原因では無いみたいですね」
「へっ?」
自分のせいで倒れたのでは無いかと、恐怖を感じていたのだろう。情けない返事をする男の人に、ファイは穏やかに答えた。
「店主さんは何も悪く無いですよ。すみません、誰か綺麗な氷水と布を急いで準備して下さい!」
「あ、はいっ!」
店主は店員に急いで指示をすると、ファイの横に大きな桶に入った氷水とたっぷりの布が準備された。
「他に何か準備するのものは?」
「いえ、この人が倒れて何分ですか?」
「あ、この人が倒れたのは10分位前です」
店員が答えるとファイはニコッと笑って礼をした。
「応急処置をしますね」
ファイは準備された布を勢いよく氷水に浸し、抱えている男性の首の後ろに布を当てた。
「んっ、もしかして毒ですか?」
「はい。ショック状態と首に出ている腫れを見ると、ヒポンズバチの毒ですね。この毒は針から毒が体内に浸透するまでに8〜10分位です。また、患部を冷やすことで侵攻を抑えることができます。ちょうど応急処置ができる範囲です」
店主が何枚も布を氷水に浸し、ファイに渡す。ファイは布を当てながら、何かを探していた。
「あっ! あった!」
ファイの人差し指の先が探し物を感じ取った。
男性を床上に下ろし横を向かせ、首元の髪の毛をかき分けると、そこに針があった。ファイは勢いよく針を抜くと、傷の部分に口をあてがった。
「おいおい! そんなことをしたら、騎士さんも毒に侵されるぞ!」
店主も店員も、周りで見ていた人達も心配そうに見ていると、ファイは首から口を離し、まだ使っていない濡れた布を口元に当てた。
「だ、だ、大丈夫か……?」
「はい。大丈夫ですよ。あの、氷水をコップにいただけますか?」
「あ、はい!」
店員は急いでコップを持ってくると、ファイはすぐにゴクゴクと氷水を飲み干した。
「どうしました!?」
聞き覚えのある大きな声が人だかりの奥から聞こえてきた。
「ーーっ、ファイ!」
「あ、レイドさん。すみません、寄り道していました」
笑顔で話すファイとは合わない光景が、レイドの前に広がっている。
「それは良いとして、どうしたんですか? その人は……」
「あの、すぐにこの人を病院へ連れて行かないと危ないです」
「ああ。では、俺が病院に連れて行く」
「ありがとうございます」
レイドは状況を察し、素早く男性をおぶって走り出す。その姿にファイは深々と礼をして見送った。