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3 再会は突然に

「すごい……」

ファイは辺りをグルーっと見渡した。

そこにある本棚はすべて建物の天井に付く高さまであり、その周りには入りきらない本が散らばっている。

「じゃあ、こっちだよ。ファイ」

人が歩くことができる道は何本かあり、最も広い道にギルはファイを誘った。

その先にはまた扉があった。その扉をギルはにこにこしながら開けていく。すると、そこはさっきまでの本ばかりの部屋と異なり、数々の窓からの温かい陽射しのせいか、とても明るく広い部屋だった。

「さっさと中に入って入って」

入室を促されファイは部屋の中に足を踏み入れる。ギルは扉を閉めるとスタスタと真ん中にある大きな机の前に立った。

「さあ、ここが今日から君の仕事場だよ」

確かに部屋は明るくて良いのだが、先ほどと同様、本が多くて書類が机の上にたっぷり積まれている状況に、ファイの中で不安がわいてきた。

真ん中の机の両側に2つずつ机があるが、それらもすべて本と書類の山になっている。

「あれ? 隊長?」

一つの机の奥から声がした。

「ああ、ツェンリか」

ギルが呼ぶと、茶色の髪に寝癖を付けた男の人が机の陰から現れた。

「おはよう。相変わらず出勤が早いね」

「出勤が早いんじゃなくてさ、徹夜っすよ。隊長」

頭をかき眠そうな顔で応えていたツェンリの視線が、ギルの隣にいるファイに向けられた。

「ん? 誰っすか、この女の子」

「ああ、今日から入った新人さんだよ! さ、自己紹介をして」

「はい。本日からこちらに所属することになりましたモーリス・ファイと申します。どうぞよろしくお願いします」

ファイは礼儀正しく礼をした。

「えっ、もしかして噂の首席卒業の女の子?」

「そう。団長に懇願して、うちに来てもらったんだ。本当に嬉しいな」

ギルはにこにこして、ツェンリに喜びを伝えた。一方、ツェンリはなるほどね……とつぶやきながら、ファイの周りを一周した。

「こんなに小さくて細いのに、どうやって首席卒業できたの? だって、学校には君よりも体格の良い人とか背丈のある人とかたくさんいたでしょ? しかも、女の子なんて、全体の1割程度しかいないのに……」

騎士学校の首席卒業とは学力はもちろんのこと、武芸においてもかなりの実力がないと適わない。

騎士を目指す者は男女共にたくさんいるが、その過酷な入学試験を突破できる女子は限りなく少ないのが現実である。また、入学できたとしても、それからの学校生活三年間はさらに過酷な訓練の連続である。男子であっても途中で根をあげて辞めてしまうことも多々ある。

それくらい苦しく辛い訓練を乗り越えただけでもすごいことなのに、さらに学年トップで卒業してしまったファイを、ツェンリは興味深く眺めていた。

「えっと……、特に何かあるわけではなく、ただ目の前にあるものを頑張っていたら結果が出たというか、そんな感じですね」

ファイの応えにツェンリは納得していない表情を浮かべた。

「あ……元々、学校に入る前に武芸については稽古をつけてもらっていたこともありますが、一番は憧れの存在があってその人に近づきたいって思って入学したので、首席卒業は絶対にしたかったんです」

「へー、ファイが憧れる存在ってのは誰なの?」

ギルも気になり始め、言葉を挟んできた。その質問に答えることに少しだけ躊躇しながら、ファイは応じた。

「それは、アリシア王女です」

ファイから出てきた人物の名前に、二人はああっと納得した。

アリシア王女とは騎士であれば、誰もが尊敬する存在である。その人物に憧れて騎士学校の入学を目指す子も少なくない。ちなみに騎士学校を首席卒業した中で、最初の女子がそのアリシア王女である。

「……騎士学校に入学して初めての訓練の時に目標を先生に聞かれたんです。私は迷わずアリシア王女の名前を言ったんです。そうしたら、みんなに大笑いされまして……。まだ、そんな子供っぽいこと言ってるのかって言われちゃいました」

あの時のことは今でもよく覚えている。確かに誰もが子供の頃に憧れるの存在はいたが、それを目標として口に出す人は騎士学校にはいなかった。みんな、国のためっていうけれども、当時のファイにはそれを言えなかった。嘘をついて大人っぽくする方がなんだかずるい。

(幼かったんだなぁ……私。でも、あの時に助けてくれた人がいたから、今があるんだな)

笑われたり子供っぽいと言われたりした後には、話の続きがある。

「別に子供っぽくないけどね。アリシア王女を目指すなんてさ、なかなか言えないよ。ねえ、隊長」

話を聞いていたツェンリは真面目な顔で応え、その応えに同意したようにギルは深く頷いた。

「ってことは、騎士としてそれなりの覚悟はあるってことだね。よろしくね、ファイ」

「はい! よろしくお願いします」

ツェンリは笑顔で手を差し出したので、それに応えるようにファイも手を出し握手した。

「隊長、この陰気臭くて暗くて鬼のように仕事がある職場にこんな可愛い子がいたら、仕事場に来ることも苦ではないかもね!」

「はははっ! 良かった良かった。ファイ、ここに来る時に自分は役に立つのかって言ってたけど、もうすでに役に立っているみたいだよ」

大きな声で笑いながら、ギルはファイの肩を軽く叩いた。

「さってと、あいつはまだいないの?」

「あー、さっき書庫に行くって部屋を出ていったので、そろそろ帰ってくると思いますよ」

「そっか。そういえば、団長に頼んで新しい制服をここに届けてもらっているから、それに着替えちゃって」

「あ、はい」

制服は隣の部屋にあるからね……と言われ、ファイは会釈をして部屋を退室した。

辺りをきょろきょろと見渡すと、確かに右に廊下がありその先に扉があった。

(本はここまでは来ていないのね)

人が頻繁に歩く場所には本は散らばっていないらしい。廊下を進み、軽くノックをして入室した。

「うわー、綺麗な部屋……」

今まで見てきた場所とかは異なり、綺麗な絨毯が敷かれ、豪華なシャンデリア、上質でお洒落なの家具が並んでいる。来客用であろう椅子の上に、漆黒の制服が綺麗にたたまれて置かれていた。

王国騎士団の制服は基本青である。そのため、騎士といえば青色の制服というイメージが多くの人々にあるが、各部署を統括する総隊長クラスになると赤色の制服、団長は白の制服を身に付けている。その中で異色なのが、機密部であった。

「噂では聞いていたけど……、私がこれを着るなんて夢にも思わなかったわ」

騎士団の中には機密部っていう極秘任務をこなす部署があるんだけど、そこの制服がすっごくカッコよくてさ、俺着たいんだよね!って、以前聞いた同級生の言葉をファイは思い出した。

ファイはそっと目の前の制服に触れて、その形や繕いをじっくりと眺めた。

質の良い光沢ある生地で作られており、黄色の装飾が付き、すべての部分が紫色の糸で綺麗に縫われている。

「さ、着替えますか。早く着替えないと、迷惑かけちゃうし」

ファイは今朝来たばかりの新しい青い制服を脱ぎ出すと、部屋のドアが突然開いた。

「えっ?」

二人の声が合わさった時、お互いの叫び声が建物内に響きわたった。

「キャー!」

「おんなー!」


「あははは。本当にびっくりしたよ」

ギルとツェンリは腹を抱えて笑っている。その二人の前には制服を着替え終え赤面しているファイと、ドアを開けてしまった人物が不満そうな表情で立っていた。

「だってさ、いつも静かなレイドがさ、大きな声を出すんだもん! 久しぶりに笑っちゃうよね!」

「そうそう。本当に久しぶりだし、叫び声はなかなか聞けないよ。いつもは怒鳴り声だからさ」

「いい加減、笑うのをやめてもらえますか?」

いつまでも笑っている二人にレイドは溜息混じりに言葉を発した。

「ああ、ごめんごめん」

ギルは目から僅かに出ていた涙を拭いながら謝った。

「じゃあ、紹介するね。今日からここ所属になったモーリス・ファイだよ」

「はい。知ってますよ、彼女のことは」

「あれ? そうなの?」

「ええ。俺が騎士学校にいた時の二年後輩ですので」

「あ、そっか。でも、後輩でもさ、あまり関わり合いってないんじゃない?」

同じ学校にいたとしても、それぞれの学年で行う訓練が異なるため会う可能性は意外に低い。

「いや隊長、ありますよ。一度だけ」

ようやく笑いがおさまったツェンリが間に入ってきた。

「あー、あれか! 新入生への地獄の訓練!」

「あの、そうなんです。その時にレイドさんにお世話になりまして……」

「へー、レイドに助けてもらったの?」

「はい」

「なんで? そんなに相手が強かったの?」

新入生への地獄の訓練とは、上級生が新入生に武術訓練をするという内容であった。なぜ『地獄の』という言葉がつくのかというと、学校敷地内にある野外訓練場で新入生は三日間、上級生に捕まってはいけないというサバイバル訓練であった。一方、上級生は期間内にすべての新入生を捕まえないと自分達に苦しい訓練が与えるため、必死に新入生を追いかけていた。

「いや、強かったというか……」

「逆ですよ、ツェンリさん。ファイが強すぎて、ほとんどの奴らが負けちゃったんですよ」

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