2 ようこそ、君を待っていた
大陸の中で最も小さく、長い歴史が紡がれし国。
隣国からは『精霊に護られし国』と呼ばれる、その国の名はーークロスフォード王国。
初代国王と精霊との間に交わされた契約が、小さな国をこれまでにあった大きな争いから守護してきた。ただ人々は護られているばかりではなく、争いのない時間は、自分達の力で国を豊かにしてきた。
共生という道を選び繁栄する国の花の都ーーフローディには、多くの子供や若者が目指す騎士学校がある。
「今年の首席卒業が20年ぶりに女らしいぞ」
「そうなのか! て、ことはアリシア様以来ってことか?」
「そうそう。しかも、剣技よりも弓が得意らしくて、いろんな面で珍しい首席らしい」
「ほら、あれだ。あの小さいオレンジの頭の子だよ」
騎士学校の大ホールには国を守る騎士団の団長を始め、部隊の隊長や現役の騎士、卒業生の家族など、多くの人がいた。その皆の注目は卒業生の先頭をオレンジ色の髪をポニーテールにし、騎士学校の制服に紫の紋章を付けて歩く人物に集まっていた。
卒業生は指定された場所に立ち、前に立つ学長に最高礼をした。
「これより卒業式を始める。では、首席卒業者、登壇!」
「はい! モーリス・ファイ、登壇致します」
「あの時の君がとても凛々しくてさ、一目でうちに欲しいって思ったんだよね」
騎士として出勤した初日に急な部署変更に合うこととなったファイは、騎士団の中でも権力のある(兄曰く)ギルと共に騎士団敷地内を歩いていた。
「ですが、ギル隊長と私は初見ですよね? 大丈夫なのでしょうか。私のような新人を受け入れてしまうと、足を引っ張ってしまう気がします」
「大丈夫、大丈夫。誰だって最初から完璧には出来ないんだから、それを俺達が求めてもしょうがないでしょ。完璧に出来るように育てることも、俺ら上司の務めだからね。だから、気にしない」
子供を励ますかのように、ギルはぽんぽんとファイの肩を叩いた。
「それにしても君の上司になるはずの人には申し訳ないことをしちゃったな……。きっと落ち込んでいるだろうに」
「えっ? そうなんですか?」
騎士学校を卒業したばかりの新人騎士にそのような価値があるのかと、ファイは改めて疑問に思った。その質問にギルはニッコリと微笑んで応えた。
「当然だよ。首席卒業ということはその実力は信頼できる。だから、隊としても成果を上げられる可能性が高くなり、よってその隊の隊長は出世し易くなるって感じだよ」
「……なるほど」
「だから、悪いことをしちゃったなって。きっと君の上司になる予定だった人は、君が来ることを知って相当喜んだと思うよ。ようやく自分も上に行けるってさ」
首席卒業という名誉は、外では私利私欲の道具となるということをファイは理解した。自分が求められているのではなく、自分に付いた看板に人が寄ってくるという事。今自分が立とうとしている場所がどのような所なのか、少しだけ分かったような気がした。
「まあ、俺は君を見て欲しいと思ったのだから、そういった人達とは違うけどね」
ファイの考えていることを見透かしたように、ギルが話を続けている。
「でも出世したいなら実力でって思うけどね。部下の力で上に上がろうってのも騎士としてどうなんだか。あ、そこの扉を開いて外に出たら、ようやく俺らの仕事場が見れるよ」
ギルが言った通りに扉を開けて外に出ると、目の前には大きな建物がある。その建物に向かって歩いていると、扉が開いた。
「あ、ルーファス様!」
ファイは出会えた喜びを表すように、明るい声で建物から出てきた人物に駆け寄った。相手の顔もファイの声に促されて、笑顔で応えた。
「やあ、久しぶりだね。相変わらず元気そうだね、ファイ」
「はい! 元気にしています」
「ああ、ギル隊長もご一緒でしたか。今日は朝方までお疲れ様でした」
「いや、こちらこそご迷惑をおかけしました。すみません、ワガママを言ってしまって」
「あれ? ルーファス様とギル隊長はお知り合いですか?」
「あ、ああ。知り合いも何も、俺が最初に配属された部署の当時の隊長がルーファス様なんだよ」
「へー、良いですね。私もルーファス様の部下として働きたいです」
「そうかい? なら、今からうちに来るかい?」
「えっ! そんな、やめて下さいよ。じゃないと、今朝までの俺の頑張りが意味無くなります」
「あーそうだったなぁ。どこかの誰かさんが団長にしつこく引っ付いているから、私まで巻き込まれて今日は徹夜ですよ」
大きく溜息をつくルーファスにギルは本当に申し訳なさそうに頭を下げていた。よく見ると、ルーファスの目の下にもクマがある。
「今回の件については、どうしても譲れなかったので……。ありがとうございました」
「私にではなくて、きちんと後で団長にお礼を言って下さい」
当然ですと言っているようにギルは頷くと、ルーファスも応えるように頷いた。
「それにしても、なぜファイとルーファス様は知り合いなの?」
「あ、それはルーファス様が私の後見人だからです」
「えっ? ファイの両親は騎士じゃないのかい?」
騎士学校に入学するためには一定の条件がある。その一つが騎士の称号を持つ人からの推薦である。親が騎士であれば難なくクリアできる条件ではあるが、それではない場合は誰かに後見人をお願いしなければならない。
「はい。私の両親は騎士ではないので、ルーファス様にお願いしたんです」
「ええ、ファイの父親は騎士学校での同期だね、それでお願いされたんだよ」
「ルーファス様の同期って……、ではファイの父親はあのモーリス先生ですか!」
「ああ、その通り。あの有名な騎士学校の卒業式当日に、騎士にならないで大学に行きますって羽ばたいた奴の娘さんがファイなんだ。娘をよろしくと常々言われていたからね……」
普通であれば皆の憧れである騎士になるために騎士学校に入るはずなのだが、ファイの父親は違っていた。騎士学校で首席卒業したら大学の行っても良いという親からの条件を達成し、彼は大学に入り現在大学の教授をしている。
「だから、あんなにうちに入ることを認めなかったんですか……?」
「そうですね」
ファイを自分の部署に入れるために団長に直談判していた時に、一番反対をしていたのがこのルーファスだった。その理由が今ようやく分かったのである。
ルーファスは鋭い視線でギルを見た。
「だからですね、ファイのことよろしくお願いしますよ。ギル隊長」
その瞳と声色から、もしファイに何かあったら許さないですよと力強く言われているように、ギルは感じた。
「任せて下さい」
ギルは簡単な言葉ではあるが、ニッコリ笑顔で応えた。
彼はいつもそうであるーーどんな逆境に立たされていても、彼が笑顔を見せた時は本気である。若手の騎士の中で最も実力のある人物。この男に任せておけば、ファイも大丈夫であろう。
「ええ。任せましたよ。では、私も仕事があるから部署に戻るよ。もし何かあったら気軽に言いなさい、良いね、ファイ」
「はいっ! ありがとうございます」
ファイは深く礼をし、ルーファスの後ろ姿を見送った。
「さてと、ようやく君の仕事場に着いたよ!」
ギルは建物の重々しい扉を開いた。ファイは入ることを促されて室内に踏み込むと、たくさんの本や本棚が所狭しとそこにあった。
「ファイ、ようこそ! クロスフォード王国の善と悪を管理する王国騎士団機密部へーー」