君が賭すモノ
「ねぇ・・・いま何時だっけ?」
長く暗い廊下の先。赤く光る明りに目を向けたままで、男は何度目かの質問をした。
「俺が知るか。看護師さんにでも聞いてこい。夜勤ってやつで残ってる人が、一人ぐらいは残っているだろさ」
申し訳程度に廊下に設置されているソファーに腰かけた大柄の男は、問いかける男の後ろを指差し、くだらなさそうに言葉を返した。
その言葉に一度は振り返り、言った方を見つめるも「遠いよ」とかすれるように呟き、呆然と遠くの明りに視線を戻す。
「行かないならいい加減、座ってくれないか?落ち着かないんだ」
大柄の男はうろうろと歩き回る姿にいらだちを感じているように見える。
「どうして、なんでリーダーはそんなに落ち着いて構えていられるんだ?」
問いかけに被せるように放つ声に、焦燥と、苛立ちと、それに焦りさえも混じる。
「次は僕らが、萌黄みたいになるのかもしれないんだぞ」
落ち着いた様相を取り払い、ついには声を荒げてしまう。
いらだつ男が見つめる先には、『手術中』と照らされた電灯が一つ。
「萌黄は、死ぬわけではない。そうだろ、青」
返されるは落ち着いた声で、まるで当たり前のことだと言わんばかりに、平然として放たれるその言葉。
「それが、今の全てだ」
青と呼ばれた男は振り向きながら、手を広げ、興奮したように、座っているその友人に正対する。
「萌黄はまだ26歳で、登録していたのは肺の半分。これからの生活に支障が出るのは確実だ。それは分かっているだろ」
「だが同意したのは萌黄自身だ!違うか?」
確かにそうだ。
でも、受け止められない。
「なぁ、、、僕たち、どうなるのかな?」
答えのない質問を投げかける。
「知らん。政府にでも駆け込んで、聞いてみろ「これは夢ですか?」とな」
リーダーの登録している臓器を、僕は知らない。チームの誰も知らない。
しかし、一緒にいれば必然と分かることがある。それは「萌黄の登録臓器よりも、レアリティが高い」ということだ。
もちろん僕の登録臓器『肝臓の1/3』よりも、、、
「ボンッ」という、ランプの消える音が響いた。
ランプが消えたことにより、さらに暗くなった廊下。
その時、不意に誰かに哂われているような気がした。
「これは俺たちへの警告だと思うか?」
沈黙を保ってきたリーダーからの突然の問いかけに、僕は返すことが出来なかった。
「ゲームのクリアをさせないための、その妨害だと思うか?」
顔を上げたリーダーの瞳が僕の視線を捉えてる。
「先日、俺らが倒したジャックは、初めての絵柄だ。まだ残り11体いる」
鈴鹿が入院した二日前に倒したボスの一体『♣(クラブ)のジャック』
「これからも謎を追うなら、あと最低でも11回は覚悟しないといけない」
ジャックを倒した瞬間の喜びは、今じゃ欠片も僕の中に残っていない。
「もし、最後の一体を倒しても、そこに真実があるとも限らない。そもそもゴールがあるのかも分からない社会の謎に俺たちは挑んでいる。
辞めるなら今だぞ、青。辞めても誰も止めはしない。いや、俺がさせない」
不安しか浮かべていない僕の目を、リーダーは見つめながら続ける。
「しかし、もし辞めないならば、俺は歓迎しよう。ホームで、待っている」
天秤が脳裏に浮かぶ。
この先に進みたい気持ちと、踏み込むことをためらう気持ち。その両方が乗る天秤。
僕はどうしたらいい。
萌黄、君はどうする。
「ガチャ」
手術室の扉が開き、光が漏れ始めた。
立ち上がったリーダーがゆっくりと扉のほうに歩いていく。
僕はぐちゃぐちゃになった心を押し殺し、とりあえず今は萌黄の姿を、とリーダーの後に続くしかなかった。
2032.10.5 世界は優しくない。
モノに溢れ、世界は飽和した。
より快楽を、遊びを、そして刺激的な何かを求める末に、人は自らのカラダすらもBETする。
どれだけ自身を『死』へと追いつめられるか。
それが狂った今を楽しむための、唯一の方法。
そして、デジタルな敵を倒すためだけに、僕の彼女は『肺の半分』を摘出した。
もし、君がこの狂った世界に疑問を持つなら、
自らをBETしてでも、その疑問に立ち向かいたいなら、「ホーム」へ向うといい。
きっと、僕らのリーダーが歓迎してくれるはずだから。
さっきまで、僕もそっちにいたんだけど、やっぱり無理だ。
ごめん、抜けるよ。
みんな、長生きしてね。