表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

闇に生きる者

新たな世代

作者: 齊藤さや

 肌寒くなってきて、そろそろ雪も降りそうな季節になってきた。じきに暖かい服を一着買わなきゃ、両親に天国で心配されてしまうかもしれない。お父様、お母様と立て続けに流行りの病に倒れてから付きっきりで看病していたけど、それももう一年近くも前のことになっていた。けれども初めて一人で迎える冬は、他のどの季節よりも寂しい。三人で暮らしていた時は狭いと思うこともあったはずなのに、いくら暖炉の火を焚いたところで寒々しい程に広く感じるばかり。

 日も落ちかけて部屋の中も暗くなってきたので、暖炉に寄って明かりも兼ねる。木のぜる音を聞きながらじっと火を見つめていても、浮かんでくるのは両親との幸せな日々。ふと意識を現実に戻すと、頬が濡れていた。いつの間にか涙を流していたみたい。この頃涙は落ち着いてきていたのにな。




 コンコンコン




 出し抜けに背後のドアから急ぐノックの音が聞こえた。慌てて涙をぬぐい、訪問者の予想を立てながらドアを開けに行く。


「どなた様ですか?」


 開けながら笑顔で言ってみたけれど、目の前には見知らぬマント姿。つばの長い帽子を被って俯いているせいで顔が見えない所がちょっと怖いと感じてしまう。開けたドア隙間から寒気が流れ込み、マントがそれに合わせてなびく。


「お嬢さん初めまして。いや、この道を通りかかったら、女性のすすり泣く声が聞こえてきてな。どうしたものかとドアを叩いてしまったという訳だが、正しかったようだ。どうかいたしましたかな?」


 心地よい低音の声で引きつった笑顔がほぐれていく。


「何もありません。少し感傷に浸ってしまっただけで」

「はて、目元が大層赤くなっておりますが……。辛いことも他人に話せば軽くなるというもの。これでもお嬢さんよりは長く生き、人生経験も豊富だと自負しておるがここはひとつ、我輩にお嬢さんの話を聞かせてはもらえないだろうか」


 帽子の合間から覗く瞳が鋭く光った気がした。でもその鋭さは怖さよりも、言葉通り多くの人を見、苦難を乗り越えてきたと感じさせる強さがあった。せっかくのチャンスだし、頼ってもいいのかもしれない。そう考えた時には手が動いていて、彼が入れるくらいまでドアを開けていた。


「中で聞いてくださる? 外は寒いでしょうし、なにより私も寒くなってしまって」

「お気遣い感謝だ、お嬢さん」


 彼は私がドアを閉めるなり右手を取って跪き、手の甲に軽くキスをした。驚く私に彼は首を傾げる。


「今ではこのような"古風な"挨拶はしなかったかな?」

「いえ、今まで機会に恵まれなかっただけです。古風だなんて……」

「つまり我輩が最初ということか、こんな者で申し訳ない」


 苦笑いしつつそのままの姿勢で帽子を脱いで頭をさげる。私はその行為よりも、彼の波打つ金色の長髪と、声の印象よりもずっと若い、端正な顔立ちに見とれてしまった。


「いいんです、貴方が最初で嬉しいんですから」

「それは我輩も嬉しいですぞ」


 にっこりと笑いかけてくれた。赤面しちゃっていないかしら、ちょっと心配。


「お嬢さん、座って話を聞いてもいいかね?」

「ええ、すみません。少しぼうっとしてしまって。こちらへどうぞ」


 椅子はいまだに三脚置いてある。ちょうど暖炉の前に二脚並べてあったので案内する。近くには来たものの、座らずマントを一度はためかせながら注文を述べた。


「先に、どこかマントを掛けられる場所はありますかな。座るには(いささ)か邪魔なものでね、これが」

「掛けてきますので、お預かりしてもよろしいでしょうか?」

「ご親切にどうも」


 はらりとマントを脱ぐと、私に差し出される。受け取って外套掛けに掛けに行きながら少し観察してしまったが、見たこともない生地で出来ていて、とても長い間使われているようだった。所々穴が空いていて、裾はだいぶほつれていた。服くらいいつでも買えそうなだけに意外だ。

 マントのことは顔に出さないようにして、私も椅子に座る。促されるまま両親のことを話していると、またも涙があふれてきてしまった。


「見知らぬ人の前で泣くなんてみっともないですよね、すみません」


 俯いてなんとか声を絞り出して伝えると、不意に頭を撫でられた。顔を上げると、彼と目が合った。


「いやはや、一度にそう災難が重なったとは、さぞかし寂しい一年だったのだろう?」

「……はい」


 いっそう涙が出てきてしまい、嗚咽が抑えられない。彼が腕を広げたのを合図に、胸に飛び込んでいってしまった。体や包んでくれた手が冷たかったことに驚いて一度震えてしまったけれど、心は暖かくなった。冬なんだし変なことじゃないのにね。でも自分じゃない誰かと触れ合うのなんていつぶりだろう。


 私の呼吸も落ち着いた頃、彼が家の奥へと私を連れたまま歩き出した。ある場所で立ち止まると、私は背中から持ち上げられた。お姫様抱っこっていうものなのかな。着地した先はやわらかい、ベッドの上だった。


「寂しさは、誰かが傍に居た方が紛れるであろう?」


 そう言って彼もベッドに入ってきた。父親以外の殿方と同じベッドに入るのは本来であれば結婚するまでいけないはずなのに。拒否の言葉も動作もしたくはなかった。彼は私の髪を撫でながら自身のことを話し出した。


「我輩も永いこと独りでな、お嬢さんの気持ちは痛い程解るのだよ。両親も友もおらず、あちこち彷徨(さまよ)い歩いたものだ」


 仮装パーティーの話、吹雪のせいで洞窟に閉じ込められた話、遠い国の戦争の話、どれも聞いたことの無いもので不思議な話に思えた。ただ、面白い話のお陰で涙はすっかり乾いた。


「お嬢さんは笑顔が似合うのだな」


 微笑みかけた彼の顔がどんどん近くなってきて、ついに頬に柔らかいものが触れた。この一回を皮切りに、唇、首すじ、とどんどんキスされていった。私はもうとても恥ずかしくって、顔が熱くなってしまったじゃない。



 暖炉の火も消えてどのくらい経ったか分からないけれど、彼は私の上の服を脱がせて、それから彼自身もシャツを脱いだ。彼の身体に触ると、ざらざらしている場所があった。気になって目を凝らしてみてみると、脇腹辺りに大きな傷跡があるのが分かった。傷跡をなぞるように撫でながら彼に尋ねてみる。


「この傷、どうしたんです? 辛くなかったんですか?」

「それか、昔小僧に切りかかられてな」

「切りかかられたんです!」

「ああ。傷自体は深くなかったから良かったものの、剣が錆びていたようでな、こうして痕になってしまったのだよ」

「まって、左肩にも傷があるじゃない」


 線のようにまっすぐ皮膚が赤くなっている。こっちも痛々しい。


「待つもなにも、こっちは大したことない。さっき戦争の話をしただろう?」

「はい。まさか……」

「その時の流れ弾――弩だから矢か、それが掠めただけだ。なに、そんな深刻な顔せんでよい。雰囲気が台無しではないか」


 彼は私を抱きしめると、またキスを浴びせてきたので、お喋りどころでは無くなった。






******************








 起きると、彼はすっかり消えてしまっていた。痛みと疲れからか良く寝ていて、とっくに昼をすぎていた。おぼろげな記憶を辿ると、

「子が12歳になったら、また此処に来よう」

と言っていた筈だったけれど、まさか本当にいなくなっているとは思わなかった。生活費だと言って袋一杯の金貨を置いていたけれど、ずうっと一緒に居てくれるなんて考えていたから、また一人の生活がいつも以上に悲しいや。子供が生まれるかなんてわからないのに。……わからないといえば、彼の名前を聞くのを忘れていたわ。想い人の名前を知らないなんて。







*******************




 ねえ彼、おひさしぶりです。ええっと、この日記はあなたがもどってきたときになにがあったかかくためにはじめました。あなたのために字をならったのよ。

 まずかかなきゃならないことがあります。わたし、にんしんしたの。9か月だそうです。おなかもわかるくらい大きくなったの。名まえもわからないけれど、あなたの子です。大せつにそだてますからね。

 みじかいけれど、つかれちゃったので今日はここまでにします。




*******************




 体調がよくなかったので、きのうは日記おやすみしました。きのうこども、生まれましたよ。男の子です。イヴァンと名前を付けました。彼と同じ金髪で、耳が少し尖っています。家の近所には金髪の人がいませんし、洗礼も受けてないですからね。産婆さんから変な目で見られてしまいましたが、そんなことじゃくじけません。目は私の色、青色です。なかなか寝付かなくて、もう深夜になってしまいましたがこれだけは書いておきたかったんです。

 やっぱり12歳になるまでは会いに来てくれないんですか? ちょっと悲しいですが、ちゃんと元気に育てますからね。



*******************




 あと3か月で12歳です。イヴァンは私の身長を超えました。ただ最近力加減がわからないようで、友達を怪我させてしまうのが心配です。それと、近所の人から十字を切られるようになりました。洗礼を受けさせなかったのがそんなにいけないことなのでしょうか。よくわかりません。

 心配事といえばもう一つ、イヴァンがここ一か月ほど食欲が落ちていることです。明日お医者様に診てもらおうと思っています。解決すると良いのですが。




*******************




 お医者様の所に行ってきましたが、何なのでしょうか。私が食欲が無いと伝えるとイヴァンの口を開けさせ、観察すると途端に十字を切りました。イヴァンに牙が生えていると言うのです。私が見た限り、ちょっと糸切り歯が長いだけに思えるのですが。他のお医者様に診てもらおうと思いましたが、イヴァンが「もう眠いし、元気だからいいよ」と言うのでやめました。



*******************



 今日は近所の子に怪我を負わせてしまいました。いつもはあざくらいで済んでいたのですが、相手の子は血が出るほどの怪我でした。というのも、イヴァンが「僕のこと悪魔って言ったんだよ。向こうが悪いんだ」と珍しく泣きついてきたので、私も向かったんです。イヴァンはもう会いたくないと家に残りました。謝ってなんとか許してもらえましたが、イヴァンは部屋から出てきません。食事もやっぱり要らないそうです。

 あと一週間二人でやっていけるか心配です。早くあなたに会いたいです。



*******************
















 お母さんが「誕生日おめでとうイヴァン。今日はあなたのお父さんが帰ってくる日なのよ」と声をかけてくれた。こんな日でも僕の部屋に無理やり入っては来ないから安心できる。

 ただ僕はお母さんには言ってないことがたくさんある。やつれてきてるお母さんをこれ以上心配させたくないからね。お母さんは、僕がいじめられているから閉じこもっているんだと思ってるんだろうけれど、全然違う。自分が怖いんだ。どんどん伸びてくる犬歯に、他の子より圧倒的に強い力。なにより、熱が出るならまだしも、日に日に体温が下がっていっているんだ。

 そんな中で、会ったことも無いお父さんに会えだって? どうかしてる。追い打ちをかけるようで言えないけれど、お母さんもそろそろ捨てられたって気づくべきだよ。12年だよ? 現れる訳がない。






 ほら、もう夜になった。声が聞こえなくなったから、お母さんは泣きながら寝てしまったみたいだ。最近は朝眠い代わりに、夜寝付けないからしばらく起きているけど、きっと誰も来ないさ。僕のせいか、誰もこの家に寄りつかなくなったし。




コンコンコン




 誰だ? もしかして、お父さんなのか?




コンコンコン




 またノックの音だ。出た方がいいよな、部屋の扉を恐る恐る開けると、玄関の扉も開くところだった。お母さんを起こさないように低い声で、入ってきた相手に言う。


「誰だお前は」

「お前、とは大層な口をきくように育ったのだな、息子よ」


 これまた低い声。怒っているように聞こえるが、顔は笑っている。僕の犬歯よりもずっと長い歯を見せるようにして。


「息子よ、迎えに来たぞ。か弱い人間の側で生活するのも気苦労が多かったであろう。無理に食事をとらされたりはしなかったかな」

「急になんだよ、そもそもお前は本当に僕の父親なのか? 名前も知らないくせに」

「ほう、名前か。懐かしいな。我輩も母親に付けてもらったような気がする……

が覚えておらんな。息子よ、今日からは『ドラキュラ六世』として名乗るがよい。別に偽名を使っても構わんがな。そうそう、当然我輩の名はドラキュラ五世だ」

「ドラキュラ? なんでそんな……」


 僕が嫌そうにしているのを聞くと、父と名乗る人は声を出さずに笑った。更に嫌な顔をしたのを見ると、謝った。


「いやあ、すまん。そんなに嫌かと思ってな。まあ名前など誰にも会わんだろうし当分はどうでもよかろう。それよりも、だ。我輩と共に行くぞ。我輩が生き方を指南してやる。このままでは力を持て余しているだけだろうからな。ひょっとすると死んでしまうかもしれんし」

「それよりも、本当に僕の父親だというなら、お母さんに会わなくていいのか? この12年間ずっとあんたの事を思っていたんだぞ」

「そうかそうか、そんなに恋しいなら最後の別れでもしてきたらどうだ?」

「お前に会うのを待ってたんだぞ、お母さんは」

「人を見る目が無かったとしか言いようが無いな。まあ、我輩が考えていた通りだったわけだ。ただな、息子よ、我輩が此処から去っていたのは、あの女の為でもあるからな」

「なぜだ」

「我輩が人ではない、吸血鬼だからだ。この地ももう何百年も訪れている。そんな輩があの女と共に住んでいたらどうだ、同類と思われてしまうではないか」

「僕は、僕は悪魔とののしられ、周りから十字を切られた。僕がどうなっても構わなかったのか」


 相手はまた笑った。笑いながら、つばの長い帽子を取った。ウェーブのかかった長い金髪が露わになった。長さは違えど僕の髪と同じだ。


「それは当たり前だ、息子よ。本当に悪魔なのだから仕方がない。周囲にこの髪の人がいたか? いないであろう。この辺りの地域では、金髪は忌み子とされているそうだからな、性質云々の前に忌避されるだろうよ」

「それはお前が何かしたからじゃないのか」

「故郷では"食事"する気も失せる。我輩でなく先代がしたのであろう。やはり記憶にはないが我輩も恐らくこの髪には苦しめられたのだろう。今は単に目につくと面倒だから隠しているのだよ。さて、髪の話しはこのくらいにして、そろそろこの家を発とうと思うのだが、準備はいいかね」

「どこへ行くんだ? そしてなぜお母さんの側にいる」

「どこ、か。人のいない山奥か森にでも行くつもりでいる。そしてこの女にはここで一生眠っていて貰おうと思っていたのだが、ご不満かね」


 お母さんを殺そうとしていたのか。そんなことはさせないと、手を引きどかせようとしたが、びくともしない。


「無駄だ、若造が。安楽死という言葉を知らないのかね。我輩が来ず、最愛の息子も消えたとあっては、この女の気が持つとは思えん。いっそ楽にさせてあげようかと思っていたのだが、そう頼まれては生かしてやらんでもない。顔をみられた相手は殆ど消えて貰っていたのだが」


 恐ろしいことを言う人だ。こんな人についていける訳が無い。


「うむ、頑なに行かんという顔をしているが、我輩はなんとしても連れて行くからな。それにだ、お腹が空く頃合いでは無いのかね。初めてでは"食事"もままならんだろうから、手伝ってやろうと思ったのだが」


 お腹が空いてきたのは事実だった。だが、食べ物は口にしたくない。この飢えを満たすものを知っているというのか。


「何を食べるんだか気になっているようだな。我輩達は先ほども伝えたように『吸血鬼』だ。ならば食事は"血"に決まっておろう」


 血、自分にも流れているもの。そして、以前ダグラスを怪我させてしまったときに見たもの。そうだ、あの時赤い血が流れるのを見て、僕は……僕は……。





 僕は美味しそうだと思ったんだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ