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みんな知っているとは思うがこの世界には異能者と呼ばれる特殊な能力を宿した新人類がいる。
一昔前の呼び方でいうなら超能力者といったほうがいいかもしれない。
二十年ほど前から一気に増加した異能者達は当初こそ国に保護、管理されていたが二十年経った今では何も珍しいものではなく、普通の人間と同じように暮らしている。
異能は初めこそ普通の人間からすれば脅威でしかなかったが、異能者の多くはさほど大きな力を持っていないと判明し、更に一部の異能者の能力が人類に役立つと分かってからというもの異能者の扱いは変わった。
ある企業は異能者であることを採用の条件にし、とある国の軍は異能者専門の部隊を設立した。
今では異能者であることが一種のステータスとなっており、異能は資格のような扱いをされていた。
だがその一方で異能者を異端視する宗教も多く、異能者狩りと称した虐殺が世界各地で起こっていた。
比較的治安の良いと言われる日本でも過去数件あったほどだ。
「おめでとう。君は今日から異能者だ」
ここで一つ言っておきたいことがある。
異能者とは生まれながらにしてそうなのではなく、精神が成熟すると共に唐突に発現する。
その多くは十四歳から十八歳の間に発現し、能力の有無、或いは能力の内容で将来が左右されると言っても過言ではない。
「本当にめでたいよ。何せ君は世界初のランクSSSの異能者だからね」
だがそれは普通の異能者であればの話だ。
強すぎる異能を持てば話は別。
それらを巡って様々な勢力が動き出し、結果として争いが起こる。
紫藤雪弥は今まさにその渦中にいた。
やられたらやり返す精神であらゆる勢力のあらゆる策をその力でねじ伏せてきた雪弥はいつの間にか世界の敵という扱いになっていた。
世界中のどこの街に行っても指名手配のビラが貼られ、世界中のどこにいても翌日には暗殺者やら、軍隊やらが派遣されてくる。
そして今回送り込まれてきたのは軍隊、おまけで刑事が一人ついてきているようだがどうでもいい。
普通の犯罪者であれば軍に包囲され、数百の銃口を向けられれば降伏するだろうが核すら防いだ男に銃など意味がないことなどこの場にいる誰もが感じていた。
それ故に刑事だ。
紫藤雪弥の居場所を嗅ぎ付ける嗅覚とその行動力から説得にと抜擢された場違いな存在。
「紫藤雪弥、いい加減諦めたらどうだ?」
「諦める?何を?」
「逃げることをだよ。君は一体どれだけの人を傷つければ気が済むんだ」
「はぁ?」
「君はあれだけの人を殺しておいて、まだそんなことを言うのか!!」
「......うぜえよ」
某怪盗三世を追いかけまわす警部のような役回りを期待し、生かしておいたがやはりアニメはアニメでしかなかったらしい。
首から先がなくなったおバカな刑事の胴体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
一瞬の出来事だ。
この場にいる誰にも何が起こったのか理解できなかっただろう。
だが目を向ければそこには横たわる刑事だったモノ。
「う、うわああああ」
誰が上げた悲鳴だっただろうか。
それは波紋のように広がり、場を混乱させるには十分すぎるものだった。
鳴り響く悲鳴や怒声、乱射される銃の音、それがまた雪弥を不快にさせた。
「何、こんな場所で撃ってんだよ」
市街地と呼べるほど大きな街ではなかったが、今いるこの場所が街の中心部であることに違いなく、そんな場所で銃を乱射すればどうなるかは言うまでもない。
「くそがっ」
市街地で襲撃してくるとは思っていなかった自分の甘さと、たった一人の人間が目の前で死んだ程度で取り乱す兵士のレベルの低さに舌打ちをしながらも、何の関係もない一般市民を巻き込まない為に雪弥は結界を張った。
「氷結ノ結界」
野次馬と軍を隔てるようにドーム状の結界が張られる。
外へと撃たれた銃弾は結界に触れるとその場で凍結した。
また、逃げ出そうと結界に触れた者も同じように氷の置物と化した。
「雪?」
兵士達に動揺が走る中、一人の兵士が空から降ってきた白い結晶に気付く。
季節は春だ。
季節外れ、そして場違いなそれに思わず手を伸ばす。
「ただの雪か」
手のひらに乗せ、溶けるように消えた結晶を見て兵士は安堵するが、すぐに異常に気付く。
「寒い?」
まるで体の内側から凍り付いていくような感覚。
足から徐々に感覚が失われ、腰、胸、腕、首、最後に頭と感覚が消えていく。
兵士は最後に声を出すことも出来ず、一瞬の内に見事な氷の彫刻へと姿を変えていた。
「た、助けて」
「ここから出してくれえええええ」
結界を破ろうと銃を乱射するが、結界が破れることはなく、結界に撃たれた銃弾の数だけ新たに結晶が降り始める。
お土産売り場でよく目にするスノードームを参考にした結界。
結界に振動、或いは攻撃を加えると発生する雪はまさにスノードームそのものだった。
結界に触れれば凍り付き、攻撃しても凍り付く、脱出手段は一つだけ。
術者を殺すこと。
だがそれはどう足掻いても不可能だ。
何故なら術者は、紫藤雪弥は世界最強の異能者なのだから。
街の中心部に巨大なスノードームを作成してから数分後、雪弥は日本にある隠れ家へと戻っていた。
冷蔵庫からビールを取り出すとパソコンを起動し、メールを確認する。
「治療の依頼が三件と、ん?誰だこれは」
それは見慣れないメールアドレスからのものだった。
差出人は『女神』と身に覚えがなく、内容はぶっ飛んでいた。
『私の世界に避難しませんか?』
この差出人は女神にでも成りきっているのだろうか?
少しばかり差出人の精神状態を気にした雪弥だったが、すぐに興味を失う。
どうせ自分に興味を持ったどこぞのクラッカーが悪戯にメールしてきたに違いない。
雪弥はベッドの周囲に最上級の結界を張り、眠りについた。