悪夢
人型の化物がこちらに少しずつ近づいてくる。
その状況に頭がパニックになりながら、改善策を考える。車で突進するか? いや、こんな森の中じゃ、不意打ちでもなければ、機動性にかける車の突進が当たるわけがない。じゃあ。格闘で倒すか? 今まで平和を享受していた俺たちが、喧嘩で勝てる確信が持てない。
後ろの双子を見てみるが、武器になりそうなものは持っていないし、あの化物がトラウマになっているのか、顔を真っ青にして震えているばかり。
「まずい……。姉ちゃん、なんとかならないのか!? 」
全く改善策が浮かばず、姉ちゃんに託す。
「わからないわよ!! ……いや、方法ならあるかもしれない… 」
「!? それは何なんだ!? 」
「あの化物は、目全体が赤い、多分この暗闇に対応するため、常に瞳孔が開かれた状態なんだわ……ということは、光に弱いかもしれない……。」
だんだんと近づいてくる恐怖に焦りながらも、改めて化物を見る。確かに、あの赤い瞳が人間で言う瞳孔だったら効果があるだろう。よく見ると、わかりにくいが車のヘッドライトを避けながら歩いて来てるようにも見える。でも、車のヘッドライトで狙うのも難しいだろう……。
「わかった……。じゃあ俺が懐中電灯で化物の目を照らしてくる…… 」
「大地!? 危ないわ! せめて、車内から当てれば……」
「そんなんじゃ、うまく当てられない!! 絶対に無事に帰ってくるから待っててくれ」
そう言うと、まだ何か言いたげな姉を無視して、懐中電灯を掴むと、車のドアを開け外に出る。
化物もそれが見えているようで、こちらを見開いた赤い瞳で見つめてくる。
俺は、すぐさま持っていた懐中電灯を化物の目に当てようとスイッチを押し、化物に向ける。化物は、考えどうり、光に弱いのか真横によける。
こちらを襲ってくるかと身構えたが、避けた先で止ってしまう。なぜ襲って来ないのかは分からないが、これはチャンスだと思い、恐怖を押さえ込んで化物に近づいていく。
近づけば近づくほど、その異様な姿が鮮明にわかるようになり、恐怖を掻き立てる。後ろに姉ちゃんとルリ、ついでに双子の兄弟がいると考えなければ、今にも腰砕けになり座り込んでしまうだろう。
化物までの距離があと五メートルの位置まで近づくと、化物は首をかしげ、こちらをギョロギョロとした赤い瞳で見つめる。
体が無意識の内に震えだすが、気力を絞って懐中電灯をゆっくり構えていく。
今度は、ライトをつけないで動かしているからか、俺が懐中電灯を構える動作をしても、首をかかげこちらを見たまま微動だにしない。こちらを見たまま動かない姿は、まるで俺のことを観察することで、何かを得ようとしているかのようだ。
化物の目に光が入る位置に構え終わると、懐中電灯のスイッチを押した。
「ぎゃあああああああ!!! 」
化物はまるで人間のような叫び声を上げながら目を抑えようと頑張るが、手が小さすぎるため抑えられていない。
ある程度光を浴びせると、叫び声が弱くなり、体が痙攣し始め、倒れた。
早く逃げようと車に戻ると、安堵した姉ちゃんの姿と眠っているルリ、こちらに尊敬の眼差しを向ける双子に迎えられる。
「なんとか、やったようね! 」
「すごいです! ダイチさん! あの化物にこれだけのダメージを与える魔具を使えるなんて! 尊敬します! 」
「僕もすごいと思います! 僕もダイチさんみたいになりたいです! 」
双子は、信じられないくらい俺を高く見てくれているようだ。それに嬉しく思いながらも、ここで呑気にしている訳にはいかない。
「とりあえず姉ちゃん。早く出してくれ」
姉ちゃんはそれに頷くと、車を発進させ、倒れている化物の横を通り、出口を目指す。
このまま順調に行くかと思ったが、いきなり車の後ろのほうが赤く光った。なんだ? と思って後ろを見ると、何時の間にダメージを回復したのか、化物が直径一メートルはある赤い光の玉をこちらに向けて放ったところだった。
あの光はやばい! と本能で感じた俺は、姉ちゃんが運転している車を横から乗っ取ると、ハンドルを思いっきり切って横に曲がる。赤い光は俺たちの車をギリギリ掠めていき、射線上にあった木の根元の少し上に当たった。赤い光は、少しの間消えずに、根元を残した木の下四分の一ほど侵略していき消えた。
光が消えた場所は木という物質すら消えており、木の上部が落ちてくる。
「!? 掴まってなさい! 」
姉ちゃんのドライビングテクは相当なもので、ギリギリのところで落ちてくる木を避けることに成功したが、車の進路が塞がれてしまい、森から、出られなくなってしまう。
倒れてきた木の根元側から回っていこうとそちらを見るも、赤い光が侵食しなかった根元部分は残っており、切り株のようになっていて車の進行を拒んでいる。
「なんだ今のは!? 」
「ダイチさん! 後ろ見てください! 」
ミミの発言に、俺は後ろを見てみると、化物が小さな手をこちらに向けて構えているのが見えた。
その手には、どんどん赤い光が集まっていってる。
「まずいわ! 木が邪魔で外に出られない! 」
「木を回っていけばいいだろ!? 」
「無理よ! ここら辺は大量に木があるのよ!? 無理に行けば、車が木にぶつかるわ!! 」
姉ちゃんと言い合っている間にも、化物は赤い光をどんどん溜めていく。
絶体絶命のピンチに俺は覚悟を決めた……。
懐中電灯を手に取ると無言で車を出る。膝の上で寝ていたルリはその衝撃で起きてしまい、こちらを無言で見上げている。その姿に微笑みながら、化物に走って飛びかかった。
化物の体は、ヌルヌルの粘液が出ていて、つかみにくいが、なんとか組み敷くと、驚いた顔をしたまま固まっている姉ちゃんに行けと合図をだす。
姉ちゃんは最初、動かなかったが、助手席で座っているルリを見ると車を動かしてくれた。俺と化物の横を車が通るとき、姉ちゃんとルリは泣いていた。後ろの席にいた双子は、抱き合っていたため顔は見えまかったが、悲しんでくれているのだろう。それが無性に嬉しかった。
車がいなくなると、組み敷いている化物の顔面めがけてパンチを繰り出すが、化物の顔は鉄のように固く、逆にこちらの拳から血が流れだした。
物理的な攻撃ではダメージを与えられないと考えた俺は、拳ではなく懐中電灯の光を化物の目に浴びせかける。
至近距離で狙い撃ちされた化物が叫んで暴れるが、拘束は解かない。懐中電灯を当てていると、少し弱ってきたのか、あまり動かなくなった。
力を緩めたると、俺の下で化物が舌を出してグッタリとしている。
「やったか。それにしてもコイツは何なんだ……」
なんとか、化物に勝つことができた俺は服を脱いで、二つに割くと、化物の手と足を拘束した。
先ほど俺の拘束から抜けられなかったところを見ると、力自体はそこまで強くないのかもしれない。
拘束が終わると、木が倒れたところに行き、よじ登ろうと考えるが、木の幅自体も五十メートルはあり、よじ登ることを断念する。
「どうやって森から出るか……」
そう考えていた時、後ろから大きな衝撃が襲ってきた。大きな浮遊感を感じ、次の瞬間には地面に叩きつけられ、息が止まる。
起き上がろうとしても、中々起き上がることはできず、肋骨あたりが折れたのか、血が口から吹き出てくる。
なにが起こったのかと後ろを見てみると、数メートル先に狼がいた。いや、普通の狼ではない。
大きさが二メートルはあり、俺より確実に大きい。体毛はなく、肌の色は真赤で、体の表面からは脈動した血管と筋肉が浮き出ている。口からはみ出る犬歯は分厚く、あれに噛まれたら、体中を磨り潰されながら死ぬことが明白だろう。太い足の先にある爪はまるで日本刀でもついているのかと言いたくなるくらい鋭利だ。
その姿は、狼というにはあまりにも醜悪だった。まるで肉狼といった感じだ。
「俺……喰う。人間……喰う」
あまりの醜悪さに、呆然と見ていると、低い声が聞こえた。その地獄から響いてきたかのような低い声と、まるで赤子のようにたどたどしい口調はアンバランスで怖気が走る。
「俺……喰う。人間……喰う」
また、聞こえたその声の出処を探ると、それは数メートル先でこちらを見ている肉狼の口が動いて発音されていた。