ソフィア
――なんだ? 光が見える……。
光はどんどんと近づいてきて、俺の身体中に巣食う虫を追い払っていく。さっきまでの、倦怠感と怖気が走るような気分が少しづつ引いていくのを感じながら、俺はその光を見続けた。光はさらに拡大していき、俺の世界を包み込む。
目を開けると、先程まで怨霊たちと戦っていた、ウーク山の頂きだった。
さっきまで俺の手を掴んで嗤っていた怨霊は、断末魔の悲鳴をあげてうずくまっている。その姿に恐れおののいているのか、他の怨霊たちは俺を囲んではいるが、襲ってこない。
「あ、れ? 俺は……。助かったのか? 」
「ダイチ! よかった……。っと、感動はあとです。さっき貴方の妹がダイチに向かって投げたものはどこにありますか!? 」
意識が覚醒してそうそう、ソフィアがそんなことを言ってきた。ルリが投げたものというのがなんのことかわからなかったが、周囲を見回してみると、銀色のコインのようなものを見つけた。
「これか? なんかのコインみたいだけど……」
「そ、れは……。そういうことだったのですね……。それで私はこんなところに……。ダイチ、よく聞いてください! そのコインを手に握り、あの亡霊どもへ殴りかかってください」
「殴りかかる!? さっきみたいになるのはゴメンだぞ! 」
「大丈夫です。そのコインは魔力を操作するものです。基本的には、周囲の魔力を拡散させる働きをしているはずなので、それをもって攻撃すれば、あの亡霊もひとたまりもないはずです! 」
俺は、改めてコインを見てみる。コインは銀色に光っており、盾のようなマークが描かれている。
俺は、それを怪我していない右の拳で握ると、近くにいた怨霊に飛びかかってパンチを入れた。怨霊は、動きが遅く避けらなかったようで、俺のパンチがモロに入ると、断末魔をあげて殴ったところから弾け飛んだ。
「これは……。よし! いけるぞ! 」
俺は、一体倒したことで戦える事を確信し、他の怨霊にも襲いかかった。怨霊どもは無表情な顔に、明確な恐怖を貼り付け逃げ出すが、左手の痛みと先程までの怖気の走る感覚を思い出すと、容赦しようだなんて微塵も感じなかった。むしろ、拷問して苦しめてやりたいくらいだが、ここは早く終わらさないと、ルリにも被害が行くかもしれないので、速攻片付ける。
「これで終わりか? 」
「そうです。お疲れ様でした、ダイチ」
最後の一体を弾き飛ばした俺に、ソフィアが笑顔で近づいてくる。といっても、コインの力があるので、2メートルくらい離れた場所で止まった。
「お兄ちゃん! 」
俺がルリに話しかけようとすると、ルリが飛びついてきた。
そう言えば、ルリがこのコインを掘り当ててくれたんだったな……。
「ルリのおかげで助かった……ルリは俺の命の恩人だな! 」
俺はそう言いながら頭をなでてやると、目をすぼめて気持ちよさそうにする。相変わらず可愛い妹だ。
「お兄ちゃん! ルリがこれからは守ってあげるからね! 」
ルリのその言葉に少し吹き出しそうになるが、気合で我慢した。まぁ今回はルリに助けてもらったのは確かだし、ルリも少しお姉さんぶりたいお年頃になったんだと思うと、とても微笑ましい気持ちになる。
「あぁ! ルリにはこれからもいっぱい助けてもらうからな! 」
ルリとの対話で、癒しと余裕を手に入れた俺は、さっきソフィアがコインを見て何か変なことを言っていたのを思い出した。
それに、コインがなんなのかを知っていたことからも、何か知っているはずだ。
「ソフィア……。さっき、コインを見て何を思い出したんだ? 」
「え!? いや、少し昔のことを思い出しまして……」
ソフィアは昔を懐かしむ……いや、悲しむ顔で答える。
これ以上踏み込んでいいものか……。いや、踏み込まないといけないんだ。
俺は、俺たちはこの世界のことをほとんど何も知らない……。情報を多く知っておいて損は無いはずだ……。
「よかったら教えてくれないか? 」
「…………いいでしょう。――私は今から遥か昔の人間です。これは、名前を聞かれた時も答えたので知っているでしょう。」
「ああ」
ソフィアは大昔の人間でここで死んだのだろうということは想像がついていた。その証拠にソフィアの目から血の涙が常に出続けており、この山での死に方と酷似している。
「今がどうなっているのかはわかりませんが、私の時代は中央のラグナロク帝国とその周りに防壁や砦がいくつも建設されていました。私は、最西端の砦であるウェストンで奴隷兵として過ごしていました」
ラグナロクという言葉は聞いたことがある。今でも中央の国だとか言われているところだ。
しかし、ウェストンが砦だったとは……。ほかを見てないのでわからないが、立派な国だと思っていたのだが……。
「なぜ、そんなに砦や防壁が必要だったんだ? 」
「え? それは、もちろん悪神ウィンストとウィンスト教のやつらからラグナロクを守るためですよ……。もしかして、今はもうウィンストの連中はいないのですか? 」
ソフィアは期待に輝かした顔で聞いてくる。
ウィンスト……。そう言えば、最初に赤い神殿にいたエリスが『我らが神ウィンスト様』とか言っていたな……。あいつらに父さんと母さんを……。
俺の顔が険しくなっていくのを感じたのか、ソフィアは敵が未だにいるのだと確信したのだろう、期待に輝いていた顔が渋い顔に変わる。
「やはり、未だに存在しているのですね……。いえ、これは仕方ないでしょう……。話は戻りますが、私は、元々ウェストンで奴隷兵として防衛をしていたのですが、ウーク山の魔力を越えようとする魔物が出始めたので、私たちも山の防衛に当たることになったのです」
魔物ってのは恐らく、一ッ目や肉狼なんかのウィンスト教が作り上げている化物のことだろう。
「魔物もここの魔力はキツいのか? 」
「? ええ、魔力とは、生物である限り影響を受けてしまいます。……いや、私たちのような死んだ人間にも影響を与えるのですから、もしかしたら神でも影響を与えられるかもしれませんね。といっても、神に影響を与えるならもっと濃い魔力が必要でしょうが……」
あの化物どもにも魔力を使った何かなら対抗できるということか……。ん? そういえば化物が出す赤い光はなんなのだろうか……。
「魔物が出す赤い光はなんなんだ? 」
「あれは、ウィンスト神から与えられている神力で、ラグナロクにある神力とは対になるものだと言われています」
「あの化物は人にウィンスト神の因子を注いで作ったから、ウィンスト神の神力の一端を使えるようになっているということか? 」
「え? どういうことですか? 魔物が人からできている? それはなんの冗談ですか? 」
ソフィアは血涙が出続けている赤い目を大きく見開いて、質問してくる。 あの化物が人から出来たと知らない? ……そう言えば、俺もあのエリスに教えられて知ったんだ……。
ソフィアには全部打ち明けたほうが話が明確になると思い、今までの全てを話す。もちろん、異世界から来たということもだ。
「そんなことが……。魔物は人……だったんですね……。……私はなんて罪深いことをしていたのでしょう……」
ソフィアは俺の話を聞くやいなや、膝を地に立てて泣き始めた。その顔は白い髪で覆われて伺うことはできない。
「ソフィア……。確かにあの中身は人だ。だけど、あの化物を倒さないと他の多くの人を助けられないなら、仕方なかったんじゃないか? 」
俺は心にもないことを言ってソフィアを慰める。俺だって、そんな風に割り切るなんてできないが、苦しんでいるソフィアを見ているとそう言ってやらないといけない気がした。
「そう……です、ね……。ありがとうございます。ダイチは強いですね……」
ソフィアはいつもよりも血の涙に濡れた顔を上げると、微笑んでこちらを見た。
俺は、そんなに強くないけど、ソフィアが立ち直ってくれてよかった……。
「また、話が脱線してしまいましたね……。私はこの山の防衛を任されたのですが、この山は知っての通り、生身の人間には辛い場所です。なので、魔力を操作することができる魔具である、オペロンのコインが支給されたのです」
なるほど、このコインにはそういった経緯があったのか。
「最近来る冒険者の方々はそう言った対処を全くしていないので、もしかしたらこの魔具は地上から無くなってしまったのかもしれませんね……」
「そうなのか……。だとしたらこの魔具はかなり有効に使えそうだな……」
俺はオペロンのコインを見てそう呟く。といっても、これはソフィアのものなので勝手に持ち出すことはできないが……。
「話を戻します。私はここで魔力により弱体化した魔物を数人の仲間たちと一緒に葬っていましたが、徐々に押され始め、最終的には負けてしまいました……。仲間たちが次々と殺され、私も致命的な傷を負ったとき、オペロンのコインを敵に取られるのはまずいと考え、大地に埋め、息絶えました」
それで地面にコインがあったのか……。しかし、数人の仲間もコインを持っていたのだとしたら、このコインのようにどこかに埋まっているか、ウィンスト教の者たちが持っていったのか……。
「ありがとう。辛い話を聞いてしまった……」
「いえ、いいんです。私も誰かに自分のことを知ってもらいたかったのかもしれません……」
ソフィアはそう言って薄く微笑む。
「お兄ちゃん達! お話が終わったならおねえちゃんのところに戻ろ! 」
ルリがそう話しかけてくる。たしかに、もうそろそろ戻らないと姉ちゃんが心配し出すだろう。
しかし、ソフィアをこのまま一人ぼっちでこの山に置いておくのは……。
「そういえば、ソフィア。このコインは魔力を操作するんだよな? 」
「? はい、そうですよ? 」
「それなら、ソフィアの周りだけこの空間と同じようにすることもできるんじゃないか? 」
俺がそう言うと、ソフィアは目を丸くして、驚きの顔を作る。
「た、確かに。可能かもしれません……。でも、私のような者がついて行ってもいいのですか? 」
ソフィアは確かに人間ではないし、血の涙をながし続けている姿は少し怖いが、俺たちを助けてくれた恩人だし、ウィストン教のことや世界のことについて色々知っているから仲間にいたほうが、俺的には嬉しい。
それに、ソフィアを一人ぼっちにするのは、少女という外見からも来ているのだろうが、罪悪感が半端ない。
「いいんだ。ソフィアがいてくれたら俺たちも助かる」
「そう、ですか……。では今後共よろしくお願いします」
ソフィアはそう言うと、満開の花のような綺麗な笑顔を浮かべて頭を下げた。
その顔は血の涙に濡れていようとも、文句なく美しいといえるものだった。




