ウークの花 - 中
「だ……い、ち? なんで……? どうして……こんなことに……」
姉ちゃんが居ると思わしき方向に走って行ってみると、姉ちゃんはゴツゴツとした地面に座り込んで泣いていた。
その手は何かを抱きかかえるように上げられており、俺の名前を読んでいる。その目はやはり、赤く染まっていた。
「姉ちゃん……。それは俺じゃないよ……」
「大地……。私が、身代わりになっていれば……。まだ高校生なのに、こんなになっちゃって……。こんな世界に来なければ……。父さんも母さんも……。なんで? なんでなの? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? ……」
俺が呼びかけてみるが、やはり効果はないようで、ひたすら『なんで? 』とつぶやき続けている。赤い目は光を灯しておらず、黒く綺麗だった髪はかき乱されていて、ぐちゃぐちゃだ。まるで、物語に出てくる山姥のような姿に、隣のルリも息を呑んでいる。
俺や、ルリが死ぬと姉ちゃんはこうなるのかといった悪夢を見せつけられている気分だ……。
俺は、これ以上姉ちゃんの壊れた姿を見ていたくなくて、ルリの時と同じように姉ちゃんに近づいていく。姉ちゃんは、俺が近づいても全く気づかず、何もない虚空を抱きかかえていたが、俺が肩に触れると、ビクッと震え、こちらを見た。
「だ……い……ち? なんで、生きてるの? これは幻? 」
「違うよ……。姉ちゃんは今まで幻覚を見せられてたんだ。俺が生きている方が現実だよ」
「お姉ちゃん……。大丈夫? 」
俺が諭すように言い、ルリが気遣わしげに姉ちゃんの背中を撫でていると、姉ちゃんの黒く戻った瞳に光を灯し始める。
「だい、ち。ルリ……。よかった……。ぐすっ、よかったよ~……ううぅぅぅ……」
姉ちゃんは正気に戻ったかと思うと、立ち上がり、俺とルリを抱きしめながら泣き始めた。その弱々しく幼げな姿に驚きながらも背中に手を回して撫でてやる。
「姉ちゃん、大丈夫か? 」
「ええ……ええ……ぐすっ、だいびょうぶよ……」
「お姉ちゃん……。元気出して? ルリもお兄ちゃんもげんきだよ? 」
涙いているせいで、うまく言葉を言えていない姉ちゃんをルリが一生懸命励まそうとしている。俺は、そんな二人を見ながら、背後にいる血涙の少女を見た。
血涙の少女は、こちらを見て微笑んでいる。その姿は、血の涙さえなければ、一つの高価な絵になっただろう。
少女は、微笑みながら上を指でさした。
「天頂に、……んな、……る」
天頂に他の皆がいるのだろうか? そう聞いてみると、少女は姉の時のようにう首を縦に振って肯定を示す。
姉ちゃんの方に視線を戻すと、相変わらず俺の胸の中に顔を隠しているが、泣いている気配はしない。耳が真っ赤になっていることから、顔を上げるに上げられなくなったのだろう。
「姉ちゃん、上に他の皆がいるみたいだから、また登るけど大丈夫? 」
「え、ええ……。大丈夫よ! ……って、その子は何!? 」
姉ちゃんも、血涙の少女を見て驚いている。そりゃ、見た目はかなりホラーだからビビるよな……と思いつつ、これまでの経緯を説明すると、何かを考え出した。
「赤い目の時に幻覚症状が起こっているということは、目に何かが関係しているということね……。そう言えば、行きは何もなかったのに、帰りに起こったわよね? 」
「そうだな……。という事は、頂上になにか関係しているのか? 」
「そうね……。頂上にはウークの花があった。そして、ウークの花は魔力を放出するのよね? ということは、この山から取れた魔力が頂上に充満していると考えていいと思うの。なら、魔力の過多によって幻覚症状があらわれたんじゃない? 」
姉ちゃんがそう言うと、血涙の少女は首を縦に降って肯定を示す。やはり、姉ちゃんが居ると、スムーズに話が進んでいく。
「じゃあ、頂上に登ると、また幻覚作用が引き起こされるんじゃないか? 」
俺が疑問に思い姉ちゃんに聞いてみると、姉ちゃんも流石にわからないようで血涙の少女に目を向ける。
すると、少女は自分の腕をパンと叩いて力こぶを作る。これは、任せてくれと言っているのだろうか。
「そうね……。この女の子に任せましょう。幻覚がかかる度に、体を叩いてもらえばいいでしょ」
「そうだな」
「むずかしい話はおわった? じゃあ、行こ! 」
ルリが退屈そうな顔から楽しそうな顔になると、俺の手を掴み走り出した。姉ちゃんと血涙の少女はそれを微笑ましげに見て歩いてくる。
頂上付近まで戻ると、花畑の中で双子とイサク先生が座り込んでブツブツと何かを呟いていた。
「ミミ、カイ! イサク先生! しっかりしろ! 」
やはり、幻覚が起こっていたかと感じ、速攻駆け寄って肩を叩いてやる。
「おい! なんで戻らねえんだ! どうなってる!? 」
三人は元に戻らなかった……。もしかしたら俺自身が今幻覚を見ているのかと思い、血涙の少女を見るが、顔を横に振って俺の考えを否定する。
「その人たちは、魔力にやられすぎて簡単には戻らないようになっているんです」
「あなた……、声が聞こえる? 」
なぜか血涙の少女が言っていることが聞き取れた。姉ちゃんもルリも相当驚いているのか、少女を凝視して、口を開けている。
ちゃんと、話すことができるなら最初からして欲しかった……。
「私の体は、過去に死んでいるので、今の状態はこの山の魔力によって支えられています。そのため、魔力が薄い山頂以外の場所では、うまく言葉を発せなかったのです」
血涙の少女は俺たちの気持ちを察したのか、血涙の少女は申し訳なさそうな顔で、そう言った。
「え……。という事は、やっぱり貴方は幽霊ってこと? 私たちの幻覚という可能性は……。いや、大地の幻覚状態を解くことができたんだから、違うの? 」
姉ちゃんは、色々と頭の中で考えているようで表情が険しくなっている。
ルリは幽霊というキーワードにビクッと体を震わせ、俺の左腕に抱きついた。左手から伝わる小動物のような震える小さな体の温かみに癒されながら、俺は双子と先生の方に再度、目を向けた。
三人の様子は俺たちと変わらないように見えたが、よく見ると、目の赤さが違う。瑠璃や姉ちゃんの時よりも濃くなっていた。
「話を戻しますが、あの三人はこの場所に貴女方よりも長く居続けたため、魔力を長時間浴びている状況です。その結果、ちょっとのことでは正気に戻らなくなったのです……。もし、このまま放置しておくと、目が潰れ血の涙を流しながら死んでしまいます……」
血涙の少女が衝撃的な事実を話す。それが本当なら、このままでは三人は死んでしまうだろう。
「ちょっと待って! 私たちの目が赤から白に戻ったのはなぜなの? 正気に戻ると魔力の付着が取れるなんてことがあるの? もしかしたら、私たちの現状も危険な状況なんじゃないの? 」
姉ちゃんが色々と焦ったように質問をする。確かに、魔力が目に溜まっているなら、幻覚を打ち破った程度で魔力が消えるとは考えにくい。
「いえ、魔力は目に溜まるのではなく、魂に溜まるのです。そのため、幻覚時の、意識が朦朧として弱くなっている状態では魔力が過剰に侵入してきてしまい、体が破壊されるのです。正気に戻ると、魔力に対する抗力が高まるので、魔力を魂から一定以上は追い出し、侵入しにくくなるのです。といっても一定数は侵入してきてしまうので、幻覚作用何かがあるわけです」
少女は詳しく教えてくれた。過剰な魔力は普段、侵入されない状態だけど、魔力過多な空間にいるので、魔力が魂に過剰に入り込み体を壊す……。魔力なんてなかった世界の出身だからか、完全には分からないが、先生や双子が危機にあるのはわかる。
「魔力についてはわかった。先生と双子を助けるには正気に戻してやればいいんだな? 軽い刺激じゃなくて強い刺激を与えてやれば、いけるのか? 」
「そうですね。ただ、強く殴るといった方法では、救うことはできないと思われます。とりあえず、これ以上この空間に置いておくと彼女たちの命が危ないので、彼女たちを下山させたほうがいいと思います」
しかし、下山させてしまうと、少女は話すことができなくなる。それじゃ、救出の見込みが少なくなってしまうだろう。まずは山の麓に置いておいて、ここに戻ってくるか?
「なに、あれ!? 」
俺が三人を助ける方法を考えていると、姉ちゃんが突然大きな声をあげた。俺は、考え事を中断して、姉ちゃんが見ている方向を見てみると、最初に会った血涙の男たちの集団がいた。
その姿はさきほどと変わらず、血の涙を流す赤い目は世の中を恨んでいるかのような危険な光を灯している。
「お兄ちゃん……。ルリ、怖いよ~……」
俺は、擦り寄ってくるルリを抱きかかえ、血涙の少女にあれがなんなのか聞いてみると、血涙の少女と同じ亡霊らしい。といっても、血涙の少女と違い、生者を恨んでいるため、危険な存在のようだ。
俺たちが少し固まっていると、ゆっくりと歩いてこちらに向かってきた。
「姉ちゃん! イサク先生を背負ってくれ! 俺は、ミミとカイを背負って走る! 」
俺はそう言うと、ミミとカイを背負った。中学生くらいの体であるため、そこまで大きくないが、人間二人分の体は重く、どうしても鈍くなってしまう。
しかし、怨霊共はゆっくりと歩いてくるばかりなので、なんとか逃げ切れそうだ。
ルリを見つけたところまで走ると、後ろには怨霊はいなかった。
「はぁ、はぁ……。撒いたか? 」
「はぁ、はぁ、はぁ……。なん、とか、撒いたよう、ね……」
「ここ……ら。大…夫…す。上……戻……う」
血涙の少女は、先ほどの説明の通り、うまくしゃべれなくなっていた。だが、言葉の断片から、ここなら大丈夫だから、上に戻ろうと言っているようだ。
「姉ちゃん、とりあえず、ここで三人を見てもらってていいか? 」
「あの男たちが来たらどうするの!? 」
「大…夫…。ここ……来ない」
「ということらしい、俺も血涙の男に追われたとき、ここら辺まで逃げ込んだらいなかったから、ここまで来ないんだと思う。万が一来たら、三人をおいてでも、逃げてくれ」
姉ちゃんが死んでしまっては、本末転倒だ。あくまで、俺たち家族の安全が第一なので、そう言って、俺は天頂まで慎重に登った。




