肉狼 - 後
「ガアアアアァァァァァッッ!!!! 」
少し、兄弟で団欒としていると、狼が吹き飛んだ場所から大きな咆哮が聞こえた。
驚いてそちらを見ると、肉狼はヨロヨロと立ち上がる
「コロ、ス。コ、ロス。コロスコロスコロス」
完全に立ち上がったと思ったら、こちらを充血した目を見開いで凝視してくる。
その体は、流石に無傷ではないようで、体中から大量の出血をしており息も荒くなっている。
「ヒィ!? 」
ルリはその異形に驚き悲鳴をあげると、俺の体に、より強く抱きついてきた。かなり痛く、意識が飛びそうになる
「言葉を喋ってる!? なんなの、あいつは!? 」
姉ちゃんもそれを見ると、少し青くなりながら、ルリへ車に入るように言うと、車を出て俺を後部座席まで運ぶ。
少し前まで乗っていたのに、随分と久しぶりに感じたが、そんなことを考えている場合ではないと、思考を切り替える。
「大地! あいつはさっきの人型の化物とは違うの!? 」
姉ちゃんは、そう言いながら車を発進させる。それに気づいた肉狼はこちらに向けて走り出した。かなりの傷を負っているのに、走ることができる肉狼に驚く。
しかし、傷のせいか元からなのか狼の足は車よりも少し遅く、段々と距離が離れていく。肉狼は、追いつけないことを悟り、足を止めると不気味な顔でこちらを見ていた。
「あの化物は、人型のやつをなんとか倒したあとに襲ってきたんだ……。でも、車には追いつけないみたいだから、大丈夫だろ」
もう一度、後ろを見てみると、肉狼は居ない。振り切ったようだ。
「姉ちゃん、もう大丈夫だ」
「そのようね……。それより、あんた怪我してるけど大丈夫なの?」
さすがに、気づかれていたのか、突っ込まれる。自分の体の状態を伝えると心配そうな声色で、森から出るまで我慢してくれと言われた。もとより、森の中には滞在したくなかった俺はそれに頷くと、少し横になる。
「お兄ちゃん……。だいじょうぶ? 」
ルリが助手席から後部座席に移動してきて、頭を撫でてくれる。ルリの小さな手は、とても柔らかく、まるでマシュマロに頭を撫でられているような気すらしてくる。
「ありがとう、ルリ。兄ちゃんは大丈夫だぞ! 」
そう言うと、まだ少し心配そうな顔はしているが、安心したのか、助手席の方に戻っていく。
すこし、後部座席で車の振動を感じていると、双子がいないことに気づいた。
「そう言えば、あの双子はどうしたんだ? 」
「あの子達なら、先に入口近くで降ろしてきたわ。流石に危険なところに連れてこれないもの……」
姉ちゃんは、なぜか少し苦い顔でそういった。一応、助けたのに死んでいたなんて状況じゃなくて安心した。このまま無事にウェストン国まで戻れば、合うこともできるだろう。
「森の出口が見えてきたわ! もう、今日は疲れちゃった……」
「たしかに……。俺なんか、動くのも痛いんだぞ? 今しゃべれてる俺にビックリだわ……」
「お兄ちゃん! ルリ、お腹減ってきたよ~! 」
「そうだな、早く帰ってギルドの英雄顔のおっさんに金をもらってご飯食べよう! 」
「そうね。どれくらい貰えるのかし……ッ!? なんで!? 」
車がいきなり止まった。
姉ちゃんの方に顔を向けると、顔が恐怖に歪んでいる。なんだろうと、体をなんとか起こし、視線の先を追ってみると、ちょうど、森と平原の境界の部分に、肉狼がいた……。
「コロス、コロス、コロスコロス」
肉狼は獰猛な牙をむき出しにし、こちらに嗤いかける。
「ぉ、お兄ちゃん……」
ルリは肉狼を見てしまったのか、弱々しい声をあげながら、こちらを見る。
「姉ちゃん! 何が起こったんだ!? 」
「赤い光が灯ったかと思うと、気づいたらあそこに立ってたのよ……」
そんな馬鹿なという気持ちが沸き上がってくる。赤い光は攻撃だけじゃないのか? 移動もできるものなのか? と頭の中はすでにパンク状態だ。
そんな俺たちの気持ちにはお構いなしに、肉狼は下卑た笑を浮かべながらこちらにゆっくり近づいてくる。
「やばい! 姉ちゃん、ルリを連れて逃げるんだ! このままだと、皆殺られる! 」
「何言ってるの!? あんたをおいては行けないわ! 何のために助けに来たと思ってるのよ! 」
「お兄ちゃん! お兄ちゃんがいなくなったら、ルリ死んじゃうから! 」
なんとか、二人だけでも逃がそうと、二人に話しかけるも頑なに逃げようとしない。
肉狼は恐怖を与えるつもりなのか、非常にゆっくり近づいてきており、あと二十メートル程度で俺たちの場所まで来てしまう。肉狼にとったら、すぐの距離だろう。
「じゃあ、どうするんだよ!? 俺は動けないんだぞ! 」
「一つだけ方法があるわ……。といっても、方法というのも烏滸がましいけど」
そういう姉ちゃんに、続きをそくしてみると、ガソリンを使うのだという。だが、肉狼にガソリンをぶっかけるにしても、重たい携帯缶をどうやって投げつけるのだろうか。唯一投げられそうな俺は、今は投げられそうにない。姉ちゃんも細腕だし、ルリに至っては問題外だろう。
「携帯缶を縦にするのよ……。あの化物は歯と爪が特に強靭だから、そのどちらかで攻撃してくると思うの。しかも、こちらを恐怖させようと、すぐには殺さないと思うわ。なら、携帯缶で防ごうとしたら、真っ先に携帯感を狙うんじゃないかしら」
確かに、いたぶる事が好きなようだし、そうしてくる可能性は高いだろう。ただ、ガソリンは発火点は低いため、引火点、揮発させたガスを燃やすしかない。それをするには、ガソリンを浴びた人間は不向きだ。火元を持っただけで一緒に燃えてしまうだろう。携帯缶を盾にした人間は逃げて、違う人間が火元を近づけないといけない。
「誰が……。やるんだ? 俺は動けないんだぞ? 」
「携帯缶で防ぐのは私がやるわ……。火元をなんとか近づける役は……」
「ルリがやる! 私もお兄ちゃん達の力になりたい! 」
ルリが決意の篭った目つきでそう言った。いつからこんな顔をするようになったのだろうか。この世界に来てルリも変わったのかもしれない。
「だめだ!? 何を言っているんだ! どれだけ危ないか分かってるのか? 下手したら、狼に咬み殺されるか、火だるまになるんだぞ!?」
「大丈夫だよ! 私もお兄ちゃんを守りたいの! 」
そういうルリの顔は、また涙に濡れている。この短期間の内に大人になったかと思えば、変わらず泣き虫なところもある。俺は、泣き虫なルリを守っていきたいと思っていたけど、ルリは俺を守りたいといった。俺はどうしたらいいんだろうか。
俺自身がどうしたいか混乱していると、肉狼が近づいてきているのか、姉ちゃんが携帯缶をもって動き出した。
そちらを見てみると十メートルの位置まで近づいてきている。
「化物狼! こっちよ! あんたは私が殺してやるわ! 」
「コ、ロス? コロス? コロスコロスコロス」
姉ちゃんは、携帯感を両手で持ち、車から離れていったかと思うと、肉狼を挑発し始める。それに、嗤いながら肉狼は姉ちゃんを追っていった。
姉ちゃんは携帯缶を持っているため、かなり鈍足で、狼は嗤いながら近づいては止まり、近づいては止まりを繰り返している。
「お兄ちゃん! ルリも行くね? 」
ルリもそう言うと、運転席のドアの内側についたとっての部分に入っているマッチをもって出て行こうとする。止められないと感じた俺は少し待つようにルリに言うと、人型の化物が追って来た時に使ったタオルを丸めて、解けないようにする。それに、車に残っている携帯缶を少し開けて、ガソリンを少量染み込ませると、携帯缶を即締める。
「これに火をつけるんだ。揮発したガソリンが燃え出すから、投げる寸前に使うんだぞ? 」
ルリにそうアドバイスすると、ルリは満面の笑顔でこちらを見た。
ルリと話しているうちに姉ちゃんの方も作戦が終わったのか、ドン!という音が聞こえてきた。そちらを見ると、肉狼の爪が携帯缶に刺さり、ガソリンが外に漏れ出しているところだった。
「姉ちゃん! 早く! 」
姉ちゃんは、何故か左脚を引きずりながら、動いている。そんな姉ちゃんの様子が面白いのか、狼は爪に携帯缶をつけながら、ゆっくりと近づいていく。
「私に構わず、やりなさい!」
姉ちゃんは、逃げるのは無理だと悟ったのか、切羽詰った顔で言い出した。
「お姉ちゃん! できないよ! 」
それに対して、ルリも無理だと答える。当然俺も、許容できない。
「姉ちゃん! とりあえず逃げ続けるんだ! 俺が何とかするから! 」
姉ちゃんにそう言うと、姉ちゃんはわかったのか、また足を引きずりながら歩き出す。
姉ちゃんと肉狼を引き離すにはどうしたらいいんだろうか……。そう言えば奴は『家族』という言葉に異常なほど反応していた。ということは俺が『家族』というキーワードを出せば、あいつは反応してこちらに向くかもしれない。
「おい! くそ化物! 俺の『家族』に手を出すんじゃねぇ! 」
いきなり俺が、大声を出したことに驚いたのか、ルリがこちらを凝視する。それには構わず、狼を見ていると、やはり変化が起きた。
「家族?家、族……。家族家族家族家族家族家ぞくかぞくかぞくかぞくかぞく」
また、肉狼は狂ったかのように虚ろな目で『家族』を繰り返す。それに驚いたのか、顔を青くしつつも、姉ちゃんは足を引き釣りながら逃げ続け、なんとか50メートルは離れたところに逃げる。
「かぞくかぞくかぞくかぞくかぞくかぞくかぞくかぞくかぞく」
肉狼はかぞくを繰り返している。
「ルリ、いまだ! 」
それにルリは頷いてマッチに火を付けてタオルに近づける。タオルに近づけきる前に揮発したガソリンが反応したのか、ポン!という音と共にタオルも燃え出した。火でメラメラと燃えているタオルをルリは狼に向けて投げつけると、狼の顔がこちらに向いたような気がした。それには構わず、近くにいたルリを社内に引き込むと、次にくる衝撃に備えた。
俺が予想していた音よりも小さな、ポン!という間抜けな音が聞こえた。後ろを振り返ってみると狼のいた場所は燃え上がっている。そりゃ、あの程度で大爆発はないか、と納得し肉狼を探し出したが、居なくなっていた。ここの化け物は燃えると消えるんだろうか……。まるで、ゲームのようだ……。
「大地、ルリ。なんとかうまくいったわね! 」
「お姉ちゃん……。お姉ちゃ、ううぅぅぅ……。良かったよ~……グス……」
姉ちゃんが足を引きずりながら近づいてきて、健闘をたたえてくれる。そこで、ルリもやっと終わったと実感したのか、泣きし始めた。俺も、安堵と達成感で涙が出そうになる。やっと終わったんだ……。俺は、二人のおかげで生きて帰れる……。
姉ちゃんはそんなルリを穏やかな顔で撫でると、車の運転席に入り、車を発進させた。
今度ばかりは、邪魔は入らず森の外に出ることができた俺たちは、体中に傷、精神的・肉体的な疲労を抱えながら、ウェストン国を目指した。




