7話 告白
勇者たちを乗せた500系新幹線はあと10分程度で到着するところまできていた。
線路はジャーヴィスが出現させ車両は鷲峰だ。500系なのは彼の趣味らしい。
「双弥! 海だよ!」
「ああはいはい」
窓に貼り付き興奮気味に声を出すジャーヴィスに対し、双弥はうんざりした感じであった。
なにせこの世界に来てから海ではロクな目に合っていないのだ。これからの船旅でさえ気が進まないくらいである。
といっても今回の船旅は少々変わっている。
この港から向こうの大陸へ行くのに大体2ヶ月から3ヶ月。これはかなり長い。
だから港に到着したら全員の魔力総量を計る。それから更に2ヶ月ほど訓練した場合上昇する魔力総量を計算する。
それによりシンボリックで海洋を渡れるか判断する。もし足りないと思ったら船で行き、充分であればシンボリックで渡る。
最初飛行機ならどうだという案があったのだが、途中で消えてしまった場合のリスクを考えるととても乗れる気がせずボツとなった。
そのため鷲峰、ジャーヴィス、フィリッポの3人がリレー方式で船を出現させるという話になった。
現代地球の船であれば、この世界の帆船に比べ最大10倍くらいの速度が出せ、単純計算で2ヶ月かかるというのなら6日程度に短縮できる。
空ほどではなくとも海にもそれなりのリスクがある。それを双弥は味わったことがあるため、できれば地上にいる時間が長いほうが好まれるのだ。
「ところで船なんだけどさ、何がいいと思う?」
ジャーヴィスは楽しげに話しているが、船のことなんて双弥は大して知らない。
「どんなのがあるんだ?」
「知らないよ! でも迅はヤマトがいいと思うんだ!」
「そんな無駄だらけなもの造らせるなよ」
エイカたちを含んだところで10人ほどだ。フィリッポが何人連れ込むか知らないが全部で20人程度だろうか。
大和といえば3000人載せられる超巨大戦艦であり、そんな魔力を消費させる必要が全然ない。
海にも巨大な魔物がいるためある程度の武装は必要である。しかしあれはどう考えてもオーバースペックであると思われる。
「よく知らないけどイージス艦とかでいいんじゃないのか?」
「双弥は近代兵器の操作法とかわかる?」
「……旧型のほうがいいかもしれないな」
シンボリックを発動させた勇者自身であれば自動操作が可能である。しかしその他の人間が動かすにはマニュアル操作するしかない。
今回の作戦では1人が発動させ3日休み、1日分の船を出し乗り継いで行くという方式だ。操作までやらせていたら魔力が回復させられない。そのため操作には容易性が求められる。
とはいえジャーヴィスたちも構造自体を詳しく知らないため簡略化されており、整備などは必要ないし機関室での作業もやらなくてよいが、大部分のところでは操作が必要だ。
なにせ小型護衛艦ですら100人ほどの船員が必要なほど操作は大変なのだ。さすがにそんなものに乗ってはいられない。
「船のことはよくわからないのですが、港で船乗りを募集するというのはいかがでしょうか。素人が行うよりはよいかと思うのですが」
「うーん、そもそもの構造自体が違うから役に立たないと思うよ」
「お兄さんの世界の船かぁ……丈夫だといいね」
2人が気にしているのはやはり沈まないかどうかだろう。一応シンボリックで作られたものは元のものよりも丈夫にできているため、魔物などに襲われても沈められることはないだろう。
あと不安なのは自然災害であるが、帆船でなければ耐えやすい。
だがこの作戦はフィリッポが行かないと言った時点で全て破綻する。どうかいい女がいますようにと祈る双弥であった。
「第1回、チキチキ船出し選手権ー!」
「うるせぇよクソ日本人」
意味なく盛り上げようとした双弥にフィリッポが睨みつける。あまり楽しいノリではないようだ。
港町へ到着して3日経過し、ジャーヴィスと鷲峰の魔力が全快したため行われることになったこの選手権。船種はフリゲート及び護衛艦ということになった。
船足は速くないため到着まで時間がかかってしまうが、安定性と攻撃力、そして乗り換えやすさを考慮しての選択だ。
昔の戦艦よりは小さくとも、この世界の大型船と較べても倍以上の長さがあり、とても目立ってしまうがやむを得ない。
3人は一斉に唱え、船を出現させた。そして役割を終えたとしてさっさと町へ戻ってしまった。
町の人になるべく見られないよう離れた場所で出現させたのだが、それを見守るのは双弥とムスタファの役割だ。これから何時間でこの船が消えるのか計測する。
できれば25時間は消えずに残っていて欲しい。そうすれば乗り換えなどで余裕ができる。2人はじっと見守ることにした。
「…………しかしヒマだな」
「仕方なかろう。それとも何か良案でもあるのか?」
「交互に見るのがいいと思うんだ。まず俺が見てるよ」
「ふむ、それもいいだろうな。では先に休ませていただこう」
「ああ」
そう言ってムスタファは町へ向かっていった。
「……しまった、余計ヒマになった」
ムスタファと何か話をしていればよかったと今更になって気が付いた。これは迂闊。
ゆらゆらと水辺に浮かぶ船をずっと眺めているとだんだん眠くなってしまう。しかし時間を計らなくてはいけないため寝てはいけない。双弥は眠らぬよう立って見ることにした。
辛く頭がじんじんしている。このまま倒れて寝ればきっと夜まで起きないだろう。そう考えると更に寝るわけにはいかないのだ。
「お兄さぁーん」
半ば狂った頭に届いたのは、エイカの声だった。きっと気になって来てくれたのだろう。思えば双弥と最も長く一緒にいる少女だ。こういった繋がりを双弥は素直に嬉しく思う。
「おぉエイカじゃないか!」
「船を見に来たよ! ……ってこれなの!? おっきい!」
エイカは船を見てあまりの大きさに驚いていた。高さはそれほどでもないが、とにかく長い。以前乗った船の何倍もあるのだ。驚くのも無理はない。
「これに乗って行くの?」
「ああ、そうなんだけど……」
双弥は向こうの大陸にエイカやリリパールたちを連れて行っていいものか。ずっと悩んでいた。
きっと彼女らは一緒に行くのが当たり前みたいに感じているだろうし、聞いたところで行くと言うはずだ。
なんだかんだでここまで来てしまったのだ。何度目の今更な話だろうか。
「なあエイカ。やっぱり向こうの大陸まで一緒に来るのか?」
「当たり前だよ」
「なんで?」
「なんでって……」
エイカは考えこんでしまった。何故ついて来るのが当たり前だと思ってしまったのだろうかと。
肉親はおらず独立するにはまだ若すぎる。
施設などに入るのが嫌だから? そうではないはずだ。
何故ならばリリパールに保護してもらえるならばそれが一番幸せに暮らせるはずなのだから。
それとも残ることが一番幸せだと感じなかったのだろうか。こうして双弥と共に旅をするのが一番幸せであると思ったのかもしれない。
そしてこうやって今も一緒にいると何故か感じるのは安心だ。その正体はきっと…………
「ねえお兄さん」
「どうした」
エイカは一瞬出そうとした言葉を詰まらせ、ごくりと飲み込む。
だがいずれか言うつもりがあったかもしれないものだ。胸の奥から吐き出すようにその言葉を再び口元まで出す。
それでも口を開くのに勇気が必要だった。言ってしまったら今までの全てが崩れる気がしたから。
しかしいつまでもそうしているわけにはいかない。そう思ったら自然に出てきてしまった。
「もし私がお兄さんのこと、好きって言ったらどうする?」
少し冷たい風と共に双弥の耳へ届いた。




