3話 恐怖体験
「それで結局ここはどこなんだろうな」
「さあね。トレマーズの穴ってことにすればいいんじゃないかな」
恐ろしいことをまるでジョークのように言うジャーヴィスには蹴りをくれてやろうと、双弥はスネを蹴った。
巨大な生物は砂漠にいないということで決着がついたはずなのだが、なにせここは異世界だ。地球の進化の法則が通じるとは思えない。
トレマーズとはいわないが、巨大ミミズが作った穴と言われるとそうも見えてしまう。
ほぼ均一な直径の洞窟に、周囲は水分により固められている。いつ通過したかわからぬが、いまでも湿っているということは粘度のある水なのだろう。
先が見えればいいのだが、生憎松明の火の光が届かぬ範囲は全て闇だ。少しでも離れてしまうと仲間ですら見失う。まだ道が一本なのが救いだ。
「ま、わからないものを推測しても意味ないか。それより今後どうするんだ?」
「どうするって何をだい?」
ジャーヴィスは質問の意図が理解できないみたいに言っているが、双弥が何を聞きたいのかはわかっている。
アセットをこれから先どうするかという話だ。
これ以上連れ回してよいことはないだろう。いくら寂しいとはいえ、互いにストレスを増やしながら行くよりはマシだと思われる。
「彼女はもうこりたと思うんだ。だからもう土に還してやってもいいと思う」
「殺すつもり!?」
「ごめんわざと間違った。国に帰してやっていいんじゃないか?」
「……わかっているんだけどさ、どうしたらいいと思う?」
「お前たちで話し合えよ。俺らがどうこうする話じゃないだろ」
「何を言っているんだよ。双弥たちも一緒に旅をするんだから無関係じゃないだろ」
あっ、と今更思い出して双弥はリリパールとエイカの方を見る。2人ともジト目で双弥のことを見ていた。まだ話してなかったのかこのボンクラと言いたげである。
「そのことなんだけどな……」
「ああでも僕がリーダーなんだから双弥たちも僕の意向に従ってもらわないといけないよね」
ジャーヴィスは双弥に蹴り飛ばされ、アセットと一緒に砂壁に埋まってしまった。
「酷いよ双弥! 口の中まで砂だらけだ!」
「お前がリーダーなんてふざけたことを言うからだ」
双弥的にはよく知らないアセットを除き、この面子で最もリーダーに向いていないのがジャーヴィスである。調子こきなうえに優柔不断。そして傍若無人と任せたくない理由のオンパレードである。
もちろんアルピナにリーダーをしてもらい無理難題を押し付けられるのはむしろご褒美なので問題ない。
そして先程の衝撃で目覚めたアセットは今ふてくれされて隅っこでじっと座り込んでおり、誰も声をかけられずにいる。
リリパールも今更何を話せばいいのかわかりかねており、困った感じの顔で双弥を見ていた。
そんな状況で関わってきたのは意外なことにアルピナであった。
「おまえ、ザコきゃ」
一瞬前まで拗ねていたアセットの血液が煮沸するのに1秒もかからなかった。勢いよく立ち上がり、アルピナに掴みかかろうとしてかわされ、勢いのまますっ転んだ。
「こっ、このクソガキいいぃぃ!」
「おまえ弱すぎきゃ。アタシがおまえくらいの頃、もっとたくさん動いてたきゃ」
「はあ? 何言ってんかわかんねぇよ!」
アセットが半ギレ状態で突っかかっているのだが、双弥とリリパール、そしてエイカが渋い顔をした。今の会話でおかしな点があったからだ。
「なあアルピナ。今いくつなんだ?」
「何がきゃ」
「歳だよ」
問われたアルピナは指を折り曲げ始めた。3人はその回数を数えている。
「これだけきゃ」
アルピナが不思議な手つきを見せてきた。双弥たちが数えていたアルピナの指を曲げた回数は、18。
「「「えええええぇ!?」」」
当然3人は驚きの声を上げる。三重奏だ。低音から高音までの美しきハーモニーだ。
「あ、アルピナ18歳だったのか!?」
「知らない! 私年下だと思ってた!」
「私もです! 目上の方に失礼な態度をしてしまいました!」
大パニックだ。豪華客船が氷山にぶつかったくらいの衝撃を受けていた。
「どどどどうしたらいいと思う?」
「えとえとえとアルピナお姉ちゃんとか呼べばいいのかな!?」
「しゃ、謝罪を! 今までの非礼を詫びるのが先だと思います!」
「こらぁ! ワタシを無視すんなぁ!」
アセットは突然置いて行かれたことに腹を立てた。あれもこれもと怒る忙しい小娘だ。
「うっせえ黙ってろ! こっちはそれどころじゃねぇんだ!」
双弥は破気を噴出させながらアセットを怒鳴りつける。凶々しいそれをモロに浴び、アセットは腰を抜かした。スカートが少し湿っているのは水分を含んだ砂のせいである。
「まあ待て。冷静に考えてみよう。アルピナが1年を理解していない可能性がある」
「それは……ありえるかも。半年を1年と換算していたとか?」
「すると9年ですね。見た目相応なのでそう判断するのが正しいと思います」
どうしても認めたくない3人は現実から逃避することで決着をつけることにした。
「んでアルピナはなんで突然アセットにつっかかったんだ?」
「あいつずっとしゃべっててうるさいのきゃ」
アルピナの耳は異様なほど良い。双弥たちには聞き取れないような声でさえはっきりと聞こえるのだ。
普通に話していることならば気にならなくても、小声での愚痴は耳障りらしく耐えない子代表であるアルピナが文句を言ったという経緯である。
「しゃあないな。俺がなんとかするよ。みんなそれでいいよな?」
双弥の問いかけに皆頷く。全員から投げられた匙を双弥が受け取った形だ。面倒なのはわかっているが、ここでじっとしていても状況が悪化するようにしか感じられないため双弥がなんとかしようと思ったのだ。
「というわけでアセット」
「……何よ」
アセットに睨まれても双弥は動じない。それよりもアセットのほうが怯えている。先ほどのあれで双弥が怖くなったようだ。
それに関しては双弥も反省している。なにせ彼はティロル公団の人間であり、少女を優しく見守る義務があるのだ。
「アセットがもう帰りたいのはわかったよ。だけどここを抜けないとそれすらできないんだ。だからそれまでがんばってもらえないかな」
「嫌よ! 歩くなんてまっぴらだわ!」
恐怖があっても強がりはやめないようだ。双弥はため息をひとつつき、再びアセットに目を向ける。
「じゃあここに置いていってもいいかな。俺らは早くここを抜け出したいんだ。いつまでもきみの我儘にかまっていられないんだよ」
「は? このワタシを置いていく? あんたなめてんの? ワタシは──」
「きみはただの女の子だ。ここでは金も権力も意味がない。黙ってついてくるかここで見捨てられるか選んでくれ」
アセットはフンと顔を背け、無言で立ち上がるとのっしのっしと先へ進んでいった。少しはわかってくれたらしい。
ふてくされながら前をガキ大将みたいな歩みで進むアセットの後ろを歩く皆は、急に立ち止まった彼女を不審に思いつつもまた何か我儘を言うつもりだろうと気にしないように通りすぎようとした。
だが双弥が横を通ろうとしたところ、突然シャツをガシッと掴まれた。何かと思って振り返ると、涙目で足元から臭気と熱気を発しているアセットがいた。
「な、なあ。謝る。謝るから……助けて……」
急な心変わりにこれはただごとではないと感じ、全員を止めさせ、何が起こっているのか訊ねた。
ただ尿意が炸裂しただけではないはずだ。それに至る経緯がどこかにある。
エイカは松明の明かりを近づけ、アセットをよく見た。
「き…………きゃあああぁぁぁぁ!!!」
絶叫と共に松明を投げ捨て、走り去るエイカ。なんだと思い松明を拾い上げようとした双弥も見てしまった。
アセットの足首を誰かが掴んでいる。
「う……うわああああ!!」
双弥も逃げ出そうとしたが、アセットがしがみついている。リリパールとジャーヴィスも既に逃走済みだ。アルピナは退屈そうにあくびをし、エクイティは興味深そうに見ている。
「な! なあ助けてよ! なんなんだよこれえぇぇっ」
「これはキノコだ! なんか手的な形のキノコだ! わかったら離してくれ!」
「やだよおおぉぉ、行かないでよおおぉぉ」
戦闘以外では基本ダメな部分の多い双弥は、昔聞いた眠れなくなるほどの怖い話が頭の中を駆け巡っておりこちらもまた涙目であった。
ここでアセットを救い良いところを見せようなんて考えには到達しないほどに。
半狂乱を起こしている2人を尻目にエクイティはアセットの足元の砂へ手を突っ込み、何かを引きずり出した。
「えっ……えええええっ」
エクイティが持っていたのは、首から上が人間の手の形をした蛇のような生き物であった。
「…………ハンドスネーク。……伝説の食材……。スープが美味しいらしい……」
それはゾンビ的なものでも霊的なものでもなく、ただの珍獣である。双弥とアセットはその場でへなへなと座り込んでしまう。
手首のようなそれを見ながら口元がニヤリと動くエクイティに恐怖を感じつつ、2人は手を取り合っていた。
少し、仲良くなれた。




