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聖剣の勇者たち ※俺だけ妖刀  作者: 狐付き
8章 魔王 アンドル共和国
71/201

プロローグ

「うわ……こりゃひでぇな」


 双弥は今、大陸側の切り取られた崖をボートから眺めていた。

 多少風化した形跡があるものの、その跡は実に見事なものである。一体何をどうすればこんなことになるのか。


 そんなことよりも今は港に着くことだ。この崖沿いに東へ行けば港が見えてくるという話だし、早速行くべきだ。

 思ったほど遠くもなく、水も食料も充分に残っている。だがベッドで寝たいしまともな食事もしたい。


 エクイティの料理が悪いというわけではなく、素材や調味料、火力など様々なものが足りていなかったためどうしてもいまいちであった。

 これに関しては彼女自身もわかっており、大陸に着いてから一度ちゃんと料理し、それ如何で本格的に雇うか判断してもらいたいとのことだ。料理人としてのプライドらしい。


 それとやはり風呂だ。川で水浴びにも限度があるし、湯船にゆったりと入りたいのだ。

 あとは服などだ。船と島に大分残してしまった。今は必要最低限しかないためかなり買い揃えなければいけない。

 幸いにも金はエイカと分割して持っていたし、リリパールも換金できる高価な宝飾をそこそこ持っている。これだけあれば本来一生遊んで暮らせるだろう。


「お兄さん、港に着いたらどうするの?」


 突如エイカが不安げな顔で聞いてきた。双弥も何を言いたいのかは大体わかっている。


「馬車を購入、かな。海はもういいや」


 それを聞いてエイカとリリパールはホッとする。海での遭難は山や森で遭難するのとは次元が違う。それが今回嫌というほどわかったのだ。

 陸のほうが圧倒的に魔物が多く、襲われる危険もそれだけあるのだがやはり人間は地面がないと安心できない。3人は早く土を踏みたいと思っている。




「お兄さん、砂浜が見えるよ!」


 崖沿いに暫く進んでいるとエイカが嬉しそうな声で叫ぶ。破気を使っているうえに改造したオールで普通のボートの10倍ほどの速度で進んでいたのが更に加速する。

 そのせいで船体は波に砕かれんばかりに叩きつけられ、中の振動はとんでもないことになっている。それでもやっと陸に上がれると3人は苦にもしなかった。


「寝づらいきゃ!」


 そこに異を唱えるのはアルピナだ。寝ている状態から双弥の背後へ思い切り蹴りを入れる。双弥は「おぶぉっ」と謎の音を発し、力加減を狂わせ片方のオールを折ってしまう。


「あああああああああっ」


 これは酷い。

 オール1本でも漕げないことはないが、明らかに効率が悪く、しかも屋根が邪魔をして左右交互に掻くのは難しい。

 双弥は泣く泣く最後尾へ行き、いらなくなった水袋を捨てスペースを確保し1本漕ぎをした。グッバイハーレム。




「陸だああぁぁぁ!」


 桟橋に着いた双弥は両拳を上に突き出し大声で叫んだ。周囲から笑い声が聞こえるがエイカもリリパールも恥じる様子はない。むしろ一緒に叫びたいくらいである。

 島は確かに陸ではあったが、無人の小島と人のいる大陸では天地の差がある。港ではあるが町に着いたのは1週間以上ぶりだ。


「おう兄ちゃん。まるで遭難にあったみてぇなこと言ってんな」


 桟橋で他のボートを括りつけていた、いかにも漁師風の日焼け筋肉の男がニヤニヤしながら言ってきた。完全にひやかしである。


「まるでじゃなくて遭難したんだよ。乗ってた客船が海竜に襲われてさ」

「なっ……」


 それを聞いて周りにいた漁師たちも集まってき、双弥たちを囲った。

 そして口々に話をしていたのだが双弥は聖徳太子ではないし、とにかく一度宿へ荷物を置き落ち着きたいと言って解放してもらい、ベッドへダイブすることもなく部屋だけ取って酒場へ行った。


 すると更に人数は増えて、そこには漁師組合の組合長や大型船舶の船長などがいた。海竜に襲われるというのはあまりないケースではあるが、その海域を注意する必要がある。

 内容的に隠し立てする必要もなかった双弥はそこで全て話すと、組合長が1枚の紙を広げた。


「この国の地図だ。どこで襲われたかわかるか?」

「いや、地図を見せられても……ん?」

「おう組合長。この地図は──」

「あ、ああそうだったな」


 1人の漁師に言われて気付いたようで、慌てて別の紙で一部を隠す。


「ん? それは?」

「聞かれてもわからんが、半年ほど前にここから先が消えちまったんだ。今じゃあなんとか慣れたけど当時は大変だったんだ」


 ここへ来る前に漁師から聞かされていた通りの話だ。深夜だった為目撃者もいなかったらしい。


「ならば消えてるのはここまでだと思う。この先端部分は残っている」


 と、双弥が隠している紙を折り訂正させた。


「てこたぁあんたがいた無人島ってのはここのことだったのか」

「ああ。それからすると、沈められたのは恐らくここから南へ行った辺りだ」


 海流に流されているのを考慮して、少し広めの範囲を指した。それを船乗りたちは記録していく。


「あんがとよ兄ちゃん。疲れてるとこ悪かったな」

「いや、あんたらだって命がかかってるだろうからな。俺だってもうあんな思いはごめんだからわかるよ」

「ははっ、気のいいアンちゃんじゃねぇか。礼にここは俺が持つからさっきの嬢ちゃんたち呼んできなっ」

「できれば明日にして欲しいなー、なんて」

「お、おうすまねぇ」


 明日は飲み放題食い放題だ。気をよくした双弥はそのまま宿へ戻りぶっ倒れた。





「うっめぇぇぇ! なんだこれ!?」

「おいしいよ! お兄さん、これ凄いよ!」

「え? どらどら……おお!」


「ウソだろ!? 俺らがいつも食ってるモンと違うぞ! これほんとに同じ食材か!?」

「俺もう1皿追加!」

「じゃあオラは3皿だ!」


 翌日双弥たちは酒場にてごちそうに預かっていた。昨日の漁師たちも一緒だ。

 そして作っているのはエクイティ。食材なども揃っているしせっかくだからと厨房を借りて料理を振舞っている。


「しっかしあのコックはベッピンだな」

「ああ。顔も綺麗だし胸もでかいし。それでいてこんなうまいもん出すなんて最高じゃねぇか」

「おぅい双弥。あのねえちゃんうちで働かせられねぇか?」

「おうそりゃいいな! それなら俺ぁ毎日通うぞ!」

「今でも毎日来てんじゃねえか!」


 野獣のような笑い声が店内に響く。エクイティ自身と料理は概ね好評である。

 双弥やエイカはおろか、リリパールでさえもその味に満足している。もちろん漁師たちやこの店のマスターもだ。


 そこで双弥はふと考える。

 これから先の危険な旅を考慮して彼女をここに置くこともできると。


 先日リリパールと話していた内容をぶり返すことになるが、この味と周りの反応を考えれば余計なお世話だったのかもしれない。

 彼女はここで充分に暮らしていける。そう判断したのだ。


 双弥はリリパールへ目を向ける。すると彼女もそれを理解したのか、困ったような笑顔で頷く。

 今後の判断は彼女自身に決めさせるべきだ。ここに残っても笑顔で別れようと思う。

 エイカもそれを察したのか、料理をしているエクイティを少し寂しそうな顔で眺める。


 かくして店は昼で閉まり、双弥たちは買い物をするために商店街へ出た。




「さてエクイティ。きみはどうする?」


 その問にエクイティは小首を傾げる。


「きみのことはこの町なら受け入れてくれるだろう。これから先の旅は危険なものになるからここで過ごすという手もある。選ぶのはきみだ」


 双弥の言葉を聞き、エクイティはまずリリパールを見る。一応雇用主はリリパールであるから彼女の意見を聞くのは最もだ。

 リリパールは笑顔で頷いた。あなた自身で決めなさいと言わんばかりに。


「…………ついてく」


 考える素振りを見せずエクイティは答えた。それに関して双弥は少し驚く。


「なんで? ここにいれば多分幸せに暮らせると思う。リリパールやエイカはわからないけど、俺はこの旅では死ぬかもしれないという覚悟ができて──」

「双弥様」


 リリパールに睨まれる。いくら例えだとしてもそれは言って欲しくないようだ。


「あ、いや……、それほど危険だという考えで動いているんだ。エクイティはそこまではさすがに無理だよね」


「…………私はあのときとっくに死ぬ覚悟はできてた……。そして双弥にまだ恩返しできてない……」


 エクイティは何度も覚悟をしていたのだ。

 海竜に船が襲われたとき、そしてボートで漂流していたとき、更に辿り着いた島で一緒に乗っていた皆が殺されたとき。

 最後のは特に双弥が救ってくれなければ確実に終わっていたことだ。恩を感じていてもおかしくはない。


「俺に恩があるなんて思わなくていいよ。だったらきみ自身が幸せになる選択をしてくれ。それで俺らも気が楽になる」


 店の看板娘。それはそれでアリな話だ。エイカのときとは全く違う。

 漁師や船員も口は悪いが気のいい連中ばかりだ。エクイティを無碍に扱うことはしないだろう。


「…………それでも、ついてく……」

「何故?」


 そこでエクイティは口元を微かに吊り上げこう言った。


「…………宮廷料理人……。ふふっ」




 双弥とリリパールは苦笑いをし、新たな旅仲間を連れて買い物へ繰り出した。

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