1話 エイカの戦い
「……わかっているよね2人とも」
「「……はい」」
現在馬車に揺られ、双弥とエイカ、そしてリリパールは向い合っている。ただし双弥はベンチシートで足を組んでおり、エイカとリリパールは床に正座させられている。
説教だ。
「まずエイカさん。何か言うことは?」
30分ほどその体勢で黙っていたのち、双弥はエイカに尋ねた。
「あのね……えっと……ごめん、なさぃ」
「はいよくできました。ではりりっぱさん。何か言ってください」
「違うのです! あれはその……双弥様が──」
「言い訳は結構です」
「ですが、双弥様が悪いのです! 獲物を独り占めに……」
「りりっぱさん。彼らは人間であって獲物ではありません。公爵が聞いたら泣きますよ」
「う、うう……」
圧倒的SEKKYOUである。
先ほどの戦闘は、皆鬱憤が溜まっており大爆発してしまった結果、トチ狂ったように蹂躙してしまったのだ。
「まずエイカさん。俺は最初にまだ早いと言ったはず。なのに飛び出して結果どうなりましたか?」
「え、えっと、3人、倒したよ」
「……他には?」
「…………後ろから2本矢が飛んできて、刃喰に落としてもらった……」
「結構。ではりりっぱさん。あなたが飛び出した結果どうなりましたか?」
「わっ、私も3人倒しました!」
「……どうやって?」
「…………あれはその、そうじゃないのです」
リリパールは刃喰によって武器が無効化され、更に双弥かエイカによってひっくり返され倒れた盗賊の頭をゴルフスイングでナイスショットをしていたのだ。
これがリリパールでも扱える軽量メイスでなければ確実に死人が出ていた。
「りりっぱさんは言いましたよね。俺の戦闘は信頼しているって。ならば俺に任せてくれればよかったんです。なんで必要以上の攻撃を?」
「あれは……思わず、つい……」
「あのねぇりりっぱさん。俺は別に飛び出して暴れまわったことで怒ってるんじゃないんですよ。なんで謝ろうとせず言い訳ばかりしているのか。それを怒っているのです」
まるでO泉のような説教を続け、リリパールは結局謝罪した。
だがあれは双弥も悪かった。
1人だけ嬉々として何かをしようとしていたのだ。ずるいと思われても仕方がない。
「……まあ今回は被害がなかっただけよかったとしよう。次回からはきちんと俺を頼るように」
「「はぁい」」
「よろしい。エイカはともかくリリパールは弱いので特に自重して欲しい」
「あの、ですから私にも教えてください!」
「無理」
「な、何故ですか!」
エイカは双弥の予想を遥かに上回った上達をしている。
だがそれもそのはず。双弥が始めたころは大体週に2、3回道場で2時間ほど稽古をし、家で1時間くらい毎日自主練をしていた程度だ。毎日6時間以上ずっとやっているエイカの成長が早いのは当然である。
もちろん双弥もこの世界へ来てから劇的に強くなっている。発勁がいつでもできるようになったのだ。
それはさておき、1日6時間以上の練習をリリパールができるとは思えない。
ならば2時間でどうか。それならば可能だろう。
だが練習時間が3分の1になるということは単純に考えると3倍の期間が必要になる。今のエイカと同程度になるためには半年くらいかかってしまう。
「つまり今から教えたところで戦えるころには魔王を倒している可能性があるんだ」
「でっ、ですが……」
「わかってる。だからリリパールには剣を教えようと思う」
「あっ、あの剣を切った技ですか!」
「もっと基礎のところだけどね」
「それでもいいです。退屈よりはずっといいです」
双弥の稽古は暇つぶしに成り下がっていた。
「それでエイカにはそろそろちゃんとした実戦を積ませようと思う」
「ほ、ほんと!?」
エイカは嬉しそうだ。
先ほど盗賊を倒した腕を見る限り、弱めの魔物くらいなら大丈夫と踏んだのだ。
「そんなわけで2人とも、シートに座っていいよ」
2人はそっとシートへ座った。
そこで双弥はにやりとする。
「はあ、やはりシートのほうがいいです……ね……」
リリパールの動きが止まった。それと同時にエイカも身動きひとつ取ろうとしない。
と、そのとき道の起伏のせいで馬車が大きく揺れた。
「くあっはああぁぁぁ!」
「うっ……きゅうぅぅぅ」
2人は涙目になりながら悶える。
「ど、どうしたんだーふたりともー。だいじょーぶかー」
わざとらしく心配したように双弥は2人のもとへ行き、『ここか? ここが辛いんか?』と言いつつ足をさする。
「あぐ、あぅぅぅぅ」
「はうあう、はぅぁぅー」
足は動かせないため、手を壁に何度も叩きつける。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
「い……、痛いの。お兄さん、やめて……」
いたいけな少女が涙ながらに懇願してくる。こんなシチュエーションで興奮しない双弥はいない。
だがこれ以上2人から嫌われたくないため、ほどほどのところでやめておく。
10分後、双弥は土下座させられる羽目になった。
『ご主人、魔物だぜ』
「よしきた。数は?」
『10はいねぇんじゃねぇか?』
殺伐とした車内に朗報が入った。丁度いいくらいの数の魔物だ。
流石に大型な魔物であるならばエイカにはやらせられない。だが人間サイズ以下ならサポートさえすれば大丈夫。
徐々に魔物との距離が縮まっていく。そして姿が見えてきた。
「あれは……」
そこにいたのは7体のオーク。双弥が5体ほど相手すればなんとかなる。
だが皮肉なものだ。初の魔物との戦闘がイフダン──エイカの住んでいた町を滅ぼしたオークであるとは。
「エイカ、槍を持て」
「あっ……、あああ……」
エイカが震える。以前にもあった。それはエイカが意識を取り戻したとき。
記憶があるのだ。奴らが町を襲い、蹂躙していったときの。
「やっぱいい。俺1人でなんとかする」
「あっ……ううん、私も……やる」
エイカの目には恐怖、そして決意があった。
吹っ切るつもりだ。この戦いを踏み台にし、過去の自分と。
双弥とエイカは馬車から飛び出し、駆けた。オークのもとへ一直線に。
オークはその足音に気付き、棍棒を振り回し威嚇する。
破気を用いる双弥のほうが足が速いため、エイカと徐々に距離が離れていく。これからエイカが到着する間、残り2体だけにするつもりだ。
オークの群れの手前で双弥は一瞬止まる。そして再び加速。タイミングがずれ迎え撃つはずの棍棒が空振りする。
そこへ双弥の居合。正面にいたオークの首は跳ね飛ばされた。
その死体を蹴りつけ、後ろにいたオークの動きを阻害する。半歩踏み込み上段から一気に振り下ろす。
オークの頭蓋骨は叩き割られ、瞬時に絶命する。更に半歩右へずれ、右から棍棒を振り下ろしてくるオークの頭を棍棒ごと真っ二つにする。
再加速をしてから実に7秒ほどの出来ごとだ。それだけで3体のオークを葬り去った。
残り4体のオークは囲うように双弥の周りに動き、一斉に棍棒を振りかざす。
双弥は身を低くしつつ大きく一歩踏み込み、オークの間へ体を滑らせる。
すれ違いざま左のオークの膝へ妖刀を叩き込み、骨を砕く。
絶叫が耐えぬうち双弥は跳ね返るように戻り、足を潰したオークの背後から延髄を突く。
そのオークを蹴飛ばし妖刀を抜き、残ったオークへ向かい構える。
あと1体潰すつもりだったが、ここでエイカがやってきた。
エイカは槍先で地面を叩き、自分の存在をアピールする。それに釣られオークの1体がそちらを見、突進してきた。
残りのオークは双弥に睨まれ動けないでいる。これでエイカは1対1で戦えるのだ。
オークの顔に向けて槍先を構えているため、オークは足を止める。棍棒では槍のリーチを補えない。
エイカは槍を突く。だが若干遅かったのか、オークにかわされる。
オークは槍を横目に前へ出て棍棒を振り下ろす。だがエイカはわざと突きを外していたのだ。
槍を引き戻す際に捻りを加え、半回転した槍先が棍棒に当たり軌道を逸らす。そのときがら空きになった顔へ再び槍を突く。
槍はオークの頭を貫通し、後頭部から出ていた。
「うっ」
エイカは顔を少ししかめた。魔物とはいえ生きているものをその手にかけたのだ。反応としてはおかしくない。
だがすぐに自分の成すことをするため、勢いよく息を吐き槍を構える。
これならばいけるだろうと感じた双弥は妖刀を鞘に納め、オークとの距離を一気に詰めて逆袈裟に切り上げた。
残り1体。双弥は足早にエイカの後ろへ下がり、様子を伺うことにした。
武器を持っていても無駄だと思ったのか、オークは棍棒をエイカに向かって投げた。それをとっさに槍の柄で受ける。
それと同時にオークは突進。突きをするには距離が短すぎる。
掴みかかってこようとするオークの腕を回転させた槍で弾き、半歩進んでかわす。
勢いが止まらないオークはたたらを踏み、エイカとの距離が離れる。すかさずエイカは射程距離に入り、振り返ろうとするオークのこめかみを貫いた。
オークは少しの間痙攣し、再び動くことはなくなった。




