2話 過去の遺産
「勇者の……子孫……?」
「はい」
500年前の勇者の子孫だというこの男に、双弥は背筋がヒリヒリする感覚を受けた。
「な、何故……」
言葉が出なかった。
何故その祖先は地球に戻らなかったのか。どうしてその子孫が破壊神を信仰しているのか。他の勇者の子孫はどうしているのか。戻った勇者がその後どうなったのか。
聞きたいことが押し寄せすぎて何を聞いたらいいのかわからない。
「色々聞きたいことはあるでしょう。それでお1人ですか?」
「いや、そのことなんですが……」
双弥はまず自分の説明をした。
他の勇者と違い、破壊神によって召喚された別口の勇者であることや、ここへ来たのは破壊神により導かれたこと。そのことを皆には黙っていることなど。
一通り聞き終えた主教は、双弥に他の勇者を一緒に連れてくるように言った。
そして今、宿へ戻ってきたところである。
「へぇ、昔の勇者の……。面白そうだね! 僕は行くよ」
「なるほど、そういった人物がいたのだな。ならば聖剣を直す術も知っている可能性があるわけか」
ムスタファも納得してくれたようで、双弥は2人を連れて早速セィルインメイへ向かった。
入り口でまた勧誘を受けたが軽くいなし、応接室に入った2人は先ほどの双弥と同じように辺りを見回し、様々なものに興味を持った。
そこへまた主教がやってきた。ムスタファは立ち上がり挨拶をしようとしたが、まだそこまで回復しておらず、座ったままで不敬を詫びた。
「それでみんなをここに呼んだ理由を聞かせて欲しいのですが」
「そうあせらなくてもいいでしょう。まずそちらの方ですね。聖剣を折られたというのは」
「ああ……」
ムスタファは申し訳なさそうな顔をした。
別に主教が与えたわけではないので、そのような顔をする必要はない。だがムスタファは彼が創造神に仕えるものだと勘違いしているらしく、そういった対応をした。
「それであなたはどちらの国から?」
「アラブだ」
「む……それはどのような国でしょうか」
「海と砂漠の国だ」
それを聞いた主教は思い当たる一振りの剣を持ち、ムスタファに見せた。
「これは?」
ムスタファの聖剣と同じ、片刃曲刀であった。
「以前の勇者の持ち物です。名をズルフィカルと申します。聖剣は直すことができないので、これをお使いください」
名も同じであった。
形はそれぞれ勇者のイメージなため少々異なってはいたが、おおよそでは間違いない。
それをムスタファが掴むと、突然体が異変を起こした。
「ぐぅ……がああぁぁっ」
「お、おい! 大丈夫か!」
悶え苦しむムスタファを双弥は介抱しようとし、ジャーヴィスは主教に向け剣を抜こうとした。
だが主教は顔色ひとつ変えず、その様子を見守っている。
その様子に不信感をもったが、ムスタファを見てそれが何故かわかった。
だんだんと肌が潤い、肉付きがよくなり血色も戻ってきたのだ。
「こ、これは?」
「勇者の聖剣は、勇者が持つことでその力を使うことができるのです。それが他人の聖剣でも同様ということがわかっています」
つまりジャーヴィスのエクスカリバーでもよかったのだ。
そしていつしか元に戻ったムスタファは、汗を拭い取り立ち上がると最敬礼をした。
「申し訳ない。このようなことまでして頂けたのに疑ってしまった」
「それには及びません。しかしあなたは運がいい」
「運がいい、とは?」
本来聖剣が折れてしまうと勇者はそこで朽ち果てる。
それは勇者と聖剣が繋がっている、というわけではないらしいのだ。
聖剣を持つと勇者は人を超えた力を使うことができる。だがそれはあくまでも使うことができるだけであり、力を得るわけではない。
それはつまり、自らの力を最大限以上に使ってしまうだけということである。
聖剣はそのとき疲弊した体を無理やり保護しているだけなのだ。
そのため折れてしまうとその力が失われ、今まで酷使してきた体へ一気に反動が戻ってくる。
ムスタファが助かったのは、その期間が短かったおかげである。もしこれがあと数ヶ月後であったら死んでいたかもしれない。
それを聞いてムスタファとジャーヴィスは恐怖で身震いした。力が上がって喜んでいる場合ではなかったのだ。
「これを回避する方法はあるのですか?」
ムスタファが恐れるように訪ねる。
もうあのような状態にはなりたくないのだろう。それがひしひしと伝わってくる。
「そうですな。行動を制限し、なるべく聖剣を離すのがいいらしいです」
過去にこの世界へ残った勇者らが色々調べてわかったことだ。
聖剣と離れても大丈夫な距離はおよそ1キロ程度。それ以上離れると折れたときと同じ状態になる。
実はその状態でいるのがいいのだ。
聖剣が離れている状態というのは、本来の自分の状態であるということなのだ。
だから聖剣を1日持ったら2日は体から離し、休養を取る。それを繰り返すことで急激な体の変化を回避できるらしい。
ムスタファとジャーヴィスはそれを熱心に聞き、メモを取ったりしていた。
「だが私がこの状態のとき、双弥もジャーヴィスもいた。聖剣が近くにあったはずなのに治らなかったのは何故なのか」
「それは……聖剣は1人に対し1つだからです。この聖剣には今持ち主がいなかったためです」
つまりジャーヴィスの聖剣では駄目だったようだ。
聖剣は1つにつき1人のみ。1人で多数所有することができないし、大勢で1つを共有することもできない。
「とすると、なるべく早い段階から慣らしたほうがいいだろうな。私は今日からでも行いたい」
「僕も怖いけどやることにするよ。まずはここで暫らく旅を中断しよう」
「そうだな……。できれば鷲峰君にも教えたいところだけど、今どこにいるかわからないしなぁ」
「だけどみんなでやったら僕らを誰が介護するんだい?」
ジャーヴィスの言葉にムスタファは苦い顔をした。
自らの力で動くことができない状態なため、誰かに面倒を見てもらわねばならない。
「俺は大丈夫だから2人の面倒を見るよ」
「なんで双弥は大丈夫なんだよ! さてはこのことを知っていたんだな!? ずるいぞ!」
双弥の申し出にジャーヴィスは食って掛かった。
「違う。俺は元々自分の力だけでいたからだ」
「どうしてだよ! 双弥だって僕らと一緒で剣をずっと持っていたはずなのに!」
「それは……俺の刀は元々鞘付きだっただろ。そして勇者としての力は鞘から抜かないと発揮できなかったからだよ」
聖剣召喚で鞘ごと召喚したのは双弥だけだった。それは居合いの性質上、鞘と刀がひとつの組とされていたためである。
ジャーヴィスやムスタファ、そして鷲峰にフィリッポも剣のみをイメージしていたせいで剣しか現れず、鞘は後から調達したのだ。
というのは半分本当で半分が嘘だ。
双弥の場合、妖刀から発する破気を体に取り込み力を得ている。故にどれだけ使用しても体の負担が増えるわけではない。
「では皆でこちらに宿泊してはいかがでしょうか。世話役ならいくらでもおりますので」
「それはありがたい! 動けない僕のち○こを双弥に掴まれないなら喜んでお世話になるよ!」
「私もそれで異論はない。厄介にならせてもらうぞ」
双弥たちは暫し足止めをすることになった。




