6話 折れた聖剣
「ぐぅぅ……がっ、はあ!」
「お、おいどうしたんだ」
突然ムスタファが倒れ、もがき苦しみだした。
全身の骨や筋肉が軋み、夥しい量の汗が吐出され、ガラベーヤが浸ってしまっている。
あまりにも水分が出過ぎている。このままでは危険だ。
「ムスタファ、水だ! 飲めるか?」
「う……ぐ、うぅぅ」
双弥が荷物から水を取り出しムスタファに差し出した。それを震える手で掴もうとするが、力が入らないらく虚しく空を切る。
自力で飲めないならば飲ませるしかない。ムスタファの上半身を持ち上げ、水を飲まそうとする。
ムスタファの体が熱い。これはまるで汗でなく、皮膚が溶けてるのではないかというほどの熱が感じられる。
「エイカ、水をくれ!」
「う、うん」
エイカも自分の荷物から水を取り出し、双弥へ渡した。それをムスタファの頭からかけ、自分の水をムスタファの口に流し込んだ。
それから少し様子を見てると、息は荒いが少し落ち着いてきた。
「これ……どうすっかなぁ……」
双弥は折れた聖剣を見て独り言る。
一応確認してみたところ、妖刀はヒビどころか傷ひとつ付いていなかったため安心したが、そうなると今度は聖剣をどうすればいいものか考えてしまう。
ムスタファの異変は聖剣が折れてしまったせいだと推測できる。ならば剣を直すことができればムスタファも戻るかもしれない。
「がっ、げほっ」
「どうしたムスタファ!」
突然むせるムスタファの手を握る。水分が抜け、ミイラのようになっていた。
少しでも力を入れたら砕けてしまいそうな肌にゾッとしつつも、ムスタファの顔をじっと見つめる。
「そ、双弥……。聖剣を……」
ムスタファが手を伸ばそうとしている。
双弥は慌てて剣先を鞘に入れてから納刀し、横たわるムスタファのよこにそっと置いた。
するとムスタファの状態はそれ以上悪くならず、現状を維持するようになった。
(一体これはなんなんだ……)
鞘に収まったズルフィカルを見つめつつ、双弥は考え込んだ。
色々な原因が思い浮かぶ。最も有力なのは生命あるいは魂が共有されていることだ。
ありがちだが武器が壊れることによって命が危ぶまれるというのに納得がいく。
修復する方法はあるのだろうか。もしあるとしたら……。
「ムスタファ。聖剣を直す方法を知っているか?」
「……いや……」
ムスタファが知らないということは、他の勇者も知らない可能性が高い。
しかしそうだとしても、何かヒントのようなものがあるはずだ。
何故なら全ての聖剣が折れてしまった場合、魔王を倒せるものがいなくなってしまうからだ。
創造神にとって魔王と聖剣の勇者はセットであり、そして必ず魔王が倒されなくてはいけない。ならば何かしらの対策があってもおかしくない。
そこで双弥はいくつかの予想を立ててみた。
聖剣が折れた勇者に対し、後から創造神が何かしらのコンタクトを取ってくる。
ただしそのタイミングが全ての勇者の聖剣が折られた場合の可能性がある。
そのために複数の勇者を予備として召喚していると考えられるからだ。
もし勇者全員の聖剣が折られた場合、別の考えも浮かぶ。
今の勇者たちを切り捨て、新たに勇者を召喚するというものだ。
そうだとしたらいたずらに皆を殺してしまうことになってしまう。
フィリッポに恨みがあるのは確かだが、鷲峰やジャーヴィスは友人といってもいい連中だ。双弥もむざむざ死なせたいとは思わない。
どうするべきか。双弥が頼れるものは────
「破壊神! 破壊神はいるか!」
叫んでみた。
だがこんな声が届くわけがない。双弥だってそんなことくらいわかっているが、ものは試しだ。
『うっさいわねぇ。突然叫ぶんじゃないわよ……』
「ば、刃喰!?」
突然刃喰がオネエになってしまった。いや、刃喰を通して破壊神がコンタクトをとってきたようだ。
『あら……。どうかしましたか、私の勇者よ』
「は、破壊神、だよな?」
『ええ。ごめんなさいね、寝起きだったもので』
「は、はあ……」
呑気な物言いに拍子抜けしそうになったが、気を取り直して尋ねることにする。
「勇者の剣が折れた。なんとかならないかな」
『はぁ? 私の傑作が折れるわけないでしょどんな使い方してんのよボンクラ!』
「い、いやいや。俺のじゃなくって……」
『あら、失礼。ハゲんとこの勇者の剣ですか? いいではないですか放っておいて』
「そういうわけにはいかないんだよ。悪いやつじゃないしさ」
『まあいいわ。いずれ私の勇者にも関わってもらいたかったところがあります。そこへ行けば何かわかるかもしれません』
「それはどこだ?」
『“セィルインメイ”という破壊神信仰団体があります。本部はここから北東にあるワンクル帝国』
「おい、俺が知りたいのは……」
『行けばわかります。ではまた話しましょう。私の勇者よ』
またではなく今話したいことが色々あったのに、破壊神は消えてしまったようだ。話しかけても返事がない。
それよりもこのような状態のムスタファを連れて国を渡るなんてできるのか不安である。歩くことができない以上、荷として運ぶほかない。
こんなときに頼れるものが他にあれば。例えば、他の勇者など。
「なあムスタファ。他の奴らが今どこにいるか知らないか?」
「……1週間ほど前、ジャーヴィスと会った」
「1週間前かぁ。じゃあもうけっこう先に進んだのかな」
「ルードゥンに忘れ物をしたと慌てて引き返すところに出会ってな。ついでにタォクォで欲しいものを頼んでいたのだ。そこの町で落ち合う予定だった」
そそっかしそうなジャーヴィスらしいなと苦笑いをするが、これはありがたいことだ。
ジャーヴィスはシンボリックで車を出現させられる。気のいい彼ならばムスタファの聖剣を直すためと言えば乗せてくれるだろう。
「それよりも双弥。そこの悪魔は一体……」
「ああ、とりあえず町に戻ろう。そこで教えてやるよ」
こうなる原因であったアルピナのことをどう説明しようかと、双弥は更に頭を悩ませることとなった。
「──そうだったのか。異世界というのは凄いのだな」
「まあ、そういうことだ」
双弥はムスタファと同じ宿を取り、そこでファンタジー世界の話をムスタファに色々教えた。
まだ見たことがないが、恐らくいるだろうエルフやドワーフの話や、ペガサスなどの聖獣の話。
ムスタファがやったことのあるMMORPGには種族という概念がないらしく、プレイヤーキャラクターは全て人間であり、獣と人が混じっているものは魔物として倒す対象であった。
そのためアルピナは魔物──悪魔側の生物であると認識してしまったのだ。
「すぐに慣れるとは思わないけどさ、ここは地球と全く違うんだから気を付けないと」
「肝に銘じておく。こうなったのも神が間違いをこの身に教えるためだったのだろうな」
そのすぐ神がどうというところから変えたほうがいいのでは、と思っても余計な火種を作る意味がないため双弥は言葉を飲み込んだ。
日本とその他外国での宗教観というのは全く異なる。国によっては批判したせいで殺されても仕方ないとされてしまう。
その点では双弥が中二病であり、様々な宗教などを知識として詰め込んでいたのが役に立っている。
「んでさ、ジャーヴィスはいつ来るのかな」
「私が知ることではない。だが彼の速度ならばそう時間がかからぬだろう。待てぬなら先に行けばいいと思うぞ」
「そうはいかないんだよなぁ」
双弥はセィルインメイとコンタクトを取り、ムスタファの聖剣をなんとかしたいと思っているし、破壊神も彼らと関わるのを望んでいる。どれだけの距離があるかわからないが、下手に移動するならば待って一緒に行ったほうが早い。
それから2日ほど経った夕方、町は悲鳴に包まれた。




