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聖剣の勇者たち ※俺だけ妖刀  作者: 狐付き
4章 潜入 ヴェーウィン帝国
35/201

4話 エイカ

「ねえ」

「どうしたの?」

「……本当に私、こんなことしてたの?」

「やってたよ。毎日」

「毎日!?」


 エイカはうんざりするような顔になった。



 現在、双弥とエイカは日課である武術の練習中である。

 毎日6時間。棍と槍、それと素手だ。


 ほぼ自我のない状態のエイカならば体力が尽きるまで続けられたが、意識があるとやはり辛いらしい。

 それでも5時間近く音を上げずやっている辺り、今まで蓄積されたものが活きている。

 エイカ自身も体の軸が出来上がっており、最初なんでこんなにも動けるのかと驚き楽しんでいたが、さすがに延々と同じ動作を繰り返していれば飽きる。



「はぁー、もう疲れたぁ……」


 エイカは大の字に倒れ、ずっと中腰でいたために痙攣する膝を左右に振る。


「お疲れさん。辛いなら続けなくてもいいよ」


 最初の頃は何でも言う通りに動くエイカに面白半分で教えていた面もあった。だが今の彼女はちゃんと自分の頭で考え行動できる。選ぶのはあくまでもエイカであり、強要するつもりはない。

 そもそもあまり自分の技術を教えたいと思っていない双弥としては、ここまで教えておいて辞められるのも残念とも思うが、少しほっとしていたりもする。


 この異世界では未知である技を教えてしまっていいのだろうか、という不安もある。武というものに関心があり、動きを理解できる賢さがあれば見ただけでいずれは自分のものにできる。

 それはいささかよろしくない気がする。外来種が日本の生物を脅かし生態系が狂うように、この世界の武術体系が変わってしまう恐れがあるからだ。


 それでもやはり一度教えた以上、自分が知り得る技は全て教えてみたいという葛藤がある。


「私……続ける。こんなにも体に馴染んだ動作なんだし、ここで放るのはもったいないよ」

「わかった。じゃあ続けよう。明日から旅を再開するけど、移動も含めてやるからね」

「げ……。どれだけ歩くのかな……」

「日によるけど、6時間から8時間かな。練習時間は別にちゃんとあるからね」



 エイカはふてくされるように背を向け、寝てしまった。





「──ねえ、休憩いつ?」

「うーん、あと5キロくらい歩いたらかな」



 エイカが目覚めた翌日には早速町を出、次の町へと向かっていた。

 そしてまたふてくされるように黙ってしまっている。

 元来それほどアクティブな生活をしていなかったのであろう。といっても1日14時間も動くほうが異常といえる。さすがに若さではどうにもならないことだってある。


 最近双弥の感覚が麻痺してきているせいもある。アルピナを抱いて歩くため、破気を利用して体に負担をかけていないせいで疲れていないのだ。

 つまり無意識状態でいた頃のエイカがおかしかったのだ。


「次の町に着いたら今度は馬車にでも乗ろう。その方が速いし」

「……ん」


 心なしかエイカの歩みが速まった。




 その日の夜遅く、野営をしていたときに再びアルピナが唸りだした。

 目を覚ました双弥が辺りを見回すが、やはり何も見えない。


『ご主人、魔物だぜ』

「一応聞いておく。どれくらいだ?」

『10はいるぜ』


 つまりたくさんいるということだ。双弥はエイカを起こそうか考えたが、今までのエイカとは勝手が違う。魔物の群れを見てパニックを起こし、走り回られたら厄介なためそのままにしようと考えた。


 なんて思っていてもそうはいかないのが世の常だ。

 地響きと共に現れたのは5m近くありそうなほどの巨人が3体にフードをかぶった人らしき影が10ほど。巨人は首輪に鎖を付けられ人のようなものに連れられている。この巨人はペットかはたまたM奴隷か。


 そして人らしきものが1人、双弥の眼前にやってきた。



「貴様が我らの使役する部隊を倒した男だな」


 フードの中から声が聞こえる。

 月明かりがあるため闇夜ではないが、その奥にある顔は確認できない。だが双弥はこれが人間ではないと感じた。

 傍に立っている気配が人と言うにはあまりにも異質であるためだ。そして今まで倒してきた魔物のうち、このように人語でコンタクトをしてきたものはない。

 双弥は一瞬身震いをした。知識にあるこういった類の存在は基本的に強い。魔族とか悪魔など、物語によって呼ばれかたは様々だが、魔王に関係するものであることは確かだろう。


 パァンと、双弥は激しく手を叩いた。それに一瞬身構えるフードのものたち。

 だが双弥は威嚇するために行ったのではない。それで驚いたものが他にもいるのだ。


 エイカは突然の音に驚き目を覚ました。


 揺さぶって起こせる状況ではないため、少々荒っぽいがすぐに動けるようにしたかったのだ。


「エイカ、槍を持ってろ」

「えっ? えっ?」


 言われてもすぐに反応できない。辺りをキョロキョロと見渡している。

 やはり思ったようにいかないなと一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたが、今目線を外すわけにはいかなくエイカが槍を握ったと仮定して次の行動を取る。


「それでお前らは俺をどうしたいんだ?」

「……死ね」


 やはりそう来たかと双弥は妖刀に手をかける。


「刃喰!」


 双弥は叫ぶ。が、何も起こらない。


「おい、どうしたんだよ!」


 再び話しかけても答えは返ってこない。

 一体何がどうなったのかと疑問に思うところで、何故刃喰が動かないかを理解した。


 何かが聞こえる。

 耳を澄ますとそれが呪文の詠唱であることがわかった。


 以前双弥が予想した通り、刃喰は魔法に弱い。そして魔法を使う魔物と対峙するのはこれが初めてだった。


 (これはやばい! かなり厄介だ)


 双弥は顔を歪め、舌打ちをする。

 刃喰が使えぬ状況で魔法を扱う魔物を複数相手にする。全くといっていいほど予想していなかった。共に戦う仲間がいれば違っていただろうが、今そんなことを考えても意味がない。

 たらればを妄想していられるほど気楽ではないのは誰の目からでも明らかだ。


「くっそぉ!」


 とにかくやるしかない。双弥は目の前にいる魔物に斬りかかった。


 斬れない。


 双弥の放った居合。刀身にはフードだけがまとわりついていた。


「ふん、この程度か」


 魔物は離れた場所にいた。

 月明かりが照らすその姿に、双弥は戦慄を覚える。


 原色に近いと思われるほど赤い顔に、黄色い目。まるで鬼かナマハゲを連想される。

 そして今の一撃をかわす辺り、相当に強いのが伺えた。


「エイカ、逃げろ!」


 そう叫んで一瞬視線を後ろに向けたとき、いるべきものがいないような気がした。

 考えている暇はない。すぐさま顔を前に戻したとき、それがわかった。


「ぐっ……」

「がっ、はっ」


 一瞬にして魂の灯が消え失せる声が聞こえた。赤い魔物は驚くように振り向いた。


 ──アルピナだ。


 魔法を詠唱していた後方の魔物たちの喉を確実にえぐっていっていた。

 逃げる隙も与えず、まるで通りすぎる閃光のように。離れた位置から見ていても敵を討つ一瞬だけ辛うじて姿が見えるほどの速度で。


 (何故かわからんが、これは有難い!)


 理由はわからなくても今、アルピナが参戦してくれている。願ってもいない好機が訪れた。


「くっ……ギガンダを放て!」


 赤い魔物が叫ぶと、鎖が弾け巨人が暴れだした。

 だが魔法が使えるものがいなければどうってことはない。そこにいるのはただでかいだけの魔物でしかないのだ。


「刃喰!」

『おうよ!』


 その叫びに呼応して刃喰が勢い良く飛び出し、巨人を楽しげに切り裂いていく。


 (全く、こいつは……)


 双弥は苦笑いを浮かべた。

 だがそれは油断であった。最悪といえるほどの。


「やべっ」


 その言葉よりも速く、赤い魔物は双弥を横切り後ろにいるエイカへと向かっていた。


「エイカあぁぁ!」


 振り向き叫ぶ。それと同時に肉が貫かれる音がした。


「な……っ」


「えっ、わ、私……」


 エイカが弱いと油断していたのは赤い魔物の失態だった。彼女の無意識に放った槍の突きは、魔物の胸を綺麗に捉えていた。

 呆気に取られたのは双弥だけではない。エイカも、赤い魔物もだ。全員何が起こったのか一瞬理解できなかった。


「ぐっ……ちぃっ」


 痛みで一寸早く我に返った赤い魔物は槍をへし折り、逃げるように姿を消した。

 それと同時にエイカは座り込み、自らの両手を見つめつつ体を震わせる。

 怖かったのだろう。襲われたことに対してか、それとも生き物の体が貫かれる感触に対してか。


 こういう場合、どう言ったらいいのかわからない。双弥は差し伸ばそうとする手を止め、顔をしかめる。


 暫しの沈黙の後、ふと双弥の横から声がした。



「おなかすいたきゃ!」

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