8話 港町
「……こりゃ凄いな」
双弥がつい口に漏らしてしまうほどの光景がここにあった。
人の数でいったらキルミットの邸下町のほうが多いだろう。だがこの光景はまた別物だ。
簡潔に言うと雑多。双弥はまるで祭かフリマのようだと感じた。
服装も多種多様。そして建物としての店はあまりないが、そこらじゅう屋台や露店だらけだ。
リヤカーや荷馬車が道の真中を往来し、その間を縫うように人が通る。まさにカオスである。
港は2つに分かれており、片方が漁船用。もうひとつが旅客船と商業船用だ。
旅客船と商業船は検疫や税関などが設置してあり、通行が制限されている。
漁船には税関などは必要ないため、別の桟橋が設けてある。だが海上で取引ができないよう、漁船の荷は必ず蓋のない箱で行い、全て市場に置かなくてはいけない。
なかなか厳重な警備のため入り込むことはできない。そうなるとどう入り込み、旅客船に乗るのがいいのだろうか。
アルピナが言うことを聞いてくれるのならば単独でゲートをくぐり、中で落ち合うという手が使えるのだが、それは望み薄だ。
抱いて撫でている分には大人しくしている。だからこのまま連れて行けるのが理想である。
獣人を連れていても問題がない条件があればいい。シルバーナイト或いはホワイトナイトであれば護送などの理由で、もしかしたら乗れるかもしれない。
しかし双弥にはそのどちらにもなる方法がわからない。そのうちそのうちと先送りにしていたのもあるし、トラブル続きだったせいもある。
「そうだ、ティロル公団を探そう」
双弥は思い立ち、辺りを見た。
ティロル公団は人間にとってどうか知らないが、獣人からは信頼がある。ならば公団の人間であればアルピナを連れていても不思議ではないのではないか、という密かな考えだ。
もし頼れるのならば世話になるのもひとつの手だ。これだけ大きな町ならばあってもおかしくはないだろう。
そう思い探しだそうとしたところ、あっさりと見つかってしまった。
近くを歩いている人に尋ねたら一発だった。
検閲所と呼ばれるゲートの横にある建物がティロル公団の支部だ。彼らは家族を装った少年少女売買の調査をするのに一役買っているらしい。
となると人間にも信用のある組織であるのが伺える。
それならば是非ともコンタクトを取るべきだと双弥は建物の中へ入った。
「いらっしゃい……おや?」
受付らしき男性が、言葉を詰まらせた。
それは双弥の姿ではなく、エイカとアルピナを見ての反応だった。
目がやばい。
この男の表情に台詞を付けるとしたら「うひょーほほほ」であろうか。そこそこイケメンかと思っていた双弥は彼を残念そうな目で見た。
「あの、少し話をしたいのですが……」
双弥が話しかけると男は鬱陶しそうな顔で見、そして営業的な表情に戻った。
「はい。どのようなご用件でしょうか」
「公団に入りたいのですが」
「……本気ですか?」
「当たり前です」
双弥は言い切った。
これは旅を続けるのにも好都合になるし、なによりも同志と行動を共にできるというのはかけがえのないものだ。
男は少し考え、再びエイカとアルピナを見てから双弥に待つよう伝え、奥へ入っていった。
暫くして男が戻ってきて奥の部屋に通された。
エイカとアルピナと共にそこへ入ると、40代ほどの男性がソファーに座っていた。見た感じ普通のおっさんであり、とても少女愛好者ではない。
入ってきた双弥たちを座るよう言うと、3人を見比べる。
どう見ても不思議な組み合わせである。17の黒髪の少年と12歳ほどの灰色の髪の少女。それに獣人の幼女。
双弥とエイカはどう見ても兄妹には見えない。顔の作りがぜんぜん違うからだ。
かなり贔屓目に見れば再婚した親の連れ子同士という、血の繋がりのない兄妹か。
「リーブから要件は伺っていますが、その、お連れのお2人は?」
ティロル公団としては当然気になるであろう、少女を連れている理由。
もちろん双弥はこと細かに説明をした。
ほぼ全滅していた村で少女と出会ったことから、半ば騙されたように少女を娼館経営者に預けてしまい、助けだしたこと。
国のお偉方に預け旅に出たが、ついてきてしまったこと。町から町へ移動するところで獣人に襲われ、アルピナと出会いなつかれてしまったこと。
当然ある程度は脚色をしている。お尋ねものになったことや、リリパールたちと顔見知りであることなどを伏せたり。
「なるほど、それは大変でしたな」
「ええ」
「最初に怪しいところに預けたのが災難でしたな。そのせいでよそに預けるのが不安になったのでしょうから」
「そうなんです。危険だし過酷なのであまり連れ回したくなかったのですが……」
「公団としては最初の時点で少女と関わろうとすることが有り得ないです。しかし聞いた状況では確かに放っておくほうが問題ですね。それにご両親をちゃんと埋葬したところがいい」
基本実際にあった出来ごとのため、話に辻褄が合っている。不審な点がなかったので男も特に問い詰めたりはしなかった。
アルピナについても彼女の種族は基本我儘で、他人の言うことを聞かないのは知っていた。引き離そうとしても逆効果だろう。
「確かに少女が望む形で応援をするのが我々の方針。彼女たちがついて行きたいというのならば叶えてあげるのが正しい」
「ですよね」
「──が、貴方が旅を諦め、どこかの町で暮らすという選択肢もありましたよね」
男は鋭い眼光で双弥を睨むように見た。
彼の言うことも一理ある。少女の安全や幸せを考慮するのであれば、その場に留まるべきだからだ。
つまり双弥は少女よりも自分のことを優先してしまったことになる。これは公団にとってスルーできることではない。
「それはそうなんだけど……俺にだってやらないといけないことがあるんです」
「そのやらなくてはいけないことよりも少女を優先するのが我々ティロル公団ですよ」
「しかし……」
「まあ貴方にも事情があるのでしょう。その口の動きで、この大陸の人間ではないことくらいすぐわかります。それでひとつ案があります。貴方をティロル公団別大陸支部の人間としておきます。大陸が違うので多少ルールが異なるということなら通るでしょう」
それは双弥にとってありがたい話だ。しかしそれは話がうますぎる。
双弥にはいいことだが、ティロル公団のどこに旨味があるというのだろう。
こういう話を持ち出す場合、相手に有利なようで実は自分に利益があるようになっているものだ。
ようするにこの話、双弥に都合の悪い部分がある。
「申し出はありがたいのですが、それで公団にどのようなメリットが?」
「そう急かさなくても隠すつもりはありませんよ。貴方には囮になって頂きたい」
「囮?」
「そうです」
話はこうだ。
双弥が囮となって少女を連れていく。するとそれが気に入らない連中が双弥にちょっかいをかけてくる。
その相手とはティロル公団の暗部と言われる連中、通称ティロリストだ。
彼らは少女と関わる男に対して妨害工作を行ってくる。今の双弥の立場はうってつけだ。
それに連中は腐ってもティロル公団だ。少女たちに危害が及ぶようなことはしない。その点は安心できる。
「もしそれを断ったら?」
「断ったとしてもその子らを連れている以上、彼らは貴方に手を出すでしょう。つまり貴方には断り損ということになります」
「なるほど。それで、囮になって何をすればいいんでしょう」
「できれば捕らえて欲しいですね。それが無理なら名前だけでも調べて頂けたら助かります」
公団でも誰がティロリストかわからないらしく、このままでは公団の信用が堕ちてしまう。なんとかしたかったところ双弥が現れたというわけだ。
話を聞く限り双弥には相当な実力があるとわかるため、何かあっても返り討ちにできるだろうと踏んでのことだ。
ティロリストは大掛かりなことや飛び道具などを滅多に使わない。少女が巻き込まれる可能性があるからだ。
接近戦であれば勇者でもない限り双弥が負けるとは考えにくい。
双弥にとってデメリットよりもメリットのほうが大きい。となるとこの話を通したほうがいい。
「わかりました。受ける方向でお願いします」
「ようこそ、ティロル公団へ。私が支部長のコンファームです」
「そ……ツヴァイです」
双弥と男は握手をした。もうひとつの名を告げて。




