4話 山中にて
「お腹すいたきゃ!」
「もう干し肉しか残ってないけど……」
アルピナは双弥から干し肉を奪い食いついた。
ソブリンから脱出して5日、双弥は山の中を歩いていた。
辺りは背の高い木々に覆われ、もう既に自分がどこを歩いているのかもわからない。
ここは麓なのか、中腹なのか。登ったり下ったりを繰り返し、最早遭難状態だ。
そんな中迷わず歩いていられるのは、偏にアルピナの誘導のおかげでしかない。
もしこれでアルピナが集落に戻り、アイザーまで案内してくれなかったら双弥は確実に野垂れ死ぬ。
ならばもう獣人の集落に住んでしまったほうがいいのではなかろうか。そこは双弥にとってパラダイスであろう。
「けっこう歩いてきたと思うんだけどさ、道合ってるのかな」
「何言ってるのきゃ。みんなの話し声聞こえてるきゃ」
双弥は辺りを見回し、よく耳を澄ませた。
が、全く聞こえてこない。
「距離でいうとどれくらいかな」
「知らないきゃ」
獣人は距離が雑、というよりも人間とは距離に対する考え方が違うのだ。
人間の場合は距離を数字にする。それにより正確で、且つ誰にでもわかるようにできるからだ。
戦う人間なら尚顕著で、距離というものが命と直結するケースが多々ある。
だが獣人の距離というものは、全て感覚のみで行う。長さなんて知らない。その代わりに感覚に関しては人間の測量よりも細かい。
耳の角度がこのときに、これくらいの大きさで聞こえたらどの程度離れている、など。
そんな処理を瞬時に行え動ける辺りが人間との決定的な差なのだろう。
「じゃあ後どれくらいで着けるかな」
「双弥歩くの遅いきゃ。次のごはんくらいまではかかるきゃ」
今までアルピナと一緒にいて食事をねだられるサイクルから計測すると2~3時間くらいだ。
双弥は決して遅くはない。ただ山中を歩きまわるのは道を歩くのとは違う。悪い足場のせいで速度は落ち、体力も必要以上に削られる。
それに伴いまた歩行速度が落ちるという状況のなか、よく歩いているほうだ。
そんな道を今の双弥は平地と同じくらいの速度で歩けるのだが実際はそうもいかない。
エイカのことを考えるとかなり速度が落ちる。時速でいうと現在1キロか2キロだ。
だが現代日本でぬくぬく育っていた双弥と比べたらまだ体力はあるようで、黙々とついて来る。
まあ彼女が黙々としていないときなどないのだが。
「てか、それだけの時間かかる距離から声聞こえるんだ……」
伊達に大きな耳をしていないなと双弥は胸元にいる少女の頭を見た。
森は音を掻き消しやすい。音は空気の振動によって伝わるものだが、たくさんの木や枝がそれを遮り、そして擦れあうことで雑音を生む。
だがそれは人間が聞こえるかどうかの問題であり、アルピナは森の外──つまり木よりも高い位置から伝わる空気の振動を拾って聞いている。聴力は普人の数十倍はありそうだ。
(ふぅむ、破気だと耳は良くならないか)
現在双弥は破気を常に体へ取り込んでいる状態である。そうでなくばアルピナを抱えたまま山道を何日も歩くなんてできない。
だが体が強化されたからといって、耳まで良くなるわけではないようだ。どちらかと言えば鼓膜まで強化されていて聞こえづらくなる感じがする。
それよりも双弥は妖刀というものがだんだんわからなくなってきた。
破気は大分使いこなせてきたはずなのに、使えば使うほどその限界が掴めずにいる。
聖剣の力──シンボリックは魔力を消費するため限界があり、回復するまでに時間がかかるという。だがこの妖刀から発する破気の限界が未だにわからない。
だから今はエイカが移動の基準になっている。エイカが疲れたら休憩するのだ。
ここ数日、起きている間は常に破気を取り込んでいる。なのに全く使い切る気配がない。
双弥はまだ恐れているのだ。破気というものに対して。
多く取り込めば取り込むほど力が得られる。が、今以上に吸収してしまったとき、この体が耐えられるのか。また心がどうにかなってしまうのではないかと。
『ご主人、囲まれているぜ』
そこで双弥はハッとなった。余計なことを考えすぎていて、周囲に気を配れずにいたのだ。
確かに居る。樹の枝や木陰、岩陰に。数は10を越え、20に達する。
双弥は妖刀に手をかけ、辺りに集中した。
この場で囲っているとすれば、相手は獣人で間違いない。
「アルピナよ。普人族を連れてきたのか」
「違うきゃ。運ばせたのきゃ」
「……どちらにせよ結果は同じではないか」
どこからか聞こえる声にアルピナが答えると、呆れたような返事が返ってきた。アルピナは普段からこのような感じなのだろう。
そして木陰から現れたのは、前回戦った虎柄の男だった。
まだ片腕が治っていないのか、添え木を付けて包帯で巻いてある。
「お前は……」
「ふん、やはりお前だったか。アルピナを離せ」
「そう言われてもなぁ」
双弥はアルピナに目を向ける。
耳の付け根を撫でると気持ちよさそうな顔をする。これは手放せない。
「悪いが他をあたってくれ」
「は?」
虎柄は何を言っているのかわからないという顔をした。多分誰にもわからないことだ。
一瞬呆気にとられたがすぐ我に返り、双弥の道を塞ぐ。
「待ててめぇ。これより先に進むつもりならまずオレを倒してからにしろ」
「んじゃ遠慮なく」
双弥は妖刀を抜いた。
「おい、普人族は素手の相手に武器を出さないと勝てないのか? みっともねぇことだ」
虎柄は素手で挑発をしてきた。
単純な力勝負であれば獣人のほうが圧倒的に上だ。この挑発に乗る価値はない。
「ふん、道具も使えないとかケモノは所詮ケモノだな」
負けじと双弥も挑発し返す。
「オレが武器を使えることくらい知っているだろう。だが生憎片腕がまだ使えねぇ。だったらお前がこちらに合わせるのが筋ではないか?」
「合わせる必要はないと思うが?」
お互いが挑発し、牽制しあう。自らの土俵に引きずり込んだほうが勝つからだ。
「おい、急いで戻り、メスたちを隠せ」
「ちょっとまてぇぇぇ!」
競り負けたのは双弥のほうだった。目的を奪われてしまったら一体なんのために来たのかわからなくなってしまう。
虎柄は以前の双弥の感じからいってここへ来た凡その理由はわかっていた。自分らを弄びたいのだ。
「ふん。で、どうする?」
「ちくしょう……ちくしょう……」
双弥は頭を抱えた。
素人の人間相手であれば遅れを取ることはない。だがパワースピードで勝る獣人相手となれば話は別だ。
人の限界を越えた相手と素手なんてどう戦えばいいのか。
武器は使わないというだけで帯刀はしておき、破気を用いるという手もある。というかそれしか勝ち目はない。
「よし相手をしてやろうタイガーヘッド」
「では武器は外してもらおう」
「い、いや、抜かないからこのままでいいだろ?」
「ダメだ。お前はなかなかの武人と見た。そういった連中は追い込まれると無意識に武器を使う。だから外せ」
野生の勘というやつか。双弥の刀からただならぬ気配を感じていたようだ。
万事休す。双弥は妖刀をエイカに渡し、拳を構えた。
「いくぞおらあぁぁぁっ」
虎柄が一気に距離を詰め、殴りかかってきた。
双弥もそれに応じ、懐に入り込み拳の勢いを利用して虎柄の腰を自らの腰で突き上げ、一気に投げ飛ばした。
「ぬがぁっ」
虎柄は何が起こったかわからないらしく、呆然としていた。
(なんとか通じるな)
双弥は試しにやってみた変則の背負投げで感覚を掴んだ。
見たこともない技を受けて反応できず、受け身もなしに地面へ叩きつけられた。
だが体の耐久力は高いようで、意識を取り戻したらすぐ立ち上がり、構える。
「やっぱこれだけじゃダメか」
「妙な技を使いやがって。だがもう受けねぇぞ」
今度は距離を少し取り、双弥の動きをじっくり見るため防御姿勢を取る。
だがそれは愚策。
戦いとは後手に回ることはあっても、守りに入った時点で負けは決まる。
パワーとスピードで優っているのならば、それを使って攻めるのが得策。その両者を犠牲にするなんてもってのほかだ。
特に双弥のような輩を相手する場合は尚更。
双弥は力を抜き、ゆっくりと前へ歩いた。
虎柄は何をするのかとじっくり見る。
そして目の前、超至近距離まで来た双弥は、ゆっくりと右手を前に出すと、手のひらで虎柄の腹を軽く触れた。
刹那、何も起こらなかった。
そう、何も起こらなかったのだ。
音もしなければ、双弥が激しく動いたわけでもない。ただ、双弥の体が揺れたように見えただけだ。
しかしそれだけで充分だった。その証拠に虎柄はその場で突然膝をつき、顔から地面へ突っ伏した。
「て……てめぇ……何……しやがった」
「やっぱ足場が悪かったせいか威力が低いなぁ」
双弥が放ったのは、中国拳法の掌だ。
この世界に来るまでの数年間練習していたおかげで体の芯はできあがり、理論も覚えていたが完璧ではなかった。
だがこの世界には練習の妨げになる欲望──ゲームやマンガ、アニメやラノベなどなく、暇つぶしに練習ばかりしていた。
それが功を奏し、正しく発勁できるようになったのだ。
「で、俺の勝ちでいいかな」
虎柄は素直に認めるしかできなかった。




