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聖剣の勇者たち ※俺だけ妖刀  作者: 狐付き
2章 神託 タォクォ王国
18/201

7話 再び

「あれ? 双弥様は?」


 リリパールは空に浮かぶ巨岩を見て呆然としていたのだが、ようやく我に返り辺りを見回す。

 するとそこには双弥の姿がなく、どこかに紛れているのではないかと探した。


 いない。

 少なくとも目の届く範囲には、双弥らしきものでさえも見つけることができなかった。


 リリパールが最後に確認した双弥は、巨岩を見て叫んでいたところだ。それ以降は意識が全くそこにはなかった。

 マリ姫に知られてはまずいため、声を上げることもできない。そして今、イコ姫とコンタクトも取れない。

 まあもしイコ姫と話せたところで結果は一緒だ。何せ彼女は未だに口を開けて巨岩を眺めているのだから双弥の居所なんてわかるはずがない。


 これはまずいことになったと、リリパールはこっそりとその場から抜け出す。

 イコ姫はいいとして、マリ姫以外にばれても厄介なことになる。


「あの、双弥様を知りませんか?」


 少し離れた場所にいた自国の兵にこっそりと尋ねる。

 皆の憧れリリパールにそっと耳打ちされて兵士は鼻の下を伸ばすが、そこはさすが兵であり、すぐに気を取り直した。


「双弥殿なら戻られましたよ。用が済んだのにここにいたら姫様に迷惑がかかると」

「そ、そうですか。ありがとうございます」


 リリパールは、ほっと胸を撫で下ろした。

 自国の兵が自分に対し嘘をつくはずがない。ならばこれは本当であり、双弥はイコ姫の屋敷に戻ったということだ。

 考えてみれば彼は妖刀や刃喰を持ってきていない。それらを置いたまま行ってしまうなんてありえない。


 これでこの場にいない言い訳がたつし、マリ姫もわざわざ自ら双弥と会おうなどと思わないだろう。

 あとはこれから恐らくイコ姫の屋敷へ姫たちが行き、茶会などをするだけだ。その間を耐えれば全て丸く収まる。

 リリパールの顔から険しさが消え、鼻歌でも奏でそうなほど笑顔になった。


 しかし彼女は大切なことを忘れている。





「どちらにおられますか? 双弥様、双弥様!」


 イコ姫の屋敷に戻るなり、リリパールは双弥を探した。

 部屋におらず、庭にもいない。トイレや風呂も探したが、どこにも見当たらなかった。

 妖刀と刃喰も置いてない。

 それどころかエイカの姿も見えない。ひょっとしたら気付かなかっただけで、どこかにいたのかもと再び探すがやはりいない。

 イコ姫の計らいにより他の姫よりも先に屋敷へ戻れたが、長い時間をかけられない。


 また森へ行ったのかと思い、町の門まで行き衛兵に尋ねた。


「双弥殿はこちらへ来られておりませんが……」


「そんなはずはありません。確かに私の兵がそう……」


 ここでやっとリリパールは気付いた。

 兵が嘘をついていなくとも、双弥が兵に嘘をついている可能性があること。


「う……うびゃああぁぁぁ!」



 衛兵は見てしまった。リリパールの貴重な錯乱シーンを。




 ★★★




「なんだ、いたのか」


 森の中、双弥はエイカに話しかけた。

 なんだと言いつつも、いるような気はしていたから驚いたりしない。

 いつものことであるが、エイカは何の反応も見せない。ただじっと双弥のことを待っていたかのようだ。


 あれから双弥は町に戻らず、真っ直ぐに森へやってきた。

 リリパールが馬車で駆けてきても遭遇しないルートを使ったし、ここに来るなど考えていないだろうから今後も会う可能性は低い。


 双弥は妖刀を鞘に納め、刃喰ケースを背中に回してから荷物を背負い込んだ。

 双弥はただ練習のためだけに森へ入っていたわけではない。いつでも発てるように少しずつ保存食や水などを蓄積していたのだ。

 動物などに荒らされぬよう妖刀を鞘から抜いた状態で、更に刃喰まで設置しておいてある。そのおかげで動物どころか虫まで寄っていない。


 (まだ少し足りないかな)


 双弥は背負った荷物の重量で判断する。


 もう少し貯めこんでから出てもよかったが、他の勇者が出発してしまったためのんびりはしていられない。

 特に双弥は彼らと違い、ほぼ徒歩での移動になる。時間が経つにつれ、どんどん差が開いてしまう。

 更に言えば、双弥は東へ向かわない。かなり迂回するつもりだ。


 まず南へ。


 理由は簡単だ。最も早く他国へ行けるルートと判断したからだ。

 キャラバン隊の商人から聞いた話のため、ほぼ間違いないだろう。彼らは領主よりも道に詳しい。


 キルミットのときと同様で、タォクォにいる限り恐らく町へ入ることはできないだろう。ならば遠回りをしてでもすぐ隣国に入れることが望ましい。

 食料の問題もあるが、移動手段が確保できるかもしれないのは大きい。結果的に早く移動できる可能性がある。

 それに他の勇者が東へ向かっているという情報を双弥が得ていることはリリパールも承知だ。うまくいけば追手に見つからず行けるかもしれない。

 

 プランは決まった。準備もぼちぼち。双弥はあとひとつ行えばいつでも出発できる。


「さて、それじゃあ今度こそ本当のお別れだ」


 双弥はエイカにそう告げた。

 さすがにこれ以上一緒にいるのは無理がある。

 既に彼女は保護されており、身の安全が保障されている。

 保護しているのもリリパール──国の重要人物であるため、これ以上ないほどの信頼度だ。

 言動からしても国民第一なリリパールが、双弥を引き止めるためエイカを人質にするなども有り得ない。


 対して双弥の近くにいるということは犯罪者と同行するものであり、生活どころか命までも脅かされることになる。

 それは兵だけではなく、魔物や野生動物の脅威による可能性もある。

 どちらが良いかなどと選ぶほどのことではない。


 双弥としても、できることならばこの少女には幸せになって欲しいと思っている。

 フィリッポにやられたとき、双弥は辛い状態だった。しかし自分を助けてくれた仲間がいた。

 しかしこの少女は、双弥よりも辛い状況なのに、誰も助けてくれなかった。

 それどころか見ず知らずの少年にあちらこちらへ引っ張りまわされてしまったのだ。

 食事もロクに摂れず、睡眠も大してとれず、毎日歩き続け、挙句娼館行きになることろだった。


 母によって命は救われただろうが、心が引き裂かれた。現に今でも意思というものが感じられない。

 自分より辛い思いをしたんだから、せめて自分よりも幸せになって欲しい。

 そう思えるほど双弥は少女に愛着が湧いていた。



 このまま一緒にいると別れが辛くなる。双弥が意を決して振り返ろうとしたとき、服が何かに引っかかったように張る。


 エイカが服の裾を掴んでいたのだ。


「駄目だ。これから先は今まで以上に命が危険に晒される。一緒に連れて行くことはできない」


 そんなことを言ってもエイカは相変わらずの無反応だ。


「いいか? 食料もギリギリだし、もし襲われたらきみを守りながら戦わねばならない。勝手に殺されたとしてもそれを気にしないでいられるほど俺はタフじゃないんだ。つまり、きみがいると迷惑になる」


 当然のようにエイカは反応しない。ただ黙ってそこに立っているだけだった。

 成す術なしかと双弥は後頭部をガシガシとかき、どうしたものかと考える。

 いつもなら言われたことを言われたように行うのに、何故こんなに頑ななのだろう。



 そこで突然双弥は乱暴にエイカの肩を押した。エイカはよろけ、後ろの木に背中をぶつける。

 すかさず双弥は間合いを詰め、片手でエイカの胸を掴み、もう片手でスカートを捲り上げ、内ももに手を這わせた。


「ふ、ふひっ。お、俺はな、こういう奴なんだよ。これ以上一緒について来るなら毎日こういう目に合わせるぞ。どうだぁ? どう……」


 少女は双弥に顔を向けている。その眼には何も映っていないだろうし、何も考えていないだろう。だが双弥にはそれが自分を見透かしているように感じた。


 まるで『あなたはそういう人じゃない。自分のためにやっているのはわかっている』と言っているように錯覚している。

 鷲峰に捕まるまでの数日間一緒にいて、ずっと少女を気にかけて行動していたのだ。双弥がそういうことをしないなどということは今更なことだ。



 次の瞬間、双弥は土下座していた。


「ごめんなさい、今のナシ。やり直させてください」


 何を言っても少女は反応しない。それが更に双弥の罪悪感を増すこととなった。



 暫くして双弥は立ち上がり、地面に線を引いた。


「よく聞いてくれ。きみは生きられなかったご両親の分まで生きなくてはいけないんだ。理由は自分の命を犠牲にしてまできみを助けたからだ。で、ここに線がある。これを越えるときみはご両親の気持ちを裏切り、命を無駄にすることとなる。これから俺が10数える。それまでにこれを越えたら連れて行く。もし越えられないのなら諦めてくれ」


 双弥は目を瞑り、数えはじめた。

 いち、に、さん、し……。



 10を数え終えて双弥はゆっくりと目を開ける。


 すると目の前には誰もいなかった。



「ふぅっ」


 双弥はため息のような笑いをし、自分の横に立っている少女の頭をぽんと叩いた。


「行くか」



 双弥の進む道を、エイカは黙ってついて行った。

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