6話 スタート
「双弥様、ロクデナシは捕まったほうがいいと思いませんか?」
「い、いやいやいや。ロクデナシにだって普通に生きる権利くらい与えてもいいと思うぞ」
「そんなことないと思いますが?」
「じゃあ例えばキルミットの国民にロクデナシがいたとしてだな」
「いるわけないじゃないですか。最低ですね」
ここ1週間、双弥はエイカを連れて森の中へ消え、暫くした後2人とも汗だくになって戻ってくるを繰り返していた。
森へ行くためには町の門をくぐらねばならず、その姿は当然衛兵に毎回見られている。
娼館の件については鷲峰のおかげで冤罪だとわかってもらえたが、それでもなお双弥を見る目は宜しくない。
何の反応も起こさない無意識の少女を誰もいない森へ連れ込み、何をしているかわからぬが2人で汗まみれだ。誰でも不審に思うだろう。
実際のところは双弥が1人で修業をしようとしていたのに、少女がついて来るようになってしまったのだ。
折角だからとエイカに武術の基礎を叩き込んでみようと、色々やらせていた。
今この少女は、言われたことを止めるまでいつまでもやり続ける状態だ。自らの体力が尽きて倒れるまで。
武術の基本である練功は、同じ動作を延々と繰り返し体に教え込む行為だ。地味ではあるが、これをしっかりやらなくてはいけない。
その点で考えると、今のエイカにはうってつけだ。
基礎の型はやり過ぎてもよくないと言う指導者もいるが、やり過ぎて尚強くなった人はいくらでもいるから良し悪しの判断ができない。
だが確かに外から判断すると、とてもいかがわしい行為をしているように感じられる。
かといって双弥は妖刀の特性上、町中で振り回すことができない。
そしてエイカに教えている武術もなるべくなら他人に知られたくない。
それに理由を教えるわけにもいかない。双弥はキルミット及びタォクォでのみ活動ができるという制約を受けている。
妖刀を使う訓練をしていることを知られたら、魔王を倒しに行く、或いは魔王の側につき勇者の障害になると勘繰られてしまうかもしれない。
「えーっと、前にも話したと思うんだけど、俺の国にはレイディオ体操というものがあって……」
「それについては鷲峰様からお伺いしました。確かに存在するそうですが、部屋の中でも充分にできるとも聞いています」
わざわざ森へ行く必要がないのに何故? と遠まわしに訊ねているのだ。
敵か味方か鷲峰迅。
ただ単純に聞かれたから答えただろう。双弥を陥れようなどとは考えていないはずだ。
「はぁ。じゃあ白状するよ」
「最初からそうしてください」
リリパールは双弥と少女の間に何もないという確たる証拠が欲しいのだ。それを知れば苛立つ胸のざわめきが収まるかもしれないのだから。
「俺がやっているのは武術の練習なんだよ」
「武術の? でしたら尚更イコの屋敷で行ったほうがよろしいのではないでしょうか。修練場がありますし」
「悪いけど俺がやっている武術は特殊だから、練習をしているところを見られてはいけないんだ」
「それは嘘です」
リリパールはきっぱりと言い切った。
この世界の常識だと騎士はとにかくアピールをするのが重要なのだ。
自分はこれだけ練習をしている。これだけの動きができると周りへ見せることによって他人から認められる。
そして周りから見られていることで、サボったり手を抜くこともできない。だから練度も上がる。
つまり陰でこそこそ行う意味が全くないのだ。
「それに関しては世界の違いとしか言えないな。見られることで弱点を見抜かれたり対策をされたりもするし、何より真似されるのが嫌なんだ」
リリパールは少し悩み、双弥にここで待っているよう言い部屋から出て行った。
10分ほど経つと、リリパールは腑に落ちないといった表情で戻ってきた。
「鷲峰様と師団長に話を聞いてきました。鷲峰様もそういう武術があると仰っておりましたし、師団長も名誉や勲章などのない世界なら、個人の力の秘密を秘匿することもありえると推測していました。なのでそれに関しては不問といたしましょう」
信用レベルでは完全に鷲峰のほうが上のようだ。
そもそもリリパールは双弥のことを信用していたが、逃げ出したことによりそれは地の底へ潜ってしまった。
誰も悪くないと言えるが、誰もが悪いとも言える。責任を問うならば……とりあえず幕府のせいにしておこう。
「では最後に。それならば何故少女を連れて行くんですか? 知られたくないのでしょう?」
「仕方ないだろ。勝手について来るんだ。かといって追い返すわけにもいかないから、それで……」
エイカは刃喰ですら接近せねば気付かないほど気配がない。
それを一般人レベルのリリパールが察するなんて無理がある。
いつどこからどうやって出て行ったのかわからず、聞いても答えない。そこだけ聞いたら超一流のスパイのようだが、ただの少女だ。
とにかくリリパールが気を付けていてもいつの間にかいなくなっている。これに関しては諦めているようだ。
「彼女がついて行くのは仕方なしとしましょう。でも何故彼女まで汗をかくのですか? 今は昼間でも涼しいですし、森もそんなに奥まで行っていないのでしょう?」
これに関しては基礎を教えていると素直に白状した。
秘密にしている武術とはいえ、基礎なんてどこも似たり寄ったりだから教えても問題ないと説明する。
双弥も大分わかってきたようで、これにもからくりがある。
騎士の戦いの基礎は装備によってだが大きな違いはない。だから師団長に聞いたとしてもそうだと言われるだけだろうし、鷲峰は素人だから聞くだけ無駄だ。
それに基礎は体作りに向いているため、やって損があるものではない。
「わかりました。それも了承致します。ですが明日1日だけは屋敷で大人しくしていていただけないでしょうか?」
「何かあるのか?」
「……黙っていても調べるのでしょうからお教えしておきます。明日、勇者様4人が集まりいよいよ魔王討伐へ向かいます」
とうとう魔王討伐へ向かうらしい。双弥はジャーヴィスとムスタファのことを思い出した。
双弥がフィリッポにやられたとき、2人も助けてくれたと話に聞いている。だがあれ以来会うことができなかった。
「せめて礼というか挨拶くらいはさせてくれよ。それくらいはいいだろ?」
「わかりました。挨拶は大事ですものね」
「おー、双弥だ! 生きてたんだね!」
ジャーヴィスが双弥を見つけ手を振っている。
「お陰様でな。あのとき助けてくれたんだってな? ありがとう」
「いいよ。あそこでリアルなグロを見て吐くなんて惨めな思いをしたくなかっただけだから」
双弥はジャーヴィスを軽く小突いた。
口が悪いジャーヴィスだが、双弥は彼のことを気に入っているし、ジャーヴィスもまた双弥に対し悪い感情を持っていない。
地球で出会っていたのなら普通の友達になれていたかもと双弥は思っている。
「ふむ、どうやら生きていたようだな」
少し遅れてムスタファも到着したようだ。ジャーヴィスとじゃれている双弥を見て話しかけてきた。
「おぉムスタファ。こないだはありがとうな」
「あのときは私が助けたわけではない。神の意志が私を助けさせたのだ」
相変わらずだなと双弥は苦笑する。
それならばとムスタファの言う神に無言で礼をする。
「そういやなんでタォクォがスタートなんだ? 各国から近い方へ進めばいいのに」
「なんでも西から行くと海が広いらしい。だから東へ行ったほうが安全なんだとさ」
長期に及ぶ海の旅の危険度は陸上よりも高い。
魔物は上から下からと襲ってくるし、天候の変化もある。
嵐に遭遇してしまったら陸上のように逃げられる場所がない。言葉通りの意味で嵐が過ぎ去るのを待つしかないのだ。
「皆様お揃いになったようですわね」
満を持してといった感じに、マリ姫が3人の姫を引き連れて登場した。
そして勇者たちを見回したとき、一瞬嫌そうな顔をした。
「リリパール。これはどういうことかしら?」
マリ姫が苛立つような口調で言うと、リリパールはビクッと体を震わせた。
「えっと、その、自分を助けて頂いた勇者様に、どうしてもお礼がしたいと申したので……」
「貴方は約束を覚えられないの? 私がその気になれば──」
「そうじゃ、フィリッポ殿はいかがなされたのじゃ?」
慌てたようにイコ姫が口を挟む。
それを聞いてマリ姫はフフンと見下したような笑みを浮かべる。
「フィリッポ様なら、あそこですわ」
マリ姫が空へ向かって指をさした。
と、突然空が暗くなり、何かの塊がパラパラと落ちてくる。
「な、なんっじゃありゃああぁぁっ」
巨大な岩の塊らしきものが空を飛んでいる。
頭上を通り過ぎたとき、上に何か建物があるのがわかったが、まさかあれに乗っているなどとは誰が思っていることか。
「なんだ双弥、知らないのか? あれはモンサンミッシェルと言うんだよ」
「いやいやいや、なんでモンサンミッシェルが空飛ぶんだよ!」
海に浮かぶ孤島のような寺院がモンサンミッシェルだ。
確かに霧がかかるとまるで雲の上にある城のように見えるが、空を飛ぶものではない。
シンボリックのとんでもなさを今理解したようだ。
その隙を見てマリ姫がスタートの合図を送る。ムスタファは馬に乗り早速進んだが、鷲峰とジャーヴィスがまだ動いていない。
「あんなんありかぁ? どうやって勝てってんだよ」
「簡単だよ双弥。僕らはカメになればいいのさ」
「亀?」
ジャーヴィスが言っているのは童話のウサギとカメのことだ。
あれだけ巨大なシンボリックはせいぜい1時間くらいしかもたないうえ、魔力の回復にはかなりの時間がかかるというのだ。
「つまりあれが下りたところで次に使うため回復に時間を費やすから大丈夫と」
「イエス! だから僕らにも勝つ手段はいくらでも残っているのさ」
「しかしあれ、馬車くらい積めそうだよな……」
双弥が呟いた後のジャーヴィスの動きはとても速かった。
シンボリックにてSUVを一台出現させると、挨拶もなしに颯爽と走っていった。
「ふん、あんなものいくらでもどうにかできるだろ」
そう言って鷲峰は一歩前へ出て剣を抜き、空の岩へ向かって突き出した。
「爆! タネガシマロケッ──」
「やああぁぁめえぇぇろぉぉぉよおぉぉ」
双弥は鷲峰が何をしようとしていたのか瞬時に察し、必死になって止めた。HⅡAロケットをぶっ放そうとしているのだ。
あれはあくまでもロケットであり、そのような使い方をすると各国に誤解を招くのと、せめて無事に宇宙まで飛んで欲しいという願いを込めて制止させた。
「ええい離せ! このままでは先行させてしまう!」
「後生だから! それだけは!」
「ちっ、仕方ない。俺も車を使うか。双弥、知恵を出せ」
「ジャーヴィスがレ○ジローバーだったからなぁ。そうだ、ラ○ドクルーザーがいい」
世界一壊れないと英国で絶賛された車のひとつだ。きっとジャーヴィスが悔しがるだろうと思い言ってみた。
だがひとつ気になることがあった。
「なあ、その前に車サイズだとどれくらい使えるんだ?」
「わからんが、3時間ほどだろうな。あのラ●ュタは飛んでいるがそれほど速くない。充分に追い越せる」
「その後はどうするんだ?」
「……あっ」
鷲峰は仕方なしに馬車へ乗りこんだ。
御者へ急ぐよう促し、ジャーヴィスの後を追った。
こうして慌ただしく勇者たちは出発した。




