18話 双弥、女で身を持ち崩す
「ほんとに? ほんとにそれしかないんですか?」
「はい……申し訳ありません」
本日の宿泊、町の宿で双弥は腕を組み唸った。
今日はたまたま混んでおり、ツインルーム一部屋しか空いていないというのだ。
これが男同士なら特に問題なく泊まれる。しかし相手は同年代の女の子だ。これは唸らずにいられない。
特にスペシャルデンジャラスボディのエクイティでは尚更だ。双弥少年はどうしても意識してしまう。
「え、エクイティだって嫌だよな?」
「……別に」
「えっ!?」
これはもしや誘っているのではないかと勘ぐる双弥だが、よく考えればエクイティとは同室で宿泊した経験があるのだ。だからそんなこと今更である。
というわけで双弥とエクイティは同室で泊まることになった。
「部屋でお湯が浴びられる宿でよかったよ」
「……ん」
双弥たちがいる部屋は、日本で言うところのビジネスツインなどとは違い、高級な部屋だった。
高級といってもそれほど大きな町というわけでもなく、よくある規模くらいの町であるため、ホテル自体が高級というわけではないためたかが知れている。
それでも部屋から出ることなくお湯が浴びられるのは上等だ。湯浴み室の隣の部屋にある瓶に従業員がお湯を入れているだけなのだが、普通の部屋にはないためありがたい。
ちなみに双弥が先に入った。先にシャワー浴びてこいよと鼻声で言いたかったところだが、ここは紳士的に行う。
そして今、湯浴み室からザバザバと音がしているため、双弥は気が気でない。窓際で小さな木の棒を加え、火をつける真似をしてフーッと息を吐く。当然煙は出ない。
落ち着かずうろうろし、ふと思い立って天井を見上げる。
(そういえば天井に染みってどれくらいあるのだろうか)
調べ始める辺り重症だ。この後になにを期待しているのか不明だ。
双弥が迷走している間にエクイティが出てくる。慌てて窓の外を見る双弥。なにを緊張しているんだ。
「……出た」
「あ、ああ。早かったね」
湯船がないのだから、汗を流して頭と体を洗ったら終わりだ。そう時間はかからない。まだ動転しているのだろう。
落ち着け双弥。彼女にその気はない。全てひとり相撲だ。自らにそう言い聞かせる。
「えっと、まだ時間早いけど、なにかする?」
夕食は食べた。体も洗った。まだ宵の口。ふたりきりの部屋。さてどうなるか。答えはもちろん決まっている。
「……寝る」
「う、うんおやすみ」
当たり前だ。双弥も自分の寝床に入り、ランプの明かりを消した。
そして双弥は眠れずにいる。
エクイティの寝ているベッドの頭上にはカンテラがあり、中では小さなロウソクが薄明りを灯している。その小さな光で部屋の中が微かに見える。薄い布団は、その明かりにより巨大なものの陰影を映し出していた。
これがフィリッポだったなら、寝ていようと構わず襲うか、余裕で寝ていることだろう。だがここにいるのは双弥だ。
結局、双弥はロクに眠れず朝を迎えてしまった。
しかし双弥の受難は、これが始まりでしかなかったことだ。
馬車に乗り5日ほど。ようやく目的の山へやってきた。ここまでは特に襲われることなく無事に到着。だというのに双弥は何故か満身創痍だった。
「……つらそう?」
「い、いや。大丈夫だ」
完全に睡眠不足だ。足元がおぼつかない。
馬車の中で寝ていればいいものだが、舗装されていない道だと馬車はよく揺れるのだ。多少揺れたくらいで眠れぬ双弥ではないが、エクイティも揺れているのだ。これは眠れない。
アホだ。アホがこんなところにいる。だが双弥はそういう生き方を選んだ。誰も彼を責めることはできない。
「それでええっと、目的の花はこの山の向こうの山なんだっけ?」
「……そう」
大して高くない山だ。エクイティでも一日あれば越えられる。その辺りで一泊して件の山に挑む予定だ。双弥は数日分の食料や水と毛布、その他細かいもの程度で充分と判断し、それほど大きくないリュックに詰めて背負っている。
魔物程度ならば背負ったまま妖刀で倒せばいいため、特に問題はない。破気によって肉体強化しているのだから、これくらいの荷物なら邪魔にならない。
「んーで、エクイティはその花の匂いしかわからないんだよな?」
「……そうね」
せめて色くらいは知っていて欲しかったところだが、わからないものは仕方ない。場所はわかっているのだから、あとはしらみつぶしに探すしかない。
一番の問題は、目的の山が様々な花の群生地だった場合だ。砂漠の砂から一粒探すような状態だったら流石に双弥も泣くと思われる。
この心配は山頂に着いたとき杞憂に終わったのだが、また別の問題があり双弥は頭を抱えた。
「エクイティ。あの山でいいんだよな?」
「……多分」
「てかあれ、山なのか?」
「……大岩?」
双弥たちが今見ているのは、グランドキャニオンにあるような、柱のような岩山だった。高さはおよそ600メートルはあり、例えるならばスカイツリーの鉄骨をよじ登る感じだ。
ところどころに草が生えているらしく、緑っぽい感じがする。そのうちのどれかが目当ての花なんだろう。
そしてその岩山の下には、犬のような魔物の群れ。
一匹一匹は然程強くない。エクイティでも勝てるだろう。しかしあれだけの群れは無理だ。つまりエクイティを置いて双弥だけ登り、花を摘んで戻ってくるということはできない。
刃喰に守らせるという手もあるが、辺りが血と死肉の匂いで充満し、嗅覚がおかしくなるかもしれない。
「あー……どーすっかなぁあれ」
「……無理?」
「いや、なんとかするよ」
この辺りも魔物は出現するし、確認できるのがエクイティだけだから何度も往復しなくてはならない。
あとはエクイティと共にロッククライミングだが、それはかなり難しいだろう。刃喰に乗せて上昇も、バランスを崩して落ちたら終わりだ。
そうなると、考えられる手は…………。
翌日、双弥たちは岩山の真下まで来ていた。周囲は犬型の魔物に囲まれている。
そこで双弥は毛布などの不要な荷物を捨て、リュックのショルダーを長くし、腰辺りに荷物がくるようにしてその上にエクイティを座らせるようにおぶる。
更にエクイティと双弥をベルトで固定すれば完璧だ。双弥は両手で崖を掴んでいてもエクイティは座っているからずり落ちることもないし、ベルトがあるからエクイティは手を離していても双弥から離れない。
だがこの考えには最大の欠点があった。
双弥が崖を登ろうと手をかけたとき、エクイティが双弥の頭をぎゅっと抱きしめた。
瞬間、のそっと両肩に圧し掛かる玉のようななにか。そして両側から頭を包み込む柔らかな物体。その正体に双弥が気付くのには数秒もかからなかった。
「ふ、ふひょおおおぉぉ!!」
双弥は叫んだ。そう、これはパフパフである。顔からでないのは残念だが、これはなんだと問われたらパフパフとしか言いようのないものである。
それでも理性はちゃんと仕事をしてくれており、崖を登ろうと手を上げる。しかしこれが罠だった。その上げた腕がやわらかいものを伝い顔を圧迫する。その心地よさは双弥の人生にはないものだった。
ただでさえ寝不足なうえに、最近酷い妄想が頭の中で繰り広げられている。そこへきてこの感触は猛毒と言っても過言ではない。
崖を登り始めて数分後、双弥はその劇物の虜になっていた。




