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聖剣の勇者たち ※俺だけ妖刀  作者: 狐付き
11章 波旬 マーリテン大陸
123/201

21話 町に戻って

「──お兄さん……おでいざああぁぁん!!」

「ぞうやざばあぁぁぁ!!」


 町の宿に戻った途端、どれだけ泣き腫らしたのか、パンパンに膨らした真っ赤な顔でエイカとリリパールは双弥に飛びついてきた。涙だか汗だか鼻水だかよくわからないものを双弥の服で拭うように顔を擦りつけてくる。


 以前ドラゴンに囲まれたとき、怯えながらもその前に立ち、双弥のために戦おうとしたエイカ。メイルドラゴン退治に行った双弥を危険であると知ってなお追いかけてきたリリパール。そんな2人がじっと耐えて待っていることに、どれほど不安にさせてしまったのか予想もできない。


「お兄さん……、シャツ……」

「ん? ああ、この程度で済んでよかったよ」


 エイカは双弥のシャツがところどころやぶけていることに気付く。実際のところ直接的なダメージを受けることなく、ただ岩や破片、万里の長城などが掠ったときにやぶれただけなので体に傷があるわけではない。


「ま、魔王と戦ったんですか!? 大丈夫なんですか!?」


 リリパールは絶望の淵から落とされたような顔をする。だがこうやって五体満足に戻ってきているのだから今更な話だ。


「ま、まあ勝ったよ。全員無事だ。それでエイカにちょっと来て欲しいんだけど」


 双弥がそう言った途端、腕にしがみついているリリパールが更に力を加えてきた。


「あ、あのりりっぱさん。ちょっと急いでるんで離してもらえると助かるんだけど」

「嫌です! もう魔王は倒したのですよね! だったらもう離れません! 離れる理由がありません!」

「えっと、そういうのは後で……」

「なんでエイカさんだけなんですか! 私じゃダメなんですか!? そんなにエイカさんがいいんですか!?」

「いやいやいや、そうじゃないって」

「お兄さん! そうじゃないってどういうこと!?」


 魔王を倒して戻ってきたら更なる修羅場が待っていた。これでは王と戦っていたほうがマシである。

 この状況を華麗に捌ける術を持っていたのなら、双弥はきっと童貞チェリボーから脱していただろう。だが生憎双弥は女性の扱いがド下手なのだ。それこそ血まみれになって戦っていたほうがマシなほど苦手であり、オロオロするしかできない。


「大体、お兄さんがはっきりしないからいけないんだよ!」

「そうです! この際だから誰がいいのか決めてください!」

「ええーっ」


 全く意味がわからない。がんばって魔王と戦ってきたというのに何故追い込まれないといけないのか。そして破壊神を呼び出さなくてはいけない以上、厳しい言い方をすると現在リリパールに用はない。だからといってそれをストレートに伝えてしまったらどうなってしまうのか、考えただけでも恐ろしい。


「とりあえず今業務上の用事でエイカが必要なんだよ。それとりりっぱさんとは別に夫婦ってわけじゃないんだから離れても問題ないわけで……」

「じゃ、じゃあ結婚! 結婚しましょう双弥様! そうすれば離れられません!」

「「はあ!?」」


 双弥とエイカは同時に素っ頓狂な声をあげた。この姫様は本当にとんでもないことを突拍子もなく言い出すものだ。


「一国の姫が何を軽々しくそんな……」

「私には継承権がありませんから大丈夫です! 問題もありません!」

「あるよ! リリパール様は親の決めたよくわからない侯爵や他国の王子とかと結婚するって決まってるんだから! それよりお兄さん! やっぱり一般人は一般人と結婚するのが一番いいと思うよ!」

「双弥様は勇者なので一般人じゃありません! それにエイカさんはまだ結婚できる年齢ではありません!」

「そんな決まりごとキルミットにないの知ってるもん!」

「じゃあ作ります! はい作りました! もうダメです!」

「そんな権力リリパール様にないよ!」

「泣きます! 泣いてお父様にお願いします! そうすればやってもらえます!」

「だったらキルミットから出ていくよ! ねっ、お兄さん!」


 もう無茶苦茶である。女の争いの恐ろしさを知った双弥は、とりあえずほとぼりが冷めるまで部屋の外へ待機しようとする。逃げるわけではない。時間に解決させるのだ。

 しかし足元に何かが現れ足を止めさせた。その正体はもちろん勇者隊のマスコット、我らがアルピナさんだ。いがみあっている2人をよそに双弥へ寄ってきたのだ。


「双弥、よくやったきゃ。ご褒美に撫でさせてあげるきゃ!」

「それご褒美なの……?」

「うるさいきゃ! いいから撫でるきゃ!」

「はいはい」


 のんびりしていられないというのに、双弥は仕方なくベッドへ座りアルピナの頭を撫でる。

 そのシルクのようななめらかな触り心地に癒され、至福を感じる。なんだかんだいいつつも双弥には極上のご褒美であった。


「双弥、お前強いきゃ」

「お、おう」


「強い子供が欲しいきゃ。双弥はあたしと子供を作るきゃ!」

「はい!」


 脊髄反射のように返事をする。

 今まで散々我侭を言っていたアルピナがここにきてデレたのだ。即答をせねばなるまい。

 そんなことを考えている双弥は、これもアルピナの我侭だということに気付いていない。ようは受け手がどう思うかの問題なのだ。

 もちろんアルピナは双弥がいいというわけではなく、単に獣の性として強い子孫を残したいというものである。


 そして当然このことに異を唱えるものが2人いる。


「お兄さんのはいティロ魔!」

「双弥様はジューカニストだったんですか!」

「なんだよそれ!?」


 2人してこちらの世界の言葉で双弥を罵る。

 背ティロ魔とはティロル公団の教えである“少女に手を出さない”という誓いに対する背信行為をする人間のことで、日本で言うところの『このペド野郎』である。

 大体、体が小さく見た目が幼いとはいえアルピナはエイカよりも年上だし、しかもそれを言ってしまってはエイカにも手を出してはいけなくなる。完全に自爆だ。


 ちなみにジューカニストは、太古の英雄ジューカスが妻を娶らずに毎晩ケモノと淫らな行為をしていたという逸話が語源であり、地球で言うところのケモナーといった感じだ。



「背ティロ魔でジューカニストでバカで特定難聴で……ほんとどうしようもない人ですね……」


 双弥は決して特定難聴系主人公や鈍感系主人公ではない。あえて言うならば過去の経験から自分の都合悪く解釈してしまうトラウマ系主人公だ。

 ただし双弥が主人公であるかは別であるが。


「決めました! 私は双弥様を矯正して更正させます! これから一生私の部屋から一歩も出しません!」

「更正したら出してよ!」

「治療には一生かかります! ですが安心してください! 私が永遠に傍で看病しますから! 子供は3人欲しいです!」


 このりりっぱはどうやら極度に心配しすぎて頭が壊れてしまったらしい。双弥は可哀想なものを見る目で夢見る末姫を見つめる。

 彼はヤンデレも好きではあるが、あくまでも2次元の話。リアルにいるとさすがに引くようだ。

 それでも女の子からの求婚に戸惑いと嬉しさは隠せない。こういうときどう答えたらいいのかわからず頭が混乱する。


 しかし今は悠長にしていられる余裕はない。連中を放っておいたら悪の勇者たちが短気なハリーを挑発し、そのまま殺し合いを始めてもおかしくないのだ。

 一気にたくさんのことを処理できるほど優れていない双弥の脳はパンクし、この場を収めるとんでもない案が浮かんでしまったのだ。


「…………わかった。全てが終わったら必ずリリパールのところへ戻る。そしたら結婚しよう」

「そ、双弥様……っ」

「お、お兄さん……なんで……? なんっ……」


 信じられないといった顔で双弥を見るエイカを制し、双弥は嬉しさで涙ぐむリリパールの頭を撫でてやる。


「だからもう少し待っててくれ。ちょっとエイカにはやってもらう仕事があるんだ」

「はいっ」


 涙を流しながら満面の笑顔で答えるリリパールに後ろ髪をひかれつつ、双弥は呆然としているエイカを連れ逃げるように去った。


 だがリリパールは気付いていない。全てが終わったらの全てとは一体なんのことなのか。

 苦し紛れとはいえ双弥の言い訳は男として最低である。ラビッシュと言ってもいい。後で残酷な謝罪ショーが待ち受けること請け合いだ。


 それでも仕方ないのだ。女性に免疫のない男はいざというときテンパッてしまい、信じられない行動を起こしてしまうものである。そして後で自己嫌悪に陥る。だから決して双弥が全て悪いわけではない。

 時代……そう、時代が悪いのだ。



「……お兄さんは、私よりリリパール様のほうがいいの……?」

「そんなことはないよ。正直な話、一緒に居て一番落ち着くのはエイカだし」


 くやしさと情けなさ、いろいろ混じった表情のエイカは道すがら双弥に訊ねた。

 確かにリリパールは美しく愛らしい。エイカよりも少しは胸だってある。だけど双弥のそばにずっといたのは自分なのだ。それなのに選ばれたのはリリパール。幼くとも女としてのプライドが揺らいでしまう。


「でも、だけどお兄さん言ったよね。リリパール様と結婚するって……」

「あ、ああ。全てが終わったら……」


 そのなんとも言い難い双弥の返事から、エイカは嫌な気持ちになった。

 なにかから逃げようとしている。そんな印象を受ける。


「……ねえお兄さん。全てってなに?」

「じ、人生、とか?」


 この答えで確信した。双弥は自分の都合よくリリパールをキープしたのだ。

 リリパールと結婚したくなったら全てが終わったことにして、したくなかったらまだ終わってないことにすればいい。そんな返事である。


「お兄さん…………。さいってー」


 エイカは本気で双弥を軽蔑した。いくら相手がヤンキチであろうとも乙女であることには代わりない。その純真を弄ぶのは万死に値する。

 そしてその言葉に本気を感じた双弥は今更になって己の間違いに気付き青褪める。なんてことをしてしまったのだと。


「い、急いで謝ってくる!」

「それこそ本当に最悪な行為だよ……」


 世の中なんでも謝ればいいというわけではない。たとえ自分の行いが悪くとも、謝ることによって余計に相手を傷つけることもあるのだ。


 双弥が取れる道は3つ。ひとつは諦めてリリパールと結婚すること。そしてもうひとつはリリパールと結婚をせずクズ道に堕ちること。最後のひとつは志半ばに死ぬことだ。



 今更だが双弥はリリパールが少し苦手である。

 最初のうちは少女の可憐さにメロメロであったが、騙されていることを伝えられ、更に刺客まで差し向けられたり散々な目にあったからだ。


 しかし双弥が彼女を嫌えない理由もそれなりにある。

 まずは勝手に飛び出してしまったこと。こっそりやって驚かすなどというサプライズで喜ばれると思っているのは、ただの独りよがりな童貞野郎の発想でしかない。逆の立場になって自分がそうされたら喜ぶかよく考えるべきだったのだ。


 出て行きすらしなければ、騙されているとはいえ双弥はなにも不自由なく幸せに暮らせていたであろう。そして騙しているつもりになっていたリリパールも、いつしか本当の自分の気持ちに気付き、そこから嘘偽りのない幸せが待っていたかもしれない。


 今まで国が大事、国民が大事と自己暗示のように自分の心へ言い聞かせてきた少女が、己の心の思うまま行動するのは難しかったのだ。テンパッてしまいロクでもないことをしてしまった今の双弥ならばリリパールの暴走が少し理解できる。


 そもそも嘘だとしても生まれて初めて好きだと言ってくれた女の子をそう簡単に嫌えるものではない。双弥は案外引き摺る男なのだ。



「じゃ、じゃあどうすればいいんだよ」

「それ私に聞くの……?」


 エイカは信じられないといった顔をした。

 双弥は忘れているのかもしれないが、彼女は地球ならばまだ小~中学生辺りだ。酸いも甘いも知っている大人ではない。意見されたところで持ち合わせる知識こたえなどないのだ。


「そうだ。みんなで結婚すればきっと丸く収まる」

「ジュウコフィアンは嫌われるよ……」


 この世界の言葉でもなんとなく伝わるものもある。双弥は少し悲しい顔をした。

 重婚は法的に規制されていないが嫌われる。それはキルミットの政策のひとつであった。

 好色な貴族がどんどん女性を手篭めにしてしまったら市民から反感を買うし、農村などならば将来的な働き手を減らす可能性もある。

 しかしキルミットは公国のなかでも特殊であり、国の法は簡単に変えられない。そのために昔の公爵が行ったのは意識改革だ。

 妻を多く娶る男は卑しい変態であるといったイメージを貴族たちに植え付け、1人の女性と最期まで共にすることこそ貴族の美徳だという風にした。

 それが功を奏し、現在でもキルミットとは一夫一妻が当然となっている。


 だからリリパールが泣こうがわめこうが法だけはどうにもならないのが現実だ。


 ちなみにジュウコフィアンというのは太古の豪傑ジュウコフがたくさんの女性を娶った逸話からきている。重婚に言葉が近いため双弥にはなんとなく通じている。




 とにかく誠心誠意話し合う。それによる采配はリリパールに委ねる。これが双弥のできる精一杯であった。双弥は宿に戻ると、ベッドに座りなにやら俯いて考えごとをしているリリパールに正面に立ち向き合う。

 なにかを言わねばならない。だがなにを言ったらいいものか。双弥は口を開くが言葉がでないでいる。


「────あの、双弥様」

「ひっ、ひゃい!」


 双弥が言いあぐねていると、リリパールのほうからおずおずと口を開いた。


「先ほどはすみません、取り乱してとんでもないことを言ってしまいました……」


 どうやら心配の種がなくなったところで冷静さを取り戻し、自分がいかに弾けてしまったのかを思い返して自己嫌悪していたようだ。

 それに関してはエイカが横にいたというのも原因である。お互い競うように奪い合おうとしてしまったため、理性を吹っ切り収拾つかないところまで言ってしまったのだ。


「えっと、その、やはり私たち、結婚とかはまだ早いと思うのです……」

「そ、そうだよね! リリパールもまだまだ若いんだし! あはははは……」

「ええ。私も一応立場がありますし、その…………申し訳ありません……」

「いいんだよ! 全ッ然気にしてないから! むしろ俺のほうこそ悪いなとは思ってるし!」



 なんとなく双弥は許された感じになった。



 しかしエイカの侮蔑した目は変わることがなかった。

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