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夕焼け幕間劇場 ~「嗚呼、青春の川っ縁」

「聞いてもらいたいことがあるんだ……」

 村長との談合を終えた帰り道、セリフィアが思い詰めた様子で言った。常にないその口調に、ヴァイオラは目を眇めて傍らを歩く少年を見上げた。戦士として鍛え上げられた巨体と、無愛想なその顔を見れば大抵の人間は除けて通るに違いない。

 しかし、彼女にとってはただの迷い子にすぎなかった。


 しばらく後――川を見下ろす崖の上、村人もあまり来ないであろう草地に二人は居た。暮れなずむ薄明かりの中、柵にもたれ並んで座る。対岸の森の梢をかすめ、いくつもの鳥の群が鳴き交わしながら飛び立っていく。その光景をぼんやりと見つめ、セリフィアはおもむろに話し始めた。

「俺はハイブへの憎しみから剣を振るってきた。それ自体は今も変わらない。けど、セロ村に来てからそれだけじゃなくなってきているのも感じてた。仲間を思う感情もあるし、誰かをいたわる気持ちもないわけじゃない」

 セリフィアは眉を顰め、苦しそうに胸の辺りを押さえた。

「カインが目の前で恋人を失い、ラクリマはまるで生き写しのような人間が爆死している。二人がどれだけ辛いかは想像に難くない。……だが!俺の感情を今支配しているのは二人へのいたわりでも思いやりでもなんでもなく!ハイブへの憎悪だ!」


 吐き出すように半ば叫ぶ彼の目には何も映ってはいなかった。隣にいるはずのヴァイオラに語りかける体裁をとってはいるものの、いま、彼は自分自身に語りかけていた。

「村長の話を聞くまでは違ってた。少なからず二人を思ってた。けど今はどうしてもハイブへの憎悪が先にきてしまう。大事な人を失う辛さはよくわかるはずなのに。理性は二人を思いやっても感情が憎悪で埋め尽くされてしまう。

 俺はこの数ヶ月間で少しは変わってきたつもりだった。けどそれは表層だけだったのかもしれない。中は憎悪の塊のままだ。自分が人なのかどうかさえ疑わしくなってきたよ……。

 もしかしたら俺の血の半分は魔か何かかもしれないとさえ思えて来る」

 少年は似つかわしくない、暗く自虐的な笑みを浮かべた。

「こんな本性、Gが知ったらどう思うだろうな……」



「ばか!」



ぶぁしぃっっ!!



 ヴァイオラの張り手がとんだ!



「どうしてそんな事いうの!セイ君は、セイ君はね……!」

 驚きに目を瞠ったセリフィアの頬に手を伸ばし、ヴァイオラは少年をぎゅうっと抱きしめた。

「ほんとうはとっても優しいよい子だよ。みんな知ってるから……ね」

 それは心のどこかで望んでいた言葉だった。セリフィアの目から涙が溢れる。

「ヴァーさん、おれは……」

「いいから、今は黙って泣きなさい」

 もらい泣きしながら、わかっていると無言で頷く彼女にすがりつき、少年はこみあげる嗚咽を隠せなかった。


 沈みかけた真っ赤な夕日が熱く泣き濡れるふたりを照らし出していた。


 ひとしきり泣いたあと、彼はすっと立ち上がって涙を拭った。そこには迷いを吹っ切り、一回り成長した少年の姿があった。

「ショーテスを出るとき、強くなるんだって誓ったんだ。もう誰も失わないように。

 ――ありがとう。もう大丈夫。今度こそ、誰も死なせない」

 そんな少年の髪をくしゃりと掻き混ぜ、ヴァイオラもこっそり涙を拭って立ち上がった。ぽん、と彼の肩を叩き、からかうように笑う。

「ふふ。強くなるなら、まず酒を飲めるようにならないとね」

「そうだな……ははは」

 何となく照れ隠しに笑い合う。そうしてどちらからともなく肩を組み、宿屋に向かって歩きだした。


 そんなふたりの背中を、真っ赤な夕日がいつまでも追いかけていた。



終 幕

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