ずっと一緒に
バッドエンドです。
彼が好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。彼はかっこいいし、願えばどこにでも一緒にいられるし、いつだって私が快適でいられるようにしてくれる。好きだ。どうしようもなく自慢の彼だ。みんなに見せびらかして私のだと言ってやりたい。でも、逆に皆に見せたくない。だって、私の彼だから。私だけの彼だから。
そんな私と彼の出会いはごく平凡なものだった。街で買い物中に見かけ、一目惚れ。努力して、手に入れた。ほんとにそれだけ。それだけなのに、今は彼がいないということを考えられないぐらいにまでのめり込んでいる。それぐらい魅力的。
「静香! ボケっとして何考えてんの? うどんのびてるよ?」
今、親子丼を持って話しかけてきたのは和紗。この会社に勤めて一番最初にできた友達。休みの日はいっつも二人で遊びに行くの。とても行動的で、女友達というよりも男友達という感じなんだけど、そのことを本人に言うとすぐに機嫌が悪くなるから言わない。
「ふふ……内緒」
笑顔で応えながらうどんをすする。う……。うどんすっごいのびてる。しかもぬるい。
「どうせ例の彼のことでしょ? すっごいにやけてたし」
「和紗、エスパー?」
大正解だよ、と教えてあげる。
「バーカ、それ以外に何があるってのよ」
ちょっと苦い顔をして笑う和紗。
車買ったと思ったら彼氏までとかこのリア充め、などと悪態をつく和紗を見て、ついつい笑みがこぼれる。
「いつか和紗にもできるよ」
そう言ったら彼女は、何故だか悲しそうな顔をした。
定時に会社を出て、彼の待つ駐車場へ向かう。早く会うために、ちょっと小走り。
「お待たせ」
彼の肌に夕日が反射してキレイ……。普段はちょっと冷たい雰囲気だけど、夕日をバックにするとこんなにも温かい雰囲気になるんだな……、と思いながらロックを解除して乗り込み、自宅へ走る。
「今日ね、会社の食堂でにやけてたらしくて、和紗に馬鹿にされちゃった」
またもにやけながら、それでもしっかりと前を向いて運転する。
「しかも! にやけてた間にうどんすっごいのびちゃってさ、すっごいまずいの」
応える声は、ない。
「これからはうどん食べきってからにやけなきゃね!」
家に着く。車庫を開ける。
「ちょっと汚れてるね……。カラダ洗おっか」
私はそう言って彼に水をぶっかけた。タイヤはたわしを使って念入りにブラッシング、ボディーはスポンジにたっぷりと水を染み込ませて水洗いし、素早く拭き取る。
「せっかくきれいにしたし、明日はお休みだから、デートしよっか」
海とか川とかにドライブ、良いでしょ? などと言ってみる。彼が笑った気がしたから、私も笑ってみた。
「さあ、今日はデートです! どこ行こっか?」
天気は晴れ。ちょっとした行楽日和。海だと痛むかもしれないし、こんな日はあれしかない。
「……キャンプ!」
よし決定ね、と言いながら車庫から走って出る。急いで荷物をまとめて、彼に乗り、ひとまず彼に食事をさせに走る。
目的の店にて、帽子をかぶった店員の指示に従い、駐車する。その店員に私は笑顔で彼の食事を注文するのだ。
「ハイオク満タンで!」
キャンプ場につき、テントを張る。もちろん、彼が入るくらいのサイズのものだ。その次は川を背景に彼との写真を撮る。一枚、二枚、三枚、……。その次は山を背景に……。
「これぐらいで十分かな」
彼のそばに腰掛けて本を読む。やわらかな日差しが私たちをつつみ、爽やかな風が私の頬を撫でる。大自然の中、彼と二人きりのこの空間を満喫する。
「あっれー? 静香じゃん! 何してんのー? って読書かよ!」
突然の声にびっくりして顔を上げる。
「和紗……?」
あたしの言葉に頷いてから和紗はテントの方を見た。
「随分と大きいテントね、何人で来てるの?」
「あ、彼と」
和紗の顔は逆光になっててよく見えない、そのはずなのだけれど、なぜか彼女の顔が歪んだ気がした。
「二人でこのサイズ? 大きすぎない?」
てか、その彼は? と聞く和紗に彼を指し示してあげると、怪訝な顔をされた。
「車……?」
何を言ってるのかな和紗は。ずっと話して聞かせてあげてたじゃない。
「彼だよ。和紗は誰と来たの?」
「あたしはひとりでだけど……、それよりも、静香、この車が例の彼なの……?」
和紗の質問に笑顔で頷く。途端に、和紗の雰囲気が変わった。
「あたしはこの車に負けたっていうの……!?」
「え……?」
和紗がすごい形相で彼を睨みつける。
「こんな感情もない無機物なんかに静香をとられるなんて……! あたしの方が先に出会ったのに! あたしの方が絶対に静香のこと幸せに出来るのに! あたしの方が静香のこと好きなのに!」
憎悪をあらわに彼に向かって叫ぶ和紗。私はただ、呆然と見ているしかできなかった。
「たとえ人様に認められなくても、いつの日か静香はあたしと一緒になってくれるって信じてたのに……!!」
……しばらくして、和紗は私の方を見つめてきた。
「静香、本当にこれのことが好きなの……?」
力なくそう呟く和紗に、あたしは頷いてみせる。
「和紗には悪いけど、私が好きなのは彼だけよ」
「星、綺麗だね……」
彼と一緒に星を眺め、呟く。
結局、あのあと和紗はおとなしく帰っていった。悪いことをしたな、とは思うけどこればっかりはしょうがない。会社で気まずくなるのは嫌だけど……。
「あ、流れ星」
ずっと彼と一緒にいられますように。あんなことがあったあとでも、出てくる願いはそれしかない。しょうがない、そのぐらい彼のことが好きなのだ。
「このまま離れたくないな……」
月曜日、出勤すると空気が一変していた。
「おはようございます」
挨拶するも、皆無視。なんでだろうと思いながらロッカールームの扉に手をかけようとした時、中から声が聞こえてきた。
「え、静香の彼ってただの車なの?」
「そうそう、その彼と二人というか一人でキャンプに行ってたらしいのね。ある意味すごくない?」
「うわ……何それ超イタイね」
キャハハハ、と中から耳障りな甲高い笑い声が聞こえてくる。頭が痛くなる。これは、和紗の想いに報いなかった罰なの……?
気づくと、あたしは駐車場まで走っていた。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……。
そうだ、もう会社に行かなくてもいいんじゃないかな? 会社に行かなければ、その分、彼と一緒にいられるよね? なんだ、なんで今まで気づかなかったんだろう。どうせならこのまま旅にでも出ようかな。二人っきりでさ、いろんなところをドライブするの。それとも、静かな山で二人で暮らす? どっちともいいな……。あ、でも、いずれ飢え死にするよね。彼と一緒ならそれも有りかな。二人で心中もいいかも。その場合入水かな? 人目につかないほうがいいかな……。それだとやっぱり山の奥の方に行くべきよね。
「そういうわけで、山に行きましょう」
家に帰る道すがら、彼に告げる。母方の実家の近くに寂れて人が滅多に入ってこなくなった元キャンプ場があったから、あそこに行こう。あの山に行くだけで二、三週間くらいかかるし、途中で観光しても楽しそう。……いや、もう人と関わるのはこりごりだから、山まで直行かな。
「ひとまず、ガソリン代と食事代ぐらいは持っていかなきゃね」
そう言って財布を片手に彼に乗り込んだ……。
「着いた……」
十九日間移動し続け、二人でいる時間を邪魔するようなモノは何も存在しない素敵なトコロに着いた。途中で荷物が増えたせいで財布の中身も空っぽで、彼のガソリンもほとんど残ってない。私自身も丸二日以上食事を抜いている。これ以上動くのは私も彼も不可能だろう。そんな状態でも私は幸せなんだ。
「これでずっと一緒にいられるんだね……こんなところまで来る人なんていないもんね……ずっと二人きりなんだね……嬉しいね……」
ふと、ウィンドウから外の景色を眺める。ちいさな青い鳥が彼のボンネットに乗っているのが見えた。かわいいな……と思いながら私は彼から降りて後部座席からガソリンスタンドで用意したタンクを出し、一つ目の中身をあたり一面にぶちまけた。二つ目のタンクを取り出し、少しずつ自分にかけていく。灯油独特の匂いに包まれながら三つ目のタンクを取り出し、それを内にも外にも余すところなく丁寧に彼にかけていく。
「せっかくきれいにしたのに、ごめんね……」
コンビニで買っておいたマッチを取り出す。火をつけて遠くに放り投げる。箱に入っている数全部、一本一本火をつけて投げていく。地面についたところから轟音と共に火が広がっていく。最後のマッチを手に持ち、灯油まみれの彼に乗った。
「短い間だったけど、ありがとう……ごめんね」
迫り来る火を見ながら、彼のハンドルにキスをして……マッチに火を点け、となりのシートに落とした。暑い。熱い。灼熱の炎に包まれ薄れゆく意識の中で、あの青い鳥が見えた気がした。
世間から認めてもらえないことは知っていた。けれども、それでも彼と一緒にいたいと願った。そんな唯一の願いを、こんな形で叶えることになるとは思わなかった。でも、二人きりで最期を迎えるというのも悪くはないのかもしれない。もし来世に出会うことができたら今度こそ二人で幸せになろうね。
部活用に書いたものの、別バージョン。
個人的には大会に出したものよりこっちの方が気に入ってるからこれを投稿。