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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

青い死神

My room was found.

作者: 悠凪

 赤い緩やかな巻き毛が勢いよく風に踊らされて、カレンは頭を抱えるように押さえた。

「もー…なんでこんなに風が強いの?」

 青と紫のオッドアイが恨めしげに空を見上げる。雲ひとつない空が、カレンには寂しく見えた。

 

 カレンには、何もない。

 神ではあるが、位も低く、家族もない。友人だって少なく、守りたいものもないし、なくしたくないものもない。あるのは体一つだけ。今日も、特にしたいこともなく数少ない友人と話をしていただけ。

 友人は家族がいるから帰ってしまう。カレンはそれを見送り、一人小高い丘にいた。

 ここから見える景色はカレンのお気に入りだ。虹色のようなグラデーションを見せながら沈んでいく太陽の代わりに、顔を出す月。星達が少しずつ光を瞬かせて増えていくさま。点在する神殿。その中にひたすらに大きな最高神のそれがあり、少し小さなものが妻のもの。

 緑の中に白い荘厳な建物が見える様子が大好きだった。

 …でも、僕には何もない。

 そう思うと、寂しさが膨れ上がってきて、少しだけ涙腺が弱くなる。座り込んで、細い脚を抱え込むように座っていると、ますます寂しくて、顔を膝に押さえつけるようにして小さくなっていると頭上から声が聞こえた。

「綺麗な赤毛だねぇ」

 穏やかなのんびりした声に、カレンはふと顔を上げる。

 朱から闇へと移り変わってくグラデーションの中に浮かぶ、黒に近い青の髪の毛に、鮮やかな青紫の瞳の端整な顔の男が、カレンを見下ろしてにっこり笑っていた。カレンがキョトンとしていると、男はカレンの隣に腰を下ろして顔を覗き込んできた。

「どうしたの?捨てられたみたいな顔してるよ?」

 捨てられた?

 男に言葉が妙にしっくり来てしまって、カレンは思わずクスクス笑い出した。

「僕なんか変なこと言った?」

 青紫の瞳が楽しげに細められて、カレンが笑うのを見ている。それは凄くきれいで、カレンの心の中にすっと入り込んで心臓を高鳴らせた。

「その目も綺麗だね。僕の好きな色だ」

「好きな色?」

「うん。紫って好き。僕の目は少し違うから、その目の色、良いなぁ」

 子供のような言い方で、男は白く細い指をカレンの頬に添わせ、そっと撫でた。ひんやりとしているのに、やけに温かく感じて、カレンはそのかわいい顔をほころばせると、ほんの少し自分からその指に頬を摺り寄せた。

「何?僕に懐いてくれるの?」

 男もカレンの頬の感触が気持ちいいのか、クスクス笑いながら指を悪戯に動かしている。

「懐いても良いの?」

「別に僕は良いよ。でも僕は気まぐれだから、相手してあげないときもあるけど、それで良いならね」

 あどけなさの残る笑顔に、からかうような表情を見せて男は言う。カレンはそれににっこりと笑って答えた。

「それくらいはかまわないよ。僕のこと見てくれるだけで良いから」

 誰にも必要とされていないように感じる毎日よりも、少しでも自分を見てくれるなら、そっちの方が幸せだと思う。

 それに、この人には何かを感じる。

 余裕げな雰囲気の中に、何かあるような気がする。寂しいような悲しいような、怒ってるような。穏やかな中に、何か自分に似ているような影が見え隠れしているように、カレンは感じていた。

「僕はアンリ。名前は?」

「…カレン」

 カレンが名乗ると、花が綻ぶようなふわりとした笑顔を見せて、カレンを抱き寄せた。漆黒のローブにすっぽりと包まれるようにその腕の中に引き込まれたカレンに、薔薇のフレグランスが纏いつく。

 細い腕とは思えない力に、カレンは驚いて身動きできなくなってしまう。アンリは片方の手でカレンの柔らかい赤毛を撫でながら、楽しそうに笑った。

「じゃあ、今日からカレンは僕のもの。可愛い子拾っちゃった」

 無邪気なその声で、カレンは自分の体から力が抜けていくのを感じる。自分と出会ったことで、冗談でもこれだけ笑ってくれる人がいた。撫でてくれる手はこの上なく優しくて、それでいて胸が痛くなるほどに切ない。

 自分と言う存在が初めて認められたような気持ちになった。

 コンプレックスばかりで染められていた今までの自分の人生が、軽くなっていく。何も出来ない、ただ周りに合わせてすごしていた、自分が殺されていくような感覚の日々で、こんなに優しくしてくれた人はいないし、抱き寄せてくれた人も勿論いない。

 会ったばかりのアンリに、ここまで嬉しさを感じて、愛しさすら感じる自分の感性がおかしいのかも知れないが、それでも拒絶したくない。

 そこまで自分が誰かに何かを求めていたということだ。

 カレンは忙しく鼓動を刻む自分の胸を持て余して、震える手で、アンリのローブをキュっと掴んだ。手触りのいい生地が手の中で馴染むような感覚を与えてくれる。それだけで泣きそうな気持ちになった。そのまま、アンリの背中に腕を回すと、アンリはなだめるようにカレンの背中をぽんぽんと叩いた。

「甘えん坊」

 アンリは肩を揺らして笑いながらカレンの背中を叩く。優しく、母親が幼子にするように。

「ごめん」

 カレンは恥ずかしいけど、アンリの体が気持ちよくて離れようとしない。細身のアンリの体に縋りつくように力をこめた。

「別に良いけど?可愛いし」

 独り言のような呟きが、アンリの体からカレンの体に伝わって聞こえてくる。カレンはもっとその声を聞きたくて、アンリに話をしようと言った。

「いいよぉ。何の話をする?」

 アンリがカレンの顔を覗き込んでにっこりと笑った。その青紫の瞳に自分が映りこんでいるのを見て、カレンは思う。

 

 

 僕の居場所が見つかった。



 青と紫のオッドアイが、幸せそうに笑みの形に変わる。それを見たアンリが、瞼にキスをしてくれた。

「僕の可愛いカレン。僕のこと好きになってくれたら嬉しいなぁ」

「もう好きだよ。アンリのこと」

 カレンが言うとアンリは目を見開いて、それから少しだけ、ほんの少しだけ瞳に影を滲ませて、それをかき消すと再びカレンを抱きしめた。

 アンリの肩越しに見えた空は、闇の色が濃くなっている。

 いつもなら泣きそうなその空も、今日からはアンリのおかげで何も思わなくてもよさそうだ。

 そう思うと、カレンは幸せになれた。


 

 

 

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