分岐:β
エンディング分岐β(傾向:アメリカンホラー)となっております。
「かっ、ちゃん……?」
白線の上に、かっちゃんの水泳バッグが忘れ去られたように、ぽつんと落ちていただけだった。かっちゃんがついさっきまで斜めにかけていた、かっちゃんの大好きなサバファンのユーシャの描かれたバッグが。
「かっちゃん?」
僕は、ゆっくり水泳バッグに近づいた。おかしいな、と思うところがあって、近くで見てみようと思ったんだ。
けれど、あと数歩というところで、突然異変は起こった。
――――――ずるり。
水泳バッグが、ひとりでに動きだした。
誰かが引っ張っているみたいに。手繰り寄せているみたいに。
僕の足は、瞬間接着剤で固めたみたいに地面から離れなくなった。
水泳バッグはゆっくりと、ずるずる音をさせて、白線の上から左側に移動していった。
あぁ、やっぱりおかしいよ。変だよ。
だって、あの水泳バッグからのびる紐。灰色のアスファルトの中から、ぴんと真っすぐに生えてるんだもん。かっちゃんが斜めにかけていたはずなのに。地面から紐が生えて、地面の下の誰かがその紐を引っ張って、水泳バッグを手繰り寄せているんだ。
こんなのって、ありえない。
水泳バッグは、ずるり、ずるり、と白線の外を目指して地面を這った。紐が灰色のアスファルトに吸い込まれ、紐のつながるバッグの口が取り込まれた。そうすると後は簡単で、バッグは加速して飲み込まれていった。
「かっちゃんっ!」
ユーシャが頭から闇に飲み込まれるのを見て、僕の足の磁石は急に磁力を失った。僕は手を伸ばし、精一杯地面を蹴った。
バッグは踏張ることをやめて、足元の闇におとなしく飲み込まれていこうとしていた。
僕は必死だった。かっちゃんの水泳バッグが飲み込まれたら、駄目な気がしていた。
つんのめるように倒れる身体、指の先までぴんとのばした腕。
端っこでもいい、とにかくつかまなきゃ。
頭の中はそれで一杯で、他のことは何も考えてなかった。思いつきもしなかった。
水泳バッグは最後の最後、跳ねるように浮いた。
僕の必死な手は、水泳バッグの端っこについていたキーホルダーを掴んだ。僕が地面に擦れるように落ちて、そのすぐ後に、水泳バッグは完全に姿を消した。
ぷつん、という感覚を、僕の手に残して。
地面は水のように波立つことも音を立てることもなく、ただ静かに飲み込んでしまった。飾りを失ったキーホルダーの金具がきらりと光って、それでおしまいだった。水泳バッグはまるで最初から存在しなかったみたいで、アスファルトは知らん顔をしていた。
今ので絶対擦り剥いた両膝が、じわりじわりと痛みを主張する。
僕はしっかりと握って強張る右手を、ゆっくりひらいた。
かっちゃんの大好きなユーシャの剣が、そこにあった。
「かっちゃん……」
お日様だけが、僕といなくなったかっちゃんを見ていた。




